ドラクエ2
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戦う理由 2−M
何故、こんなことになったのか?
雪のデルコンダルで、ラルの気持ちを知った。
そのまま、三人でツインタワーに挑み、三魔将、そして我がムーンブルクの仇ハーゴンを倒した。
ハーゴンが凶行を引き起こす元凶となった破壊神シドーも倒した。
私たちは誰ひとり欠ける事なく、悲願を成就し、精霊神ルビスさまの恩恵をこの地上に蘇らせる事に成功したのだ。
世界に再び光が蘇り、全てはうまく行くはずだった。
なのに 何故?
平和を祝う凱旋式は、そのままラルフの王位継承式と私たちの婚約披露宴に移行し、ローレシアは見たこともないくらいの熱狂と興奮に包まれていた。
人々はみな、平和を喜び、英雄王の誕生を祝った。
すべての人がラルフと私の婚約を祝ってくれ、そしてすぐ隣には、優しいラルフの笑みがある。
私はこの上なく幸福だった。
そう、この瞬間まで。
カシャー…ン
澄んだ音を立ててクリスタルグラスが砕け散った。
胸を押さえてうずくまるアーサーに、周囲の人々が駆け寄り、そして彼に触れた一人が、黒い影に飲まれた。あとには何も残らない。
「なっ…!?」
アーサーに駆け寄ろうとしていたラルフの足が止まる。
ほんの数日前、感じた邪気。
生きている限り忘れないだろうあの感覚に、皮膚の裏側が粟立つようだ。
「アーサー!」
何が起きたのか解らない。否、理解したくない。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々を巻き込み喰らい、闇が成長していく。
見間違えるはずがない。
圧倒的な存在感を持つ、禍つ神。
「シドー…」
それは、どちらが落とした呟きだったのか。
ぎゅっとラルの袖を掴んだ腕が震える。庇うように抱きしめてくれる彼の腕も震えていた。
「どうしたというのだ、息子よ!」
「おにいちゃん!」
私たちの呟きは、どうやら誰の耳にも入らなかったようだ。
狼狽するサマルトリア王と姫の視界から、アーサーを隠すようにラルが立つ。
私は呆然と立ち尽くす衛兵に、私とラルフの装備を持ってくるように命じた。
「あああ…ルビス様」
誰かが絶望の声を上げた。
泣き崩れ、神の御名を呟く。
私は、無力にただ祈るだけの人々とは違う。
アーサーになにがあったのかは解らない。
それでも私達は、ここにいる人達を守らなければならない。
そしてアーサーも、助けなければ…!
「ら、る…」
苦しい息のもと、アーサーの声が聞こえた。
背中から黒い翼を生やし、影をシドーの影と重ねたまま、彼は、笑った。
「アーサー」
大きくはない。けれどよく通る声。それはラルフの強さそのままに、アーサーを飲み込もうとする影を揺らした。
ゆっくりと近づいて行くラルフを、アーサーは片手を上げて制した。たったそれだけの動作が、今の彼にはどれほどの痛みを強いるのだろう。
「来な、い、で」
どうして?
どうしていつもアーサーばかり。
ベラヌールの時だって、貧乏くじを引いたのはアーサーだった。
「アーサー!!」
私の声は今にも泣き出しそう。アーサーは、苦しそうに微笑んだ。
「ごめ…、ア、テア…やくそく、まもれそうに、な、い」
切れ切れに吐き出された言葉にはっと息を飲む。ラルフが、怪訝そうに私を見た。
ラルフは、知らなかったわね。
「駄目よ! やめて!!」
アーサーと私が、ロンダルキアで交わした二人だけの約束。一方的な約束だけど、アーサーは、約束してくれた。
何があっても、メガンテだけは使わないって。
「アルティ?」
「ラル、アーサーを止めて! アーサーは死ぬ気よ!」
「なんだって!?」
血相を変えてラルフが振り返った時、アーサーは既に呪文の詠唱に入っていた。
「アーサー! よせっ!」
神聖語を知らないラルフにはわからないだろう。が、これは違う。メガンテじゃない。
でも!
「我が双脚は時空を超える。ルーラ」
「アーサー!」
延ばした手は、届かなかった。
アーサーは、行ってしまった。ひとりで、妙に納得した微笑みだけ残して。
「アーサー…」
虚空を掴んだ手を悔しそうに床にたたき付けたラルの肩に、そっと手を置いた。私を見つめる青い瞳に、同じ気持ちを見て取って、私達は頷きあった。
「殿下! アルテナ様!」
そこに、命じられた通り装備一式が運ばれてくる。何も言わずに、私達は着け慣れた装備を手に取っていく。
正装を脱いで、チェニックの上からブルーメタルの鎧を、ひとつひとつ嵌めていくラルに、ローレシアのお義父様は焦ったように声を荒げられた。
「何をしておる! 今ようやく旅から戻ったばかりではないか!」
「残念ながら父上。わたくしの旅は、まだ終わってはいないようです」
お義父様の顔を見る事なく、ラルフは鎧を装着していく。
「おまえはこのローレシアを継ぐ身、勝手は許さんぞ、ラルフ!」
腕を掴むお義父様の手を、ラルフはやんわりと掴んだように見えた。けれどそこには、常人が抗いがたい力が入っていたようで、お義父様は顔をしかめて手を引いた。
「ラルフ…」
「ご心配なく、父上。必ず戻って参ります」
それからラルは、心配そうにこちらを伺うサマルトリア王とアーサーの妹姫に頷いて見せた。
「サマルトリア王。必ずアーサーを連れて戻ります」
「お頼み申す」
深々と頭(こうべ)を垂れるサマルトリア王に、ラルはもう一度力強く頷いて見せた。
最後に、私の前まで来て、悪戯っぽく眉を上げる。
「結婚式が延期になっちゃったな」
「仕方ないわ。アーサーのいない披露宴なんて、したくないもの」
「ああ。そうだな。式は延期になったけど…」
ふ、と優しく緩んだ瞳を見ているうちに、キスされた。それから、耳元で囁かれた言葉に体中の血が頭に上ったかと思った。
「ふ、不謹慎だわっ」
低く声を上げて笑うラルフの胸を小突く。
「もうっ」
人が沢山いるところでキスするだけでも信じられないっていうのに、しょ、しょ、しょ…。
…だめ。
言えない。はしたないっ。
まったく、何考えてるのよ!
真っ赤になった頬を押さえて呻いていると、ラルフの大きな手に肩を抱かれた。
「行こう。アーサーが待ってる」
「ええ」
ロンダルキアを目指していた当初の旅よりも、更に宛のない困難な旅になるだろう。
それでも、成し遂げて見せる。
見つけたら、アーサー。覚悟してなさい。
なんでも一人で背負い込もうとするその性格、叩き直してやるんだから!
終
【あとがき】
サマルのコンプレックスにシドーが付け入り「悪の種」のようなもの。シドーの意志のかけらがサマルに刺さる。
ローレシアでの凱旋式、それに続く即位式、結婚式にサマルのコンプレックスが刺激され、シドーの悪意が覚醒する。
サマルはシドーとして目覚めようとする自分を止めようとメガンテを試みるが、シドーに阻まれる。
周囲に被害を与えない為、ローレとムーンを戦いから遠ざける為に、サマルはルーラして姿を消す。
シドーの影を見たふたりはサマルを一人で戦わせないために再び冒険の旅にでる。
というコンセプト。
今回いなくなったのはローレでなくてサマルです。