ドラクエ2

□破壊神を倒した英雄達のその後
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6.マリア

 アレフが生まれた翌年、父アレフ三世が崩御し、僕は玉座を継いだ。
 僕の即位に遅れる事三年。隣国サマルトリアでも、コナンが王位に就く。コナンの父君、アーサー二世は隠居して、孫達の成長を見守るおつもりらしい。
 この頃になると、ムーンブルク城の復興はほぼ完成していて、これまで多忙を理由にムーンブルクを離れることのなかった女王セリアも、各国の行事に姿を見せるようになっていた。
 長く婚約状態であったエリオット伯とも昨年ようやく結婚式を挙げた。
 初めて見た壮年の男は、同じロトの血を引いていることを疑いたくなるほど、貧相な男だった。
 マリアでさえ、セリアの夫には役不足だと断じた。――マリアはセリアに憧れていたから、セリアの夫となる男には、彼女なりの理想があったと見える。
 コナンのサマルトリア王即位の祝いに訪れた、ムーンブルク国王夫妻を見たマリアは、昨年来の不満を口にする。

「子供の頃などは、あなたとセリア様が結婚されるのだと思っておりました」

 何気ない妻の言葉に、どきりと心臓が跳ねた。

「実際、今思い出しても嫉妬してしまうくらい、お似合いでしたもの」
「……そうかな?」

 僕の内心の焦りに気付いているのか、いないのか、マリアは尚も言葉を続ける。

「そうですわ。勿論、今ではあなたの隣に一番似合うのは、わたくしだという自負がございますけれど」

 やや胸を張って、すました顔で言い切った。
 結局それが言いたかったのかと苦笑する僕と目が合うと、にこりと微笑む。
 まったく、かなわないな。
 侍女に湯浴みに連れて行かれていたアレフが、とたとたと長椅子に腰掛けるマリアに駆け寄ってきた。母親に抱きしめられ、嬉しそうな笑顔を浮かべる幼子に、僕の頬も自然と緩む。

「…兄様と、アレン様が、セリアお姉さまをお慕いしていらした事も、存じておりましたから」

 マリアが、うとうとし始めたアレフの髪を撫でてやりながら独り言のように呟くのを聞いたとき、僕の笑みは凍りついた。マリアの表情を伺おうとするけれど、息子の顔を見るために俯いたままのその表情を、窺い知る事が出来ない。

「マリア…?」

 彼女はどこまで知っているのだろう。もし、全てを知って、嫁いできたのなら、どれほど辛い思いをさせてきたのだろう。

「わたくし、子供の頃からずっと、あなたの事をお慕いしておりましたのよ。ご存じなかったでしょう?」

 顔を上げたマリアは、悪戯っぽく笑っていた。

「だから、あなたの婚約者に決まったときは、本当に嬉しかった」

 誇らしげに微笑むマリアを見つめる。胸が切ない。申し訳なさと自嘲の念から、笑みを返してやることが出来ない。

「辛い思いをさせた?」

 覗きこむように問うと、マリアはゆっくりと首を振った。

「あなたの愛情を、疑った事はございません。わたくしにはアレフがいます。それが、何よりの証拠ではなくて?」

 ああ、本当に。
 敵わないな…
 微笑むマリアにそっと口付ける。

「寝かせてくるよ」

 いつの間にか規則正しい寝息を立てはじめていたアレフを、マリアの膝から抱き上げる。

「ええ、お願いいたしますわ」

 今日のアレフはいつになく興奮して、泥だらけになって遊んでいた。
 ローレシアにも歳の近い遊び相手はいるが、王子であるアレフと遠慮なく遊んでくれる子供はいない。
 けれどサマルトリアには、七歳のカインを筆頭に三人の子供がいる。年に一度会えれば良い方だというのに、子供たちはあっという間に打ち解けた。従兄弟と言う気軽さもあり、力の限り遊びまわったのに違いない。
 アレフの世話係の侍女が、慌てて僕の手からアレフを預かろうとやってきたけれど、僕はそれをやんわりと断った。
 たまには、父親らしいこともしてやりたい。子供の重さも知らないなんて、親としてあまりに哀しすぎる。
 間続きの子供部屋へ、アレフを寝かしつける。
 ベッドに置いたためか、うっすらと目を開けたが、僕の顔を見て安心したのか、ふにゃりと微笑んでまた規則正しい寝息を立てはじめる。
 しばらくその寝顔を見詰め、マリアがそうしていたようにアレフの髪を撫でてやる。子供特有の頼りない柔らかな髪。この子が大きくなったとき、父親の温もりを少しでも覚えていてくれたらいいと思う。

「おやすみ」

 あどけない寝顔に口付け、扉から漏れる光に振り返ると、マリアが戸口に立っていた。

「どうした?」

 問いかけに、マリアはじっとこちらを見上げ、やがてふるふると頭(かぶり)を振った。
 マリアの肩を抱いて、寄り添うように子供部屋を出る。

「アレン様…」
「うん?」
「アレン様は、お辛くはございませんでしたか…?」

 小さな声で、問われた。不安そうな表情で僕を見上げてくる。

 ああ…
 この姫は…

 やはり僕とセリアの仲を知っていたのだろう。
 それでも尚、僕を信じてくれていたのだ。
 嫉妬や疑いを抱いて当然なのに、あくまで僕の心情を案じてくれるのか。
 切ないほどの愛しさがこみ上げてきて、僕はマリアを抱きしめた。

「君が、いてくれたから」

 腕の中で、ほぅっと息が漏れた。

「嬉しい…」

 涙に濡れた声。

「アレン様、わたくし、幸せです…」

 そう言って微笑むマリアを見ていると、胸の中が幸福感で満たされていく。言葉を返す代わりに、マリアの細い顎を上向かせて口付ける。

「愛しています」

 何度も呟く桜色の唇を、唇でふさいだ。
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