ドラクエ2
□破壊神を倒した英雄達のその後
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7.再会
残暑の熱気を受けて、草木の萌える匂いが運ばれてくる。乾いた西風は秋の訪れを感じさせ、ともすると汗ばむほどの空気を程よくかき混ぜて吹き過ぎていく。
森と泉の王国サマルトリアに、第七代国王コナン二世が即位した。
幼友達であり、死線を共に潜り抜けてきた親友の晴れ姿に、我が事の様な誇らしさを感じる。
自分の即位のときは、父上の死と直結していたためか、誇らしさよりも、悲しみや不安といった負の感情の方が、多くを占めていた。
だからだろう。コナンの即位は余計に感慨深いものとなった。
緋色の絨毯をゆっくりと、玉座に向かって行くコナンを見守る視線の先には、絨毯をはさんで反対側に立つ、ムーンブルク国王夫妻の姿があった。
女王セリア一世の隣には、当然のようにバロム公亡き後その政務を引き継いだエリオット伯の姿があった。並び立つ二人を見ても、もう心は波立たない。
戴冠式の後は、国を挙げての宴が催される。
コナンが座る玉座の両隣には、仮の玉座が並べられ、僕はそこから広間を眺めていた。もうひとつの玉座の主であったセリアの姿は、今は貴婦人たちの中にある。
レルシェ王妃とは旧知の仲だし、マリアとも従姉妹同士だ。彼女たちを包む空気は和やかで、おしゃべりの中に笑顔が耐えることはない。
少し前までは、王妃たちのドレスの間に見え隠れしていた子供たちの姿が見えないことに気付き、僕は小さく苦笑した。
「昔を思い出すな」
「ああ」
コナンも同じ事を思っていたらしい。
「親子してやることは同じだ」
「違いない」
大人たちの都合などはお構いなしに、宴を抜け出しては城の中を探検した。迷子になって泣き疲れて、身を寄せ合って眠った事もあった。朝になって発見され、こっぴどくしかられた事は言うまでもない。
「場所を変えようか」
側近に合図して、コナンは玉座から立ち上がる。
国王の退席に対し広間から上がる万歳の声に、二人して応えた。
玉座の後ろには、国王のプライベートゾ−ンに直結した通路がある。どこの城でもこういった造りは変わらない。
「ああ、もういいよ」
廊下の途中で近衛騎士に退がるように命じる口調は砕けたもので、変わらぬ彼の人となりを思わせた。
「なぁに、にやついてるんだよ」
「いや、相変わらずで嬉しいよ」
半眼で僕を見やり、ぺしりと僕の胸を裏手で叩くのも変わらない。
喉の奥で笑う僕に、コナンは芝居がかった仕草で肩をすくめた。
「ま、入れば?」
国王の個人的な客を通すための部屋だろう一室で、僕らは重たいガウンを脱いだ。
侍女の一人もいない一室で、コナンが手ずから酒の用意をしてくれる。
「サマルトリア国王陛下自らのご接待、痛み入るね」
「なに、盟友アレン王の為とあらば」
「つまみもあるとありがたいが」
「調子に乗るな」
といいつつ、棚からクラッカーの箱を取り出してこちらに放り投げる。受け取って、訝しげに箱を見ていると、子供たちのおやつだと説明された。
サマルトリア産の酸味の利いたワインと、甘目のクラッカー。
しばらく無言で酒をかわしていると、不意にコナンのまじめな視線とぶつかった。
「なんだよ?」
「いや…、すっきりした顔をしている、と思ってさ」
「妙な事を言う」
「少し前までは、セリアのことを避けていただろ?」
ばれていたのかと、苦笑する。
「だから、…安心した」
にかっと歯を見せて笑う笑顔は、あの頃と変わらない。
「今更だけどさ、マリアの事、頼むな。結構寂しがり屋の甘えん坊だからさ」
ああ。知ってる。
「本当に今更だな」
呆れた風を装って笑って、コナンのグラスにワインを注ぐ。
「…心配かけた。すまない」
満たされていく杯を見詰めたまま呟いた言葉に、コナンが息を飲んだのがわかった。やや乱暴にワインのボトルが奪われて、目の前のグラスに波々と赤い液体が注がれていく。
「あ、おい、そんなに!」
慌てて止めると、コナンは意地悪な笑みを浮かべていた。
「飲め。飲んで酔っ払って、洗い浚い吐け!」
ふふふふふと不気味に笑う。もしかしたら、こいつは既に酔っているのかもしれない。背中を、嫌な汗が流れた。
少々足元がおぼつかない。
