ドラクエ2
□破壊神を倒した英雄達のその後
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真白き手を血に染めるとも
「魔女め」
恐怖に怯えた、憎悪に揺れた瞳で、男は最後にそう吐き捨てた。
自らの手で死を与えた男の言葉に、心は全く動かなかった。かつてこの言葉に、自分の胸は酷く揺れたのに。
アレン達に助けられ、旅を始めて間もない頃だ。砂漠で魔物に襲われているキャラバンを助けたことがあった。
魔物に襲われている人々に、故国ムーンブルクが襲撃された日の事が思い出され、ただがむしゃらに魔物達を切り裂いた。
後の事等考えず、魔力の限りバギを唱えたのだ。
人の身にあらざりし、魔の力。異界の法。
剣の、人の力を振るわずに魔物を屠る。
それが力弱き人の目に、どう映るのか、年端もいかぬ純真無垢な少女は知らなかった。
自分の意志を、善意を、理解しない人間になどこれまで会ったこともないのだから、仕方ないといえばその通りなのだが。
西に傾きかけた太陽のオレンジ色の光に照らされた、殺し合いに上気した返り血まみれの自分がどう映るのかなど、想像すらしなかったのだ。
「もう大丈夫。お怪我は?」
微笑みながら差し出した手は、悲鳴とともに拒絶された。
「ひっ」
震える子供の瞳に宿る恐怖は、魔物を見る以上の恐怖を湛えてはいないか。
子を抱きしめる母親は、何故ルビスの加護を祈るのか。
「もう…大丈夫ですよ…?」
ぱし、ん…
安心させようと笑みを深くして一歩、母子に近付こうとしたセリアの手を、横から父親が払った音。
「セリア!」
やけに響いた渇いた音に、アレンとコナンが声を上げた。
「魔女…」
愕然とするセリアに、恐怖に引き攣る父親が、まがまがしいものでも見たように掠れた声で呟いた。
「おいお前っ!」
「ひぃぃっ!!」
「コナン!!」
聞き咎めて男に掴み掛かったコナンを制したのはアレンだ。
怒りを隠す事なく、ぎっと振り返ったコナンも、アレンに肩を抱かれて表情もなく立ち尽くすセリアを見て何も言えなくなり、男の襟首を解放した。
情けなく悲鳴を上げて腰を抜かす男に、それ以上何をいうのもばかばかしくて、それでも憤りはいかんともしがたく、コナンは苛々と頭を掻きむしる。
「チクショウ!」
肩を抱くアレンの事も、苛立ちを隠さず砂を蹴り付けるコナンの姿も、その時のセリアの目には入っていない。
ただ、自分に向けられた瞳を、見ていた。
恐怖と拒絶に揺れる瞳に映る、自分を見ていた。
「アレン! ルーラするぜ!」
「ああ、頼むよ」
大股で近付いてくるコナンの頭越しに、アレンは商人の家族に声をかけたようだ。
血を嗅ぎ付けて、別の魔物がやってくる。怪我をしているのなら薬草のストックを譲るから、早くこの場を離れるように、と。
コナンはそんなアレンに「けっ、いい子ちゃん振りやがって」と舌打ちしたが、一度言葉をかけたきり、アレンもそれ以上は商人達に構わなかった。
「セリア。行くよ?」
そ、っと肩を揺すられて、耳元で囁かれ、顔を覗き込まれる。
またコナンが小さく舌打ちをする。今度の舌打ちは、嫉妬のそれだが。
「セリア?」
もう一度肩を揺すられ、至近距離で呼び掛けられて、ようやくセリアはゆるゆるとアレンを見た。
「アレン、わたし…――」
か細く搾り出した声で、何を言いたかったのか。何を言うべきだったのか。
親子を見て、そこに宿る拒絶と恐怖の色を見て、愕然とする。
怖がらせたかったわけじゃない。ただ、助けたかっただけ。人にはない力を振るうことは、ただそれだけで悪だというのか。
「セリア」
後ろから大きな手がセリアの視界を覆った。流れる涙も、一緒に隠してくれた。
「ルーラ!」
魔力に抱かれるのは心地よい。
けれどその感覚自体が普通ではないのだろう。
アレン等は、何度体験しても、ルーラやリレミトの後は目眩がすると言っている。多分、それが普通なのだ。
魔物も魔法を使う。呪文も無しに炎や冷気、雷を喚ぶものもいる。
勿論、ハーゴンも、魔法を使う。
魔法は、神からの賜りものだと教わって来た。
ならば何故、神から最も遠いところにいる魔物も、魔法を操るのか。なんなら人よりよほど強い魔法を操る魔物もいる。
それでは他人より強い魔力を持つ自分は、人ではないのか?
あの親子は魔物によりも、自分に怯えていた。自分は、魔物よりも魔物らしいということなのか。
「ねぇ、セリア」
悩むセリアに、アレンが言った。コナンも、照れたような、ふて腐れたような表情で頷いていた。
「僕らは魔物よりも、ハーゴンよりも強くなきゃいけない。奴らを倒しにいくんだから。でも僕らは人間だ。奴らのように非情でも非道でもない」
「セリアは俺らを助けるために魔法を使えばいい。俺もそうだし、こいつもそうだ。今の俺達は、三人で生きていくことだけに全力を注げばいいんだ」
だから、君の力はやっぱり神様からの賜りものだよ。
あの言葉に、どれだけ救われたか知れない。
ムーンブルクが襲われて、旅に出たあの日から沢山の命を奪って来た。自分と、かけがえのない仲間の命を守るために。
それでもセリアは、人間だけは手に掛けたことがない。邪教の信徒やハーゴンでさえも、最後に手を下したのはいつもアレンだった。それはアレンとコナンの気遣いであり、セリアの甘えでもあったのだろう。
だからセリアは、この日初めて人を殺めた。
しかも、直に手を下さない、魔法の力を振るって。
自分や仲間の命を守るためでもなく、ただ、自分のエゴの為だけに。
人を、殺したのだ。
なのに、それをなんとも思わない。罪悪感も、恐怖も感じない。
「魔女、か…」
アレン。私、非情で非道な行いをしたわ。まるで魔物そのものね。
母になったその日から、セリアは魔物になることを決めたのだ。
この子と、ただひとつの愛のために。