ドラクエ2
□破壊神を倒した英雄達のその後
3ページ/17ページ
2.月光
城の中庭。雲ひとつ無い晴れた夜空に、月が美しく輝いていた。
そしてその光の中に、彼女がいた。
月光に浮かび上がる、幻想的な美しさ。
思わず見とれて声も出ない。
彼女の姿は見慣れているはずなのに、目を離す事も、声をかけることも出来ず、僕はただ、立ち尽くしていた。
どれほどの時間そうしていたのだろう。
惚けていた僕に気付いたセリアが、微笑みと共に僕の名前を呼んだ。
「アレン?」
名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴る。
きっと頬が赤くなっているだろうな。
気付かれなければいいと思いつつ、二人の間を一気に詰めた。
「セリア」
手を伸ばせば届く距離。視線が絡み合って、どちらからともなく、微笑む。
「どうしたんだ? こんな時間に」
「アレンこそ」
花のような笑顔とは、こういうことを言うのだ。その笑顔に、僕はまた魅入ってしまう。抱きしめたい衝動に駆られるが、誰が見ているとも限らない城の中庭だと言う事を意識して、やめる。
「アレン?」
可笑しそうに笑う声に、僕は咳払いをして、手に下げた剣を心持ち持ち上げて言った。
「日課だ」
「見ていてもいい?」
「もちろん!」
わざわざ断る理由もない。一緒にいられるなら、逆に用事を作りたいくらいだ。
軽く体をほぐしてから、剣を正眼に構える。
体内に練り上げた気を吐いて、基本の型通りに剣を振るった。
二年余りの旅で、すっかり鍛えられ、切っ先はぶれることなく、思い通りの起動を描く。
どれくらいそうしていただろう。
長い息を吐いて、剣を下ろした僕に、セリアはタオルを差し出してくれた。
「はい」
「ありがとう」
思い出したように吹き出た汗を夜気が撫でていく。
上気した体に、冷たい初春の空気が心地よい。
はたと気付いて、僕はセリアを見た。
「ごめん! 気付かなくて。寒かったろ?」
中に戻ろうと、肩に手を置く。するとセリアは、僕の手に掌を重ねてわずかに頭を振った。
「もう、少し」
呟いて、セリアは月を見上げた。
淡い光の下、その姿は儚げで、このまま消えてしまうのではないかという恐怖に捕らわれて、僕は思わずセリアの細い体を抱きしめていた。
腕の中、セリアがほぅっと息を吐く。
甘く、香る。
誘われる、香り。
「迷っているの」
呟くようなセリアの言葉に、どきりと心臓が跳ね上がる。
僕の心の迷いを、見透かされたようで、一気に酔いが覚めた気分だ。
「な、にを…?」
どう声をかければいいのか分からなくて、やっとそれだけ口にした。
或いはこの時、僕も迷っていると、伝えればよかったのだろうか。
名を捨て、国を捨て、このまま君をさらって行きたいと。
きみだけの、僕でありたいのだと。
思えば、この時セリアもまた、僕と同じ思いを抱いていたのかも知れない。けれどその時の僕は、自身の抱える葛藤を彼女に伝える事は出来なかった。もしも僕の思いを素直に告げていたら、僕らは誰も傷付ける事無く、同じ時を過ごせていたのだろうか。
セリアは月を見上げたまま、薄く微笑み、分からないわと呟いた。
寂しげなその笑みが、もたらした痛みの意味が、この時も、そして今も、僕にはわからなかった。