◆キリ番の作品

□DQキリリク
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300HITキリリク
■闇に堕ちる

「人を馬鹿にしやがって!」

 たたき落とした壷の割れる音に、侍女がひっと息を飲んだ。

「あの女! あの女!」

 何度となく果物ナイフを突き立てられたクッションからは、羽毛が飛び散る。獣の咆哮にも似た呻きを発しながら、羽毛を毟り暴れる男の様は、正気のものとは思えない。
 部屋の隅で恐怖に戦く二人の侍女は、主人の怒りから逃れるように、身を寄せ合って縮こまっていた。

「あの女さえ、いなければ!」

 ムーンブルク王の一人娘、勇者ロトの血を引く王女セリア。
 王都陥落後、行方不明となっていたのが、ひょっこり現れて、ローレシア、サマルトリの王子ともどもハーゴンを打ち倒して戻って来た。
 どこの馬の骨とも解らない小娘を、セリア王女に間違いないと言った父親にも怒りを覚える。
 父が認めなければ、ハーゴンという男がもう少し有能であったならば、王位は自分のものになったはずだった。

「畜生! 畜生!」

 羽毛が散乱する中、エリオットはぎらりと血走った目を侍女達に向けた。

「お、お許し下さいまし! お許し下さいまし!」

 目を血走らせ、口から泡を飛ばす男には、侍女達の哀願の言葉は届かなかった。


 ムーンブルク女王セリアの婿、エリオットの乱行振りは結婚前から有名で、生前の父バロム公爵が再三諌めたにも関わらず、自粛する気配もなかった。
 愛人が男児を産んだときには大問題となり、夫の節度ないこの行為には、流石の女王も自重するよう直筆の手紙を送っている。
 母子は内密裏にエリオットの養父に預けられ、男児については、その後病死したと記録が残るのみである。
 周囲からの批難にも、エリオットの態度は変わらなかった。
 自分への風当たりが強くなる度にエリオットはセリアに対する不満を強くしていった。
 国内での行事には、夫である自分と並ぶ事すらしない。国外での公式行事では、流石に肩を並べるが、それだけである。
 政に関する情報は彼の耳に入らず、意見を述べることも許されない。
 これが一国の王の伴侶たる者の扱いかと、一度苦情の使者を立てたところ、素行が直らなければ無理だと言ってきた。

「ふん、お高く止まりやがって、人の事を言えるのかっ」

 結婚前からセリアとローレシア王アレンには噂があった。長い冒険の間に、若い彼等に何もない訳がない。彼女が自分になびかないのは、二人の関係がまだ続いている為だとエリオットは思っていた。

「どいつもこいつも…」

 寝台に裸の女を残し、エリオットは部屋を出た。
 ふらふらと覚束ない足取りで、目的地まで誰にも邪魔をされずにたどり着いたのは、誰かの策略か、はたまた神の悪戯であったのか。
 明らかに泥酔しているエリオットを、扉の前で衛兵が制止する。

「閣下、女王陛下は執務中です。どなたともお会いになりません。閣下! お待ち下さい! ぎゃっ」
「うるさい!」

 手にしていた錫杖で兵士の顔面を殴り付ける。ノーム家の紋を象った飾りが血に染まった。のたうちまわる兵士には一瞥もくれず、邪魔するもののなくなった扉を開く。

「何事でしょう? エリオット卿」

 真正面、大きな執務机の向こうから、声がした。
 絶世の美女、ムーンブルクの至宝と謳われた女王セリアその人だった。

 ――美しい…

 憎んでいるとは言え、女は女だ。
 そうだ。この女を手に入れるということは、ムーンブルクを手に入れるのと同じことではないか。
 何故今まで、こんな簡単な事に気付かなかったのだろう?

「伯爵?」

 にたりと笑みを貼付けた男から漂ってくる強い酒気に、セリアは嫌悪もあらわに眉をひそめた。

「あなたはまた…」

 嘆息し、はたと気付く。

「扉の前で衛兵に会いませんでしたか?」

 任務に忠実な兵士が、こんな状態のエリオットを通す筈がない。
 ふと見ると、男の手にした釈杖に血痕が付着している。

「まさかっ! なんてことを!」

 音を立てて立ち上がったセリアの前にエリオットが立ち塞がった。

「ご自分が何をしたのかわかっていらっしゃる? もう誰もあなたを庇い切れませんよ!?」

 脇を通り抜けようとしたセリアの腕を、エリオットはやおら掴んで引き寄せた。

「なにを…」

 批難の声を上げかけて、セリアは息を飲む。
 見上げた男の瞳に、昏い狂気の炎が揺れていた。
 セリアが、毅然とした態度をしていられたのは、ここまでだった。

「放してっ」

 本能的な恐怖と嫌悪に肌が粟立つ。
 魔物を相手にしていた時には、決して感じることのなかった類の恐怖に、セリアは身をすくませた。

「セリア、私はあなたの夫です。あなたさえ私のものになってくだされば、私は満たされ、よい夫、よい国王にもなれましょう」

 酒臭い息を吐きかけ、至近で囁くエリオットから、必死に顔を背けるセリア。その様子が、余計にエリオットの嗜虐心を駆り立てる。
 これまで組み敷いて来た女達の誰よりも、高貴で美しく、気高く誇り高いこの女を、征服し、蹂躙する。
 それはこれ以上ない程の充実感をエリオットに与えてくれるに違いなかった。

