OTER

□道は多分続いてく
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偽りの黄金

 そこはゴミ溜めだった。
 本来無条件に子を守るべき母親に、俺はそこに捨てられたんだ。
 俺を拾って育てた奴の話を信じるならば、母親は俺を捨ててすぐに自ら命を絶ったらしい。
 死ぬぐらいなら、何故赤子もろともに死を選ばなかったのか。
 この話をした時、あいつはそれが女の性なのだと言ったけれど、今も俺にはそのサガってやつがわからないでいる。



 同じ物乞いなら、子連れのほうが稼ぎがいい。
 そんな理由で拾われた。
 それでも、自分の食いぶちは自分で稼がなければならなかった。盗みの技術は、教えられるでもなく身についた。
 生きるためだけに生きてる。
 そんな生活。
 それでも俺は、必死で養い親の気を引こうと、愛されようと、馬鹿なガキなりに必死で生きていたんだ。
 エルフの血を半分引いている俺が、どんな風に思われているのかなんて、思いもしないで。
 12、3歳から数年のことは、思い出したくもない。
 それまでだって、ろくな思いはしてこなかったが、この頃は特にひどい思い出しかない。
 どうにか生き延びて、体つきが骨ばって、いくらか筋肉が着いてくると、人の殺し方を覚えた。
 その頃には、もう、老いぼれや、肥満野郎の好きにはされない。自分の身体の使い道も、価値も知っていた。安売りはしなかった。それでも、他人にいいように身体を弄ばれるのはいい気はしない。いつまでも、慣れることはなかった。
 だから、それもやめた。やめても、生きていけるだけの力がついたから。
 男も、女も、他人には触れさせない。馴れ合わない。
 そんな頃だ。あいつに出会ったのは。


 始めて見た同族。
 エルフに似た長い耳、色素の薄い髪と膚、透き通った碧の眼。それでいて、物質界にしっかりと立つ肉感的な手足。
 妖精にも人間にもなれない半端物。
 どちらにとっても異端の血を引く異形の者。
 興味津々、近付いて来たあいつを、勿論俺は最初犯して身ぐるみ剥いでやろうと思っていたさ。
 同族とかそんなのは関係ない。弱い奴は奪われる。そんなのここでは当たり前のことだ。
 でも、何故だろう。
 出来なかった。
 幼い、あまりに幼い無垢な信頼を、裏切ることが出来ないような、そんなことで心が痛むような、そんなやわな俺じゃない。なのに俺は、あの時俺を見て笑ったあいつに、手を触れることさえ出来なかったんだ。


 あいつは、エアリエルは、毎日のようにやってきた。
 森で、エルフと一緒に住んでいるとか、その日何をしただとか、何の精霊が見えるようになったとか、他愛のない話をして、日が暮れると帰っていく。
 俺に精霊が見えないことを、えらく驚いていたっけな。
 俺は、そんな話を、聞くとはなしに聞いていて、いい話し相手ではなかったと思う。
 それでもあいつは、毎日のようにやってきた。
 俺は俺で、いつしかあいつの話を聞くのを、楽しみにするようになっていた。
 ままごとのようなそんな日が、何年か続いた。エアリエルは、ガキではなくなっていた。そんなことにも気付かないほどに、俺は腑抜けていたんだ。ここが、どんな場所か、俺自身が誰よりよく知っていたはずなのに。

 いつもならもう来ているはずの時間になっても現れないエアリエルを、らしくもなく、俺は探しに出掛けて、その現場にかちあった。見付けられたことは幸運だったのか、不運だったのか。少なくともそれが、俺の後の人生を決定付けさせた。
 抑えようもない怒りに我を忘れた。エアリエルの声も聞こえなかった。周りのものが動かなくなるまで、俺は刃を振り続けた。そして俺は、血溜まりの中で、ぐったりと動かない彼女を抱いて立ちすくんでいた。

 力が欲しい。
 何物にも屈しない力が。
 大切なものを奪われずに済む、それを守る力が。
 もう誰も、俺から奪わせはしない。


 その後のことは、正直よく覚えていない。
 気付いたら胸糞悪いあのシスターがいて、俺の頭の中にヤツがいた。
 身体の内側から溢れ出んばかりの力。その力に、俺は舞い上がっていて、その力を得た代償に失ったものにすら、気付いていなかった。
 シスター――シリア――は、「あの少女は助かりました」と言い、俺についてくるように言った。そのときの俺は、シリアの言う少女というのが何なのか、まったく気にも留めなかった。それが、力を得た代わりに失った、代償のひとつでもあったから。気づかなくて、当然だ。
 今ならばわかる。
 あのときにシリアが面白いものでも見るよう俺を見ていたその意味が。
 あのときに俺が失ったものが何だったのか。



 ”布教活動”の途中であいつに出会ったとき、俺はすべてを思い出した。
 大人になったあいつを前にして、なくしていたと思っていた欲望が、まだ俺の心に燻っていた事を思い知らされた。
 もう、遅いのだろうか。
 それでもいい。
 それでもかまわない。
 俺は俺の望むすべてのものを手に入れる。
 そのためにここにいるんだ。
 神に食われたあの感情が、どんなものだったのか、もう思い出すことはできないけれど、その代償に得たものがこの醜い異形の力なのだとするならば、俺は、俺には、俺の望むすべてを手にする権利があるはずだ。
 そうでなければ、失ったものが割に合わない。
 だから、エアリエル。俺はお前を手に入れる。


2009.12.10


カウボーイ・ビバップのEDテーマTHE REAL FOLK BLUESを聞いていて思いついたSS。
「空けぬ空〜」のレイモンド君に語ってもらってもよかったテーマなんですが、ここはアドニス君に語ってもらいました。
ロープレにありがちな暴走で変態M男(笑)になってしまったアドニス君。クールな男になるはずだったんだけどなぁ(^^;
アドニスが失ったものはなんだったんだろう。愛かな? エアリエルの"死"かな? 
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