◆キリ番の作品

□DQキリリク
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■青の王子 2

 強さを示すだけならば、この魔物を一撃で倒せばいい。
 けれどそれで、それだけで、ここに集まった群衆とカイダル3世を納得させることができるのか?
 誰もが納得のいく勝ち方で、自分はこの魔物に勝たなければならない。
 これから、国ひとつを一晩のうちに壊滅させた邪教の総本山を、その教主を倒しに行こうという自分なのだから。
 サーベルタイガーの攻撃を、二度、三度と避けた。それもぎりぎりの間合いで。
 その度に会場からは、悲鳴とも嘆息とも取れる歓声が上がった。
 鼻面を蹴飛ばされた獣は、猛り狂って吼える。
 今にも飛び掛ってこようとする獣を、アレンは真っ向からにらみつけた。
 陽炎のように彼を取り巻く闘気に、獣は尻尾を下げて後退る。

 ――僕は、ロトの直系

 騎士の礼を取り、正眼に剣を構える。
 アレンが物心ついてから教わってきたのは、ローレシア騎士団に伝わるロトの剣技。
それをこの旅で、より実戦的なものに昇華してきた。

 ――我は、ロトの<剣>たる青きローレシアの王子。

 アレンはアレン個人であって、アレン個人だけを示す名ではない。
 ローレシアの英雄。
 ロトの勇者の名を告ぐもの。

 その名に恥じぬ剣の技を示さねばならぬ。

「はあっ!」

 気合一閃。
 振り下ろした剣の先に刃が生まれる。
 検圧だけで空気を切り裂き、真空の刃が魔物を襲った。
 見ていたものには何が起きたのか判らなかっただろう。
 風が止んだとき、獣は牙を折られ、すっかり戦意を失っていた。路地裏の子猫のようにか細く鳴くだけのサーベルタイガーの頭に、アレンは無造作に手を置く。
「デルコンダル王!」
 勝敗は決した。
 アレンはサーベルタイガーを殺せとは言われていない。
 桟敷席に向かって大声で呼ばわるアレンに、群集は一拍遅れて賛辞を送った。
 この国の誰もが、この獰猛なサーベルタイガーを倒せずに死んでいった。誰も歯が立たなかった獣を、この男は従えて見せたのだ。
「デルコンダル王! お約束通り月の紋章を賜りたい!」
 ロトの剣片手に声を上げるアレンに、カイダル3世はようやく我に返った。
 呆けていた分の威厳を取り戻そうとでもするように、がははと豪快に笑う。
「見事であった! 月の紋章はそなたのものだ!」
 厳重に箱に保管されていたそれを、従者がコナンに渡す。中身を確かめて、コナンはアレンとセリアに頷いた。
「月の紋章、確かに」
 ほっと相好を崩したアレンに、カイダル3世は桟敷席から言った。
「ではアレン殿、その獣見事倒して見せてくれぃ」
 アレンと、コナン、セリアははっとして王を見た。そこには手品をねだる子供のような、無垢で残忍な笑みをたたえた男がいるだけだ。
 コロッセウムに集まった民衆の歓声も、殺せ・殺せという声に変わっていた。
「なぜだ!?」
 桟敷席の真下に来て、アレンは叫ぶ。
「なぜ、とは?」
「勝敗はついたんだ。なぜ、この期に及んで殺す必要がある!?」
「これは異なことを」
 カイダル3世は本心から意外そうに言った。
「相手は魔物ぞ? アレン殿とて、今まで魔物を殺めてきたのだろう。セリア殿、そなたは祖国を魔物に滅ぼされた。それでもあの獣を殺すことに反対か?」
 問われてセリアは、わずかに目を伏せた。その視線の先にはアレンがいる。
「僕らは!」
 わずかに逡巡し、けれど仲間たちの視線に後押しされるように、アレンははっきりと言い放つ。
「僕らが魔物を倒すのは、僕らが生き残るためだ。魔物のすべてがハーゴンによって召喚されたものじゃない。このサーベルタイガーだって、本当は森の奥深くでひっそりと暮らしていたはずなんだ」
 ムーンブルクを滅ぼしたのは、ハーゴンという一人の人間。
 この世界に魔物を放ち、邪教を奉じる一人の男だ。
 ハーゴンを倒し、邪教の総本山を攻めようというのもまた人の意思。人間の王国の意志だ。
 そして、この獣を檻に捕らえ、見世物として戦わせているのもまた人間なのだ。
「では、アレン殿はこの獣、如何なされる?」
「もうこの獣は戦えない!」
「ほう?」
 アレンの言葉を、コナンが受け継いだ。
「王よ、牙を折られたサーベルタイガーは、人に従順になると聞きます。野に放っても害はないでしょうが、最早野生には戻れますまい。カイダル3世陛下の宮廷でかわいがってやっては如何でしょう? 世界広といえど、獰猛なサーベルタイガーを飼っている王国など、デルコンダル以外にはないでしょうから」
「ん、ううむ。そうか。そうだの。そうしよう!」
 コナンの言葉に気を良くしたカイダル3世は、再び豪快に笑った。
「今日はよき日じゃ! 国中に酒を振舞え! デルコンダル史に残るほどの大酒宴を開くぞ! 城の酒蔵を空にするまで飲み明かそうぞ!」
 国王万歳の歓呼の中を、王は上機嫌で城に戻っていった。
 コロッセウムに残されたアレンたち三人も、程なく宴に招かれた。

 王の宣言どおり、その日は国を挙げての大祝宴となった。
 2日後、ラーミアを象った船首をつけた小船が、誰に見送られる事なく、ひっそりと出航していった。



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