ドラクエ2
□破壊神を倒した英雄達のその後
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●その後のそれから4
逢魔の刻。
アレンとセリアは上空にあった。
ラダトームの諸王には一日で戻ると言って出てきたために、一度連絡を取る必要があった。
とはいえ、海峡トンネルの近くにあるマイラやリムルダールには兵も駐屯していない有様で、連絡を取る手段がない。結果コナンが単身ルーラで戻ることになった。
2人だけで竜王城に行くことを、当初コナンは危険だと反対したが、アレンは幼竜を連れている限り他の魔物が襲ってくる心配はないと言ってコナンを説いた。
「それに、あの時だって僕とセリアだけで大丈夫だったんだから…」
「うっ…」
言われてコナンは言葉を失う。
初めて竜王城を訪れた16年前。早々に気絶したコナンを引きずって、アレンとセリアは最下層にある竜王の居室にたどり着いたのである。あのころと比べて、アレンとセリアは段違いに強くなった。仮に魔物に襲われたとしても切り抜ける自信がある。
明日もう一度リムルダールで落ち合う約束をし、コナンは後ろ髪ひかれながら帰っていった。
それから、徒歩で竜王城に向かおうとしていた二人を、竜が背中に乗せて飛び立ったというわけである。
「伝説の勇者ロトみたい!」
風に髪を靡かせながら、セリアがはしゃいだ声を上げる。
精霊神ルビスの御使い、不死鳥ラーミアの背に乗って光の世界から舞い降りたという勇者ロト。
かつてその勇者が身に着けた鎧兜を着けて、アレンもまた空にあるのだ