「放しなさい。やめて!」

 抵抗する力は所詮女。簡単に押さえ付けて、白い頬に舌を這わせる。

「いやっ!!」

 縺れ合いながら、樫の執務机にセリアの細い肢体を追い詰め、上背に任せて押し倒す。
 にたりと邪悪な笑みを浮かべるエリオットを、セリアは睨みあげた。邪眼の魔力でもありそうな眼差しに、ひるんだエリオットの拘束が緩む。

(そうだ、こいつは…)

 破壊神すら倒した、人外の魔女。

 その一瞬の隙を突いて、セリアは膝を男の股間目掛けて蹴り上げた。

「あぐっ」

 たまらず体をくの字に曲げた男の顎を、勢いよく繰り出された裏拳が横殴りにする。
 白目を向いて倒れた男の下から苦労して抜け出し、荒い呼吸を整えた。
 嫌悪感に吐き気すら覚える。
 にじんだ涙をぐいと拭って、セリアは廊下へ出た。忠実な兵士の怪我を癒すために。


 その日のうちに、エリオットは拘束された。
 罪状は女王の兵を害った罪。
 素行を正すよい機会だとばかりに、エリオットは軟禁される。ただ、彼が女王の夫である以上、対外的にずっとこのままにしておくわけにも行かなかった。
 王の離婚はタブーとされていた為、生きている限り彼は女王の夫であり続けるのだ。
 エリオットの軟禁を隠すため、内外には病気と噂を広める。
 そして療養の為訪れたベラヌールでエリオットは逃走を、女王派は彼の暗殺を計画していた。


 その日はよく晴れた初夏で、ムーンブルク王夫妻は珍しい斑蜘蛛を見に郊外へ向かった。
 斑蜘蛛のかける七色の巣は、特殊な加工をすると繭玉のように持ち歩く事が可能で、昔は戦闘時、敵の動きを抑制するために用いられていた。また、観賞用として、好事家達にも珍重され乱獲された為、今では滅多に見ることもない。
 絶滅を危惧された生き物とはいえ、人間を捕食することすらある斑蜘蛛だ。当然ながら棲息地である森は人間のテリトリーではない。危険はおのずとあるわけで、好き好んで必ず見付かる訳でもない斑蜘蛛を見に来る人も少なかった。
 僅かな供だけ連れて、森にやってきたエリオットは、配下の手引きで逃げる手筈となっていた。しかしその計画は、手引きする部下から漏れていた。日頃から信頼とは真逆のものを部下から得ていた彼にとって、これは当然の結果だったろう。
 森の奥深く、計画通りにエリオットは一行から逸れた。計画に無かったのは、逸れた先で斑蜘蛛の巣を見つけた事。
 思わず見とれ、七色に輝く糸に手をかけた。

「うわっ、わわわっ」

 ねばねばと絡まる糸は、剥がそうとするもう片方の手にも絡み付き、なおももがくうちに肘や腹にも糸は巻き付く。
 エリオットは蜘蛛の生体を知らなかった。蜘蛛の糸は捕えた獲物を決して逃しはしないことを。そして、蜘蛛が振動を感じて、巣に獲物がかかった事を知るのだということも。
 赤い8つの目が、エリオットに迫る。異形の顎がカシャンと鳴ったような気がした。

「ひ、ひぃぃぃ」

 一度漏れた悲鳴は、正気の糸を途切れさせ、再び結わえ直させはしない。

「くるな! あっちへいけ! 来るなぁぁ!」

「風刃招来。バキ」

 一陣の風が、暴れるエリオットの脇を過ぎた。眼前に迫っていた巨大な蜘蛛が、巣ごと小さな竜巻に巻かれて落ちる。地面に落ちた蜘蛛は残った脚を持ち上げて、小さな敵を威嚇した。

「バギ」

 声はエリオットの背後から聞こえた。聞き覚えのある女の声だ。
 切り刻まれ、すっかり動かなくなった蜘蛛に安堵し、声を振り返ったエリオットは、しかし再び恐怖する。

「セ、リ、ア…?」

 そこにいた女が浮かべていたのは笑顔。初めて見る笑顔。だというのに、その笑顔にエリオットは寒気を覚えた。
 蜘蛛相手に感じた以上の恐怖を感じる。生き物が本能的に感じる類の、死への恐怖だ。
 張り付くような喉の渇きと吐き気。顎が震え、膝がわななく。鼓動が早くなり、汗をかいているのに寒い。否、寒さ等感じる余裕も無かっただろう。

「たす、けて」
「さようなら」

 にこりと、セリアは微笑んだ。ゆっくりと右手が上がる。

「魔女め!」

 それが、エリオット・ノームの最後の言葉だった。






あとがき
本編と時間軸がずれていたりするのはご愛嬌。
きっとアレンの耳には操作された後の情報が入っていたんですよ(^^;
暫くはエリオットを生きているように偽装して、産後死を公開した、とかね?
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