OTER

□道は多分続いてく
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2.ラブストーリーは突然に

 爬虫類、ていうか道端の虫にさえ行く手を阻まれるわたしたち。
 このままじゃダメだ。
 こんなんじゃ、アポロンで傭兵登録する前に死ぬ!
 街道沿いの宿場町でウェイトレスとして一生を過ごす。それもまぁありっちゃアリなのかもしれないけど、未来ある若者が、故郷を出て来て二日目にして夢に敗れるってのはダメダメ過ぎると思うでしょ!?

「用心棒を雇うとか…」

 アポロンまでの護衛に、これから傭兵になって世間に名を轟かせてやろうって奴が、傭兵雇ってどうすんのよ。
 それにはした金で雇えるような半端者、雇うだけ無駄だわ。逆に色々危険よ。
 一番いいのはね、腕も人間性も信用できる人物を仲間に加えること。
 でもそんな奴、そうそういる訳無い。いたとしても、仲間を探してるなんて、それこそいたら運命的な出会いよ。

「ねーちゃん、悩むとハゲるんだって知ってた? 人がハゲるのはね、800年前に伝説の勇者に倒された魔術士ドルマゲスの呪いが空中を漂ってるせいなんだよ!」

 独自の説を唱え出したグラスランナーは放っておく。
 レストはいちいち驚いて感心して聞いているけど、いやさ、嘘だって気付こう…?

 人参ジャムの乗っかったパンケーキをつつきながら、わたしはぶつぶつ呟いていたらしい。カウンターから女将さんが太い腕に顎を乗せて、面白そうに身を乗り出してくる。

「あんたたち、アポロンまで行くんだよね?」
「え? まぁ、そうだけど」

 この人は、マルヌさん。わたしたちが行く予定のアポロンに昔住んでいたとかで、色々話を聞かせてくれた。レストが尋ねていく知人のおじさんとも面識があるらしい。街道筋で宿なんかやってると顔がひろくなるんだろうな。

「で、腕のたつのを探しているんだね?」

 こ、この流れからすると…

「「いるんですか?」」

 まだヨタ話をしているシルヴィを押しのけて、レストまでもが身を乗り出した。
 わたしたちの勢いにやや気圧されつつ、マルヌさんは頷いた。
 わたしはこの人ほど頼りになる人を、多分見たことがない!

「少なくともあんたたよりは頼りになるはずさ。今畑に行ってるから、直(じき)に戻るだろうさ」

 にやりと笑って、それきり女将さんは奥へ入ってしまう。わたしはレストと顔を見合わせる。レストの瞳はきらきらと期待に輝いていた。わたしも同じようなもんなんじゃないかな。

「これでなんとか」
「なりそうかもしれない!」

 思わず乾杯。中身はジュースなんだけどさ。


 直に、というのがどのくらいの時間なのかわからないけど、畑仕事というからには日が暮れる前には戻るだろう。
 待っている間、わたし達は落ち着かない気分で時間を潰した。
 昔傭兵をしていたというマルヌさん。こんな場所で女手ひとつで荒くれ者達相手に客商売をしているのだもの。その実力は推して知るべし!
 そんなマルヌさんに腕は確かだと言わしめた男!
 これを運命と言わずして何を運命と言うのか!

「んふふふ♪」

 どんな人だろう。
 背は高いのかな。
 ああ、楽しみっ♪
 早く帰ってこないかな♪

 わたしって女の子だったんだな。頭の中のその人はキラリと光る好青年。
 ま、そんな妄想は、お茶に呼ばれて降りて行った瞬間ガラガラと崩れ去ったんだけど。

「え?」

 目を点にして、聞き返さずにはいられなかった。
 マルヌさんが指差す先にいたのは、薄汚れた茶色いぼさぼさの…そう、まるで熊。

「さっき言ったろう。こいつがそうだよ。ほらダミー、この子らだよ」

 ああ、とか何とか、髭の下から声がした。
 あ、人間なんだ。

 ……なんか、こう…
 力抜けたっていうか…
 がっかり? まさにそんな感じ。

 彼は、ダミーは、何週間か前に行き倒れていたところをマルヌさんが助けて、面倒を見ていたそうだ。

「あんたもいつまでもこんなところにいちゃいけないよ。あたしも別に人手がいる訳じゃないしね」

 確かに旅人は疎らで、流行っているとは言い難い。こんな所、というのは失礼だが、女将以外の従業員は、逆に重荷になるのだろう。

「あんたたちさえよけりゃ、一緒に連れていっちゃくれないかねぇ?」

 女将の視線がわたしたち三人を順に巡る。
 わたし達は顔を見合わせ、互いに頷いた。

「ダミーさんさえ、よければ、お願いします」

 この際、贅沢は言わない。最悪アポロンまでの道中を前衛に立ってくれさえすればいいのだ。その間に、彼の人為もいくらかわかるだろうし、そもそもがわたしたちはアポロンまでの旅の道連れを求めているのであって、乙女チックな出会いを求めていたのでは断じてない。

「ねぇちゃん、無理に自分をごまかそうとしてるでしょ?」

 ぶんっ!

 ………

 ち、避けたか…

「どうかしたかい?」
「いえ。なんでも」

 不敵に笑うグラスランナーを尻目に、わたしはマルヌさんににこりと笑顔を見せた。



「じゃあ、女将。今まで世話になった」
「なんてことないさ。しっかりやんなよ」
「ああ」

 ………はっ!?
 いけないいけない。気を失いかけていたわ。
 わたしたちは、翌朝、さっそくマルヌさんの宿を発つことになった。順調に行けば、目的のアポロンまでは3日の行程だという。マルヌの店で保存食やなんかを買い揃え、旅立ちの挨拶をしているのだが……

 誰? この人…

 特別ハンサムって訳じゃないけど、よく日に焼けた精悍な顔立ち。優しげな瞳はまっすぐ素直な性格を思わせる。

「どうした? 行こう」
「え、ああ。うん」

 これが、昨日の熊!?
 ぼーぼーの髭を剃って、ぼさぼさ頭を無造作に結っただけなんだろう。それで人ってこんなに印象が違うものなんだ。ほえ〜。驚いた。

 まじまじと見ているわたしに、彼は不思議そうにちょっと首を傾げた後、手を差し延べてきた。

「改めてよろしく。ダミーだ。ハンターをしている」
「こちらこそ。わたしはエアリエル。精霊魔法を少し」

 差し出された手はごつごつして大きくて、里のエルフたちとは全然違う。それで、握った手は、とっても温かかった。
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