ドラクエ2

□破壊神を倒した英雄達のその後
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1.葛藤


 僕達が、邪教の大神官ハーゴンを倒してから半年余り。祖国に凱旋を果たした僕達は、新たな英雄と呼ばれるようになった。
 旅の仲間の一人であり、親友でもある、サマルトリアの王子コナンは、ローレシアでの凱旋式の後、サマルトリアに戻った。
 ムーンブルクの王女セリアは、コナンの帰還に合わせての出国を望んだが、今もローレシアに身を寄せている。
 これは父王アレフ三世の強い要望である。
 今だ魔物が跋扈するムーンブルク解放の軍が準備できるまではとの期限付きで、セリアはしぶしぶローレシアに残る事になったのだ。

 そのセリアも、明日、ムーンペタに発つ。

 未だ魔物の跳梁する、ムーンブルクの平定には、当然のようにローレシア・サマルトリア両国が連合軍を組織した。
 ムーンブルクには、軍隊らしい軍隊は残っておらず、わずかに、ムーンペタ臨時政府に守備隊が機能しているのみだ。ロトの盟約に従い、二国から軍が派遣されるのは当然の事だろう。
 ムーンブルク陥落から二年。
 ようやくその重い腰をあげ、連合軍の派遣が決まったのである。
 今では、恐るべき魔法の使い手であるセリアの存在があれば、ムーンブルク解放に、今更そんなものを組織する必要すらないような気もする。
 許されるかどうかはわからないが、もちろん僕もセリアを助ける為に剣を取る。コナンだって同じ思いでいるのに違いない。
 ともあれ、ムーンブルクの復興事業が本格的に開始されるのだ。
 連合軍の編成には、基本的に賛成だった。


 僕としてはこの半年、セリアが側にいてくれることに素直な喜びを感じていたが、こと政治が絡んでくると、素直に喜んでばかりも居られない。
 英雄ロトの血を絶やさぬ為に、また、薄めぬ為に、ロト三国は度々婚姻関係を結んできた。
 僕とコナン、コナンとセリアは互いに従兄妹同士である。
 海を隔てたラダトーム王家とも血縁関係にある。
 これだけ他国の王位を主張できる条件が揃っていて、更に平治と来れば領土的野心を持たない国王は居ないだろう。
 それは父王とて同じこと。セリアさえ居なければ、ローレシア・サマルトリアは、ムーンブルクの領有権を主張できるのだ。
 逆に王子を一人しか持たない為に新生ムーンブルク王家に介入する術を持たない二国にとって、セリアの存在は邪魔なものとなる。
 今でも僕は、水面下で行われているであろう、セリア暗殺計画を案じているのだ。


 今にして思えば、四年に一度ラダトームで行われる「ロト祭」でセリアに初めて出あった四歳の頃から、僕はセリアに恋をしていたのだろう。
 ハーゴン討伐の旅の中、不謹慎だとは思いつつ、僕は彼女に告白した。
 彼女もまた同じ思いであったことを知った時は、町中を夜通し走り回りたいくらい心躍ったものだ。
 ただ彼女が生きていてくれて、同じ想いを、同じ時を共有していると言うだけの事が、どれだけ僕の胸を甘く焦がし、幸福に満たしてくれたことか!
 旅をしている間、僕らは自分たちの立場や身分を忘れていられた。使命なんかより、余程大事なものを常に目の前にして生きて来た。

 けれど今は―――

 魔の霊峰、ロンダルキア山脈を見張る、聖なるムーンブルク王家。
 その唯一生き残った直系の姫、セリア。

 ロト三国の盟主として、ロトの<剣>たるローレシア、唯一の王子である僕。

 お互いに背負う国がある。民がいる。

 僕がセリアを伴侶に迎えると言う事は、ローレシア一国が広大なムーンブルク王国の版図を手に入れるということだ。
 それを諸国が許すはずも無い。
 僕らの想いは成就することはない。互いに別の相手を伴侶に迎える事になるだろう。
 事実、僕の婚約者はこのほどサマルトリアのマリア姫に決まった。
 旅に出る前の僕なら、婚約者が誰に決まろうが気にもしなかっただろう。
 父と母のように、お互いを尊重し、長い時間をかけて育まれる愛の形もあるのだということを知っている。
 自分もそうありたいと、そうあるべきだと思ってきたし、それは今も変わらない。
 王家に生まれたものの常として、政略に拠らない婚姻などありえないことを理解している。自分の感情など、己が置かれた立場と責任の前には、路傍の小石ほどの価値も無いのだということも。
 けれど…
 子供の頃に抱いていた淡い恋心は、確かな形を持ってこの胸に存在し、消えることなく燃え続けている。
 肌と心を重ね、互いに互いを満たす事を知ってしまった。
 もう手放す事は出来ない。離れるなんて、出来るはずが、無い。

 ローレシアを建国した、竜の勇者アレフのように、僕もセリアをさらって、二人生きてゆける新天地を目差すべきなのかもしれない。
 けれど、ムーンブルクをかつてのような豊かで美しい国に戻したい、というセリアの望みを、かなえてやりたい。
 彼女の望みは、僕の望みだ。
 相反する二つの思考。
 答えの出ないまま、僕は頭を振った。鋼の長剣を手に、部屋を出る。
 長く僕の手にあった、ロトの剣は、シドーとの戦いの中失われた。
 今、僕が手にするのは、特注ではあるが普通の鋼の剣だ。
 この剣が体の一部のように馴染むには、まだ時がいるだろう。
 迷いを晴らすためにも、剣を振るおう。
 汗とともに、迷いが流れていけばよいと、願わずにはいられなかった。
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