酔ったコナンの追及をかわす為、コナンにはかなりの量を飲ませたが、付き合った僕も結構な量を飲んでいる。
酔いを覚ましてから部屋に戻ろうと、僕は部屋がある方とは逆に廊下を曲がった。そして気付いた時には見覚えのない一角に迷い込んでいた。
「子供か…。僕は…」
我ながら呆れ果てて、石壁に背中を預ける。石の冷たい感触が気持ちよくて、このまま眠り込んでしまいたい。しかし朝になっても僕が部屋に戻らないとなれば、大騒ぎになるだろう。
「まずい。それは流石に、いくらなんでもまずい」
小さな子供じゃあるまいし。
思考を言葉にしていることに気付いて、二重に呆れた。これは本気で酔っている。
ぱちんと頬を両手で叩いて気合を入れ、わななく膝に力をこめて、壁から体を引き剥がしたとき、人の声を聞いたような気がした。
「?」
反響して聞き取りづらいが、男女が言い争っているようだ。
声はどんどんこちらに近付いてくる。思わず柱の陰に身を隠した。
「あなた、もうおよしになって」
「いつまで待てばいいのです? 私たちはもう夫婦のはずだ。いつまで待てば、どうしたら、あなたは私のものになってくれる?」
女の方は男を諌めようとしているようだが、男は明らかに正気を失っている。金切り声で早口にまくし立てられ、女は辟易しているようだった。
「あなた、酔っていらっしゃるのですわ」
僕が隠れる柱のすぐ側で立ち止まったらしい気配。
溜め息と共に吐き出された女の声を聞いて、僕の酔いは一気に覚めた。
セリア!
すると男はエリオット伯か!
これでは盗み聞きだとは思いつつ、出て行くことも立ち去る事も出来ず―――立ち去るには二人の前に姿を見せなければならない―――柱の影で息を潜める。
「わたしは酔ってなどいませんよ! きちんと納得のいく答えをくれ!」
「ですから、あなたの誤解だと、再三申し上げているではございませんか」
セリアは再び溜め息をつく。何度となく繰り返された問答なのだろう。彼女の声は冷淡で、ぞくりと背中が寒くなる。エリオットが正気であったなら、こんなセリアを前にしてはいられなかったに違いない。
「もう寝所へお戻りください」
「あの男の所に行くつもりだな! まだあの男の事を愛しているんだろう!?」
え…?
「何のかんのと理由をつけて、俺を騙して! 本当はまだあの男と続いているんだ!」
「ですからそれは誤解だと…っ!」
(!!)
乱れた足音。飲み込まれた悲鳴。人がもみ合う気配に、立場も忘れて飛び出していた。
「行かせるものか! 行かせるものか! お前は俺の妻だ! 俺のものなんだ!」
「…!」
飛び出した僕に気付いたセリアが、大きく目を見開いて、呆然と抵抗を止める。その隙にセリアにのしかからんばかりのエリオットの腕を、僕は容赦なく捻り上げた。激痛に呻き声を上げる男が、誰何の声を上げて振り返ろうとした瞬間…
「ラリホー!」
目の前に突如現れた夢魔。急激な睡魔に襲われる。狭まっていく視界。体内に残ったアルコールも手伝って、抗いがたい睡魔に、僕は意識を手放した。
「アレン!」
激しく体を揺さぶられて、目を醒ます。
足元にはエリオット伯爵が転がっていた。
「セリア…」
柔らかな手が抱き起こしてくれる。まだ朦朧としている意識をはっきりさせようと、僕はしきりに頭を振った。
「ごめんなさい」
足元に転がる男にはちらりと一瞥くれただけで、セリアは僕に手を伸ばした。柔らかな手が、僕の頬に触れる。どきりと、胸が鳴った。
「いや…。僕の方こそ」
首を振った僕は、その手を包み込むように掴んでいた。
「怖い思いをさせた」
見詰め合う。
潤んだ瞳の中に、お互いの姿を映しこんで。
触れ合った手を、離すことが出来ない。
「セリア…」
頬に影を落とすセリアの睫毛がゆれている。そこに掛かる、僕の影。
「ううぅ…」
二人して弾かれるように離れた。
忘れていたが、足元にはエリオットが転がっているのだ。
「・・これは、どうする?」
我ながら冷たい目をしていたと思う。言ってしまった後で、細君を前にして「これ」呼ばわりはないだろうと思ったが、エリオットを見下ろすセリアの目は、僕以上に冷たい。
「いいわ。置いていきましょう」
疲れた溜め息と共に、吐き出された言葉。
言ってセリアは、酷く自然に、僕の手を取って歩き始めた。