ドラクエ2

□破壊神を倒した英雄達のその後
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4.封印

 帰国した僕の生活は、ただただ平和で、退屈なものだった。
 報告書に目を通し、玉座で政務を執り行う父上の、右斜め後ろに常に控えて政治を学ぶ。
 旅に出る前と変わったのは、一軍を任されるようになったということ。
 騎士達に「生きた」剣を教える。人間相手の戦い方しか知らない騎士に、魔物との戦い方や魔法への対処法を教えるのだ。
 僕らを取り巻く環境も変わって、いつまでも子供のままではいられないのだということを痛感させられた。
 コナンは、ルプガナからレルシェを呼び寄せ、書面上、サマルトリア貴族の養女とした後で婚約を発表した。
 体面などはどうでもいい、めんどうな事だと、彼からの手紙にはしたためられていた。王家に生まれた以上は仕方のないことだとも書いてあったが、それよりも何よりも、レルシェの側にいられるようになったことが嬉しくてたまらないという思いが、文面のそこかしこから感じられ、僕は手紙を読みながら、そんなコナンの顔を思い浮かべて笑ったものだ。
 いかに豪商の娘とは言え、レルシェを婚約者に迎える事は、並大抵のことではなかったに違いなく、そのためにコナンがどれほどの無理をしたのかを想像すると頭が下がる。
 僕には出来なかった事。
 自嘲と共に胸に下がったペンダントを弄ぶ。そこには、かつてセリアと買い求めた、青い涙石のペンダントが掛かっている。女々しいとは思いながら、僕は未だにそれを外せないでいる。
 コナンの婚約に遅れること三ヶ月、僕もサマルトリアのマリア姫と婚約した。
 長らく放置してきた問題を、ここにきて片付けてしまおうという宮廷の老人たちの思惑に、もう反対する気力は僕にはない。
 ローレシア・サマルトリア両国の世継ぎが結婚するという事で、ここ数ヶ月は各国の大使が引きもきらずに謁見を求めてくる。街にも商人の出入りが増え、街は活気に満ちている。よい傾向だと思う。その反面、人が増えれば犯罪も増えると言う訳で、そちらの対策を講じなければならない。
 執務机の書類に目を通していると、扉を叩く音がした。
 使いの侍女が、ムーンブルクからの使者が謁見を求めている事と、その謁見に立ち会うようにとの王命を告げる。

「承知した、とお伝えしてくれ。すぐに行く」
「畏まりました」

 深くお辞儀をして侍女が下がると、別の侍女が衣装ケースを持ってやってくる。
 ムーンブルクからの使者だって?
 謁見用の上着を羽織り、僕は謁見の間に急いだ。


 謁見の間では、既に全員が集まっていた。軽く目配せをして、剣の師でもある近衛騎士団長ウィリアムと位置を変わる。

「お待たせして申し訳ありません。陛下」

 玉座の王にそっと告げると、ちらりとこちらを一瞥した王は、「よい」と短く応えた。
 王が玉座の右前に立つ大臣に手で合図すると、大臣が扉に控える呼び出し係りに向けて鷹揚に頷く。

「ムーンブルク大使、ライネル殿」

 呼び出しに応じて両開きの扉が開き、謁見の間に騎士が入ってくる。その男には見覚えがあった。
 文官ではなく、騎士が使者に立ったことに、三年前の記憶がよみがえる。
 悪寒に耐える僕の前で、使者はお決まりの口上を述べ、手にした銀筒を差し出した。受け取った大臣が、銀筒を王に手渡す。封を破り、中の書簡に目を通した王は、それを無言で僕によこした。
 異例な事に面食らったが、受け取って文面に目を通す。
 ムーンブルク王家の紋章が透かしされた紙に書かれた内容に、僕は一瞬眩暈を覚えた。拳を固め、一歩足を引く事で眩暈をこらえる。ウィルが心配そうにこちらを伺っているのは知っていたが、それに気を止めている余裕もない。ただ、謁見の間で醜態をさらした事に、舌打ちしたくなる。
 じっとこちらを伺う国王に、無礼を詫びると、僕は書簡を返した。

「書簡の件、確かに了解した。返信をしたためるゆえ、使者の方には別室でしばしお寛ぎ頂きたい」

 無表情で玉座の後ろに控えたまま、僕は謁見の間で交わされる声を聞いていた。だがそれは、ただ流れ込んでくるだけで、僕の中で意味を成していなかった。その時の僕は、書簡に書かれていた内容に、打ちのめされていたから。自分がどんな顔をしていたのか、周囲の好奇の視線にどう晒されていたのか、思いやる余裕等なかった。



 セリアが結婚する

 城の尖塔に登り、眼下を見やる。
 国王からの返信と、祝いの品々を満載した馬車と共に、ムーンブルクの使者が帰って行く。
 使者の滞在中、僕は彼を尋ね、彼の口からセリアの結婚相手について聞き出していた。
 相手はバロム公爵の末息子で、庶子であるが故に王都に住んでおらず、あの日の戦火を逃れたのだという。
 ムーンペタ駐屯軍で騎士隊長をしていたというが、主だった騎士の中にそれらしい男の記憶がない。というのも、父公爵の意向もあって、魔物の掃討作戦には加わっていなかったのだという。
 顔も知らない男。
 彼女に、僕以外の男が触れるのかと思うと気が狂いそうになる。
 苛立ちのままに、壁に掛けられた鏡に拳を打ちつけた。
 ライネルは、セリアへの伝言があれば伝えるといってくれた。謁見の間にいた人間で―――いや、ムーンブルク、ローレシア両宮廷内ですら、僕とセリアの仲を知らぬ者は居なかっただろう。彼の慰めるような、労わるような視線が辛かった。
 僕は、ライネルの申し出を丁重に断った。セリアに向ける言葉を持たなかったからだ。今更どの面下げて、彼女に何を言えというのか。
 あの日、僕らは進む道を違えたのだ。僕ら自身の意志で。
 その時から解っていた事だ。
 僕やコナンがそうであるように、セリアも、子孫を残すために誰かと結ばれる。
 いつかそんな日がくることは、そう、遠くない将来に必ずやってくる事だと分かりきっていたのに、そんな日がくることを考えもしなかった。
 身勝手にも、セリアは僕を待っていてくれる、想い続けてくれると思っていたのだ。
 ムーンブルクで別れたあの日、お互いの生きていく道が決して合わさる事はないと知った。彼女の選択を認めようと誓った。
 それなのに…
 割れた鏡の中に、嫉妬に狂った男の顔。
 自覚のなさに、己の甘えに、反吐が出そうだ。
 

 諦めよう。

 忘れよう。

 民に生かされているこの身は、民の為にだけあればよい。

 ロトの血を絶やさず、薄めず、後世に伝える。

 そのためだけにあればよい。

 
 幼い日、夜店で買った揃いのペンダントを、僕はそっと小箱に入れた。
 この思いが痛みを伴わなくなるその日まで、この箱を開けることはない。
 そんな日は或いは永久に来ないかもしれないと、自嘲の笑みが浮かぶ。
 鍵を施したそれを、棚の奥深くにしまい込んだ。
 この胸の焼け付く想いと共に。
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