ドラクエ2

□DQ2 if
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戦う理由 3


 あれから、何日、否、何ヶ月が過ぎたのだろう。
 俺達は、アーサーの軌跡を辿って旅をしていた。
 まず、アーサーがローレシア城からどこへルーラしたのかをアルテナが教えてくれた。
 アーサーは一度ベラヌールへ飛び、そこからデルコンダルへ向かったらしい。
 アーサーが――或はシドーが選んだのかも知れないが――何故デルコンダルへ向かったのかは解らない。
 何にせよ、俺達はいま海路でデルコンダルに向かっている。
 多分俺一人なら途方にくれていた。本当にあてもなく、世界中を歩く羽目になっただろう。情けない話だが、俺はルーラの特製というものを全く理解していなかったのだ。メガンテの事もそうだ。2年も一緒に旅をしていたというのに、俺はあいつの事を何もわかっていなかったんだ。
 全く、情けない。
 と、同時に、秘密主義のアーサーに腹が立つ。

「それはお互い様だと思うけど?」

 なんでそうなる?
 憮然と声の主を見下ろすと、海風に髪を押さえるアルテナが悪戯っぽく笑っていた。

「私、あなたがあんな事を考えていたなんて知らなかったわよ?」
「まだ根に持っていたのか?」
「ショックだったんだから」

 君だけは生きていてほしいって、大切だって言ったじゃないか。
 拗ねてみようと思ったけどやめた。
 あの時の気持ちは今も変わらない。嘘偽りの無い気持ちだけど、今はもう、この手を放すつもりは無い。ずっと側にいて、俺が君を守るから。

「ごめん」

 頬に手を添えて軽く口付ける。
 少し驚いた顔をしたけど、アルテナは大人しくそれを受け入れた。唇が離れても、身を寄せ合ったまましばらく抱き合っていた。

「わたしも…」
「…ん?」
「私にもあなたを守れるわ」

 驚いた。いまさらだけど、こっちが何を考えているのかなんて、彼女にはお見通しなんだな。

「だから、ひとりでどこかに行かないで。ひとりでしょい込もうなんて思わないでちょうだい」

 アーサーのように。
 言外にそう言っているような気がした。潤んだ瞳を見詰めて、ゆっくりと頷く。

「わかった。約束する」

 まだ花嫁衣装を見ていないしな。
 正式に君を妻に迎えたら、今度は君に似たかわいい子供がほしい。子供が生まれたら、その子の成長を見届けたい。そしてまた、その子の子供を。一日でも、一秒でも長く、愛する人達の側で生きていたい。
 大切なものが出来たから、俺はもう簡単に死を覚悟したりしないんだ。
 どんなに格好悪くたって構わない。あがいてあがいて、絶対に生き残ってやる。

「アルティ」
「なぁに?」

 愛してる。大好きだ。

 耳元で囁くと、アルテナは真っ赤になった。そんな様子もかわいらしい。
 こんなにかわいい君を見られるなら、もっと早くに素直に告白しとくんだった。
 もう一度口づけて、ギュッとアルテナを抱きしめてすぐに離す。
 船は岸に近付いている。断崖に築かれた城塞都市から黒煙が立ち上る様子が、海の上からも見てとれた。

「アーサーを連れて、結婚式に引きずり出すぞ!」

 アーサー、おまえはもっと我が儘になっていい。俺が許す。だから、戻ってこい。
 シドーなんか、また倒せばいい。何度だって俺が倒すから。だから、戻ってきてくれ。
 アルテナの肩を抱き、二人並んで黒煙を睨み付けた。



 活気に満ちていた城塞都市は、混沌に支配されていた。
 建物は破壊され、綺麗に舗装された石道路には、商人ではなく魔物がうろつき、死体を漁っている。
 その惨憺たる光景は、かつてのムーンブルク城を思い起こさせた。俺でもそうなのだ。あの生き地獄を体験し、生き延びたアルテナには、当時の記憶がまざまざと甦っているのではないだろうか。

「アルティ…」

 心配して振り返ると、アルテナはきゅっと口角を上げて頷いて見せた。顔色は蒼白だが、紫水晶の瞳は力を失ってはいない。

「アーサーを迎えに行きましょう」

 俺は無言で頷いて、路地から現れた魔物をロトの剣で切り捨てた。
 目指すのは、デルコンダル城。王座の間。
 疑いもせずに、アーサーはそこにいると確信していた。



 城は、外から見る限り、元の形を保っていた。しかし内部は、予想通りの有様だった。
 堅固な守りで知られるデルコンダル城だが、あくまでそれは人同士の戦いに於いて言えるものであって、このような人知を超えた魔物の侵略にはほぼ無力だ。
 僅かに生き残った人達の話によれば、魔物は、突如王座の間に現れ、王国を内部から侵食、破壊していったという。
 襲撃後、わずか半日で王宮は主を魔物に変え、街に逃れて抵抗を続けていた人々も3日目には組織的な抵抗は出来なくなったらしい。
 そして俺達がやってきた。もう少し到着が遅れていたら、デルコンダルは完全に滅んでいただろう。
 デルコンダル王と一悶着起こした俺の事を、覚えている人も結構いて、俺達はすんなり城の様子を聞くことが出来た。

 シドーのしょう気を受けて異形化したもの達を退け進む。
 その異形が、かつて何であったのか。考えることはしなかった。ただ、闇に堕ちたものが再び精霊神ルビスの法に戻ることを願い、不自然な生を終末に導いてやるだけだ。

