ドラクエ2

□破壊神を倒した英雄達のその後
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5.決意

 あれから5年。
 コナンの結婚式に顔を合わせたきり、セリアには会っていない。
 ムーンブルクに派遣した大使によれば、王城の建設は五割方終わり、城を中心に、以前にも増して美しい街並みが出来上がりつつあるそうだ。
 女王セリアは王城に居を移し、そこで政務の一切を取り仕切っているという。長く婚約状態にあったエリオット伯とも、今年中に正式な婚姻の誓いを結ぶらしい。
 不自然に長い婚約状態に、内外からは女王即位前の恋人との関係が懸念されたが、当の僕は4年前にマリアと結婚し、その噂を否定している。
 それでも僕は、今も知らない男の隣で微笑むセリアの姿を、想像できずに居る。
 自身は他の女性を妻に迎え、その女性との間に世継ぎを設けておきながら、だ。
 マリア姫は、懐妊していた。
 初産で妻を無くした父王の強い勧めもあって、僕はマリアに気心の知れた、且つ、出産の立会い豊富な侍女を雇い入れた。国許から彼女の乳母を呼び寄せたのだ。

「姫の体調はどうだ?」

 年若く――見た目は幼いとすらいえる――体も小さなマリアは、初めての妊娠に大分参っている。

「はい、今日はお昼も沢山召し上がられて、お顔の色もようございます」
「そうか」

 乳母の案内で寝室に入ると、マリアは安楽椅子に腰掛けて春の庭を眺めていた。時折動くのだろうか、膨らんだ腹部を愛しそうに撫でながら。
 日だまりの中、幸福そうに笑う彼女は、まるで一枚の絵のようだ。

「マリア」
「アレン様!」

 声をかけると弾かれたように振り返り、太陽のような輝く笑顔を見せた。
 サマルトリアの城にある時から変わらない、この屈託のない笑顔に、何度心救われたか知れない。

「アレン様!」

 仔犬が主人を見つけたように、嬉しくてたまらないといった様子で駆け寄ってこようとするマリアを、僕は慌てて止めた。

「ま、待て!」

 駆け寄って、そっと肩を抱く。

「走ったりして…」

 たしなめるように溜め息をくと、マリアは悪びれた様子もなく笑った。

「だって、アレン様が来て下さったのですもの。嬉しくて」

 つい、と言った後に、しまったと、悪戯っぽく口を押さえたマリアに、内心複雑な思いを感じる。僕は、そんなに不誠実な夫だろうか?

「転んだら、どうするんです」
「何もないところで転んだりなんていたしません。アレン様は心配性ですのね」

 憮然と呟く僕に、マリアはころころと鈴が転がるような声を立てて笑った。
 ちょっと意地悪したくなって、にっと笑う。

「足元もよく見えていないのに?」
「まぁ!」

 ぷぅっと頬を膨らませる。そんな仕草がなんとも可愛らしくて、吹き出すように笑い出した僕の胸を、小さな拳がぽくぽくと叩いた。

「酷い! お腹の事、気にしていますのに!」

 もともと華奢なマリアは、妊娠の為についた脂肪を気にしているらしい。傍から見ている分には、つわりで逆に痩せたと心配しているくらいなのだが、本人には本人にしか分からない悩みがあるらしい。
 尚も頬を膨らませる様子に、笑いの波動は収まりそうにない。

「誰もそんなこと言っていないでしょう」

 クックと笑いつづける僕の胸を、不意にマリアが握り締めた。

「あ…」

 顔をしかめたマリアが、痛みをこらえるように背をかがめる。

「マリア?」

 胸中を嫌な感覚が襲う。僕はマリアの細い肩を抱えて、その顔を覗き込んだ。すると今度は、マリアが吹き出す。

「アレン様ったら、なんてお顔…。そんなお顔、初めて」

 訳もわからないまま、僕は瞬きを繰り返す。

「大丈夫です。少し強くおなかを蹴られただけ。…きっと、男の子ですわね。あなたに似た、強い、男の子」

 そう言って腹部を撫でるマリアの顔は母親のそれで、とても神聖なものに見えた。
 守りたいと、壊したくないと思う。
 この柔らかな陽だまりを。
 そんな彼女の笑顔を。
 マリアの細い体を抱き寄せて、腕の中に包み込む。
 愛しいと、大切だと思う。
 自分の子供を宿してくれた、この女性を。そこに宿る、小さな命を。

「毎日、来るようにします」

 つぶさないように、そっとマリアを抱きしめたまま、彼女の蜂蜜色の髪に口付ける。

「お忙しい、でしょう…?」
「それでも」
「気にしていらっしゃる…?」

 駆け寄ってきたときの失言を?

「いや。あなたの笑顔が見たいから」

 マリアは弾かれたように顔を上げた。兄と同じエメラルド色の瞳は、さまざまな表情を宿して揺れる。きっとそれは刹那の事で…

「嬉しい…!」

 それは、この日一番の、もしかしたら出会いから今までで一番の、幸福そうな笑顔だった。
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