ドラクエ2

□破壊神を倒した英雄達のその後
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2.月光

 城の中庭。雲ひとつ無い晴れた夜空に、月が美しく輝いていた。
 そしてその光の中に、彼女がいた。
 月光に浮かび上がる、幻想的な美しさ。
 思わず見とれて声も出ない。
 彼女の姿は見慣れているはずなのに、目を離す事も、声をかけることも出来ず、僕はただ、立ち尽くしていた。

 どれほどの時間そうしていたのだろう。
 惚けていた僕に気付いたセリアが、微笑みと共に僕の名前を呼んだ。

「アレン?」

 名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴る。
 きっと頬が赤くなっているだろうな。
 気付かれなければいいと思いつつ、二人の間を一気に詰めた。

「セリア」

 手を伸ばせば届く距離。視線が絡み合って、どちらからともなく、微笑む。

「どうしたんだ? こんな時間に」
「アレンこそ」

 花のような笑顔とは、こういうことを言うのだ。その笑顔に、僕はまた魅入ってしまう。抱きしめたい衝動に駆られるが、誰が見ているとも限らない城の中庭だと言う事を意識して、やめる。

「アレン?」

 可笑しそうに笑う声に、僕は咳払いをして、手に下げた剣を心持ち持ち上げて言った。

「日課だ」
「見ていてもいい?」
「もちろん!」

 わざわざ断る理由もない。一緒にいられるなら、逆に用事を作りたいくらいだ。

 軽く体をほぐしてから、剣を正眼に構える。
 体内に練り上げた気を吐いて、基本の型通りに剣を振るった。
 二年余りの旅で、すっかり鍛えられ、切っ先はぶれることなく、思い通りの起動を描く。

 どれくらいそうしていただろう。
 長い息を吐いて、剣を下ろした僕に、セリアはタオルを差し出してくれた。

「はい」
「ありがとう」

 思い出したように吹き出た汗を夜気が撫でていく。
 上気した体に、冷たい初春の空気が心地よい。
 はたと気付いて、僕はセリアを見た。

「ごめん! 気付かなくて。寒かったろ?」

 中に戻ろうと、肩に手を置く。するとセリアは、僕の手に掌を重ねてわずかに頭を振った。

「もう、少し」

 呟いて、セリアは月を見上げた。
 淡い光の下、その姿は儚げで、このまま消えてしまうのではないかという恐怖に捕らわれて、僕は思わずセリアの細い体を抱きしめていた。
 腕の中、セリアがほぅっと息を吐く。
 甘く、香る。
 誘われる、香り。

「迷っているの」

 呟くようなセリアの言葉に、どきりと心臓が跳ね上がる。
 僕の心の迷いを、見透かされたようで、一気に酔いが覚めた気分だ。

「な、にを…?」

 どう声をかければいいのか分からなくて、やっとそれだけ口にした。
 或いはこの時、僕も迷っていると、伝えればよかったのだろうか。
 名を捨て、国を捨て、このまま君をさらって行きたいと。
 きみだけの、僕でありたいのだと。
 思えば、この時セリアもまた、僕と同じ思いを抱いていたのかも知れない。けれどその時の僕は、自身の抱える葛藤を彼女に伝える事は出来なかった。もしも僕の思いを素直に告げていたら、僕らは誰も傷付ける事無く、同じ時を過ごせていたのだろうか。
 セリアは月を見上げたまま、薄く微笑み、分からないわと呟いた。
 寂しげなその笑みが、もたらした痛みの意味が、この時も、そして今も、僕にはわからなかった。
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