 障害とよべる障害に会う事なく、俺達は王座の間にたどり着いた。
 思わず息を止めたくなるほどのしょう気が、濃く重く蟠っている。そのしょう気の真ん中に、奴がいた。



 「それ」をアーサーだとすぐに見抜けるものはいないだろう。俺だって、わかっていても目の前に居る「それ」をアーサーだとは認めたくなかった。
 あの優しいアーサーは、いつも誰かのために笑っていたアーサーは、そこにはいなかったのだから。

「アーサー」

 一縷の望みをかけて呼び掛けると、「それ」はゆっくりとこちらを見た。
 残酷なほどに整った顔には、今どんな表情も浮かんでいない。暗く濁った瞳は、どんな感情も写さない。

「アーサー!」

 或は、そう呼び掛けることによって、アーサーの意識が戻るのではないかと期待していた。まだ、彼の魂は、意識の底深くでシドーの魂と戦っているはずだ。あのアーサーが、簡単に負けるはずがない。
 アーサーを取り戻すために、ラダトーム王に頭を下げて、<光の玉>まで借りてきたんだ。かつて勇者ロトが、大魔王の闇を払うために神から授かったという光の玉。ラダトーム城に寄贈されてからは、アレフガルトを照らし続けて来た聖なる光。これなら、アーサーにとりついたシドーの闇も、払えると踏んでいた。

 俺の考えは甘いのだろうか?
 俺達は3人で一度シドーに勝ってる。だから今度も勝てると信じていた。「無茶するなぁ」なんて文句を言いながら笑うアーサーと肩を並べて、帰国出来ると信じていた。
 だって、俺があいつを信じないで、どうするんだよ!?

「光の玉よ、勇者ロトよ、アーサーに力を!」

 懐から取り出した光の玉は、虹色の輝きを放っていた。思ったほど強い光じゃない。駄目か――?

 手が添えられた。隣を見ると、アルテナがに、と不敵に笑った。それから彼女は前を睨み、イオナズンを唱える時のように凛とした声を張り上げた。

「精霊神ルビス、主神ミトラよ、我らに加護を。光よ! 蘇り、闇を照らせ!」

 う、わ…

 光の玉が爆発したのかと思った。それほどに強く激しい光が、光の玉から発せられたのだ。
 俺は魔力とか魔法には縁がないけど、これは解る。触れられるほどに濃厚な魔力。アルテナやアーサーが使う魔法とは異質な力だが、どこか、懐かしい…
 これと同じ感覚を、俺は知ってる。どこだ? 竜王城? 否、あれは…

 母さま…?

 頭の中に次々浮かび上がったのは、旅のさなか立ち寄った竜王城であり、俺達を懐かしそうに見詰めていた竜王の曾孫だった。そして、俺を生んですぐに亡くなったという母上の姿。

 それがどういう意味なのか、結論を見出だす前に光は不意に消えた。
 太陽を嫌がる目無し鼠の様に、顔を覆って身を縮めていた「それ」は、そろりと顔を上げた。
 頬はこけ、目元は隈だらけできつい顔になっていたが、そこにいたのは間違いなく、アーサーだった。

「アーサー!」

 アルテナが涙を浮かべて歓喜した。俺も、アルテナに続いて走り出す。しかし俺達は、ついにアーサーの体を抱きしめる事が出来なかった。

「来るな!!」
「アー、サー?」

 左手で顔半分を覆い、右手で俺達を制しながら、アーサーはアーサーの声で苦しそうに叫んだ。
 時折悪鬼のような表情が、苦しげなアーサーの表情を飲み込む。それだけで、俺はアーサーがまだシドーの支配から逃れていないことを悟った。

「な、んで、来た」

 やはり、甘かったのか。

「あなたを助けに来たのよ!」

 アルテナにも解ったはずだ。光の玉では、シドーを掃うことが出来なかったのだと。

「来るな、…言った筈だ」

 ぽたぽたとアーサーの額から脂汗が垂れていた。熱い砂でも飲んだように、掠れた声でアーサーは続ける。
 俺は、アルテナの肩を抑えて、アーサーに駆け寄ろうとするのを止めるだけで精一杯だった。
 アーサーが、あいつが次に何を言うのか、聞かなくてもわかった。ちらりと目が合うと、アーサーが笑ったからだ。悟りを啓いた聖人のような、透き通った笑みだった。

「もぅ、駄目、なんだ」
「そんなことない!」
「アルテナ」
「アーサー、お願いだから諦めないで! 嫌よ!」
「アルテナ!」


 泣きじゃくり暴れるアルテナを鋭い声で止めた。アーサーにはもう時間がないんだ。俺達が口を差し挟む余裕もない程に。
 涙に頬を濡らして、怒りに満ちた瞳でアルテナは俺を睨んでくる。出会ったときに、復讐を誓ったのと、同じ瞳で。
 けれどやがて紫水晶の瞳に悲しみの色を湛え、顔を俺の胸に埋めて泣き始めた。俺はただ、彼女を抱きしめて、アーサーを見ているしか出来なかった。

「メガ、ンテも、試した…。でも、だめだった…。もう…」

 疲れた

 声に出さずに呟かれた言葉を、唇の動きだけで読み取った。アーサーは確かに気の弱いところがある。でも、最後の最後、心根の一番深いところは強い奴だ。ベラヌールでも、アーサーだから助かったのだと俺は思ってる。そのアーサーが言うのだ。もう手立てはないのかも知れない。

「ラル、シドーを…」

 はっ、とアルテナが顔を上げた。縋るように俺を見上げている。青い顔をしきりに左右に振った。

「い、や。駄目! ラル。止めて」

 アルテナ…

 君にもわかってるだろう?
 これは、俺達にしか出来ないことだ。
 だから

「おまえは、俺が、殺してやる」

続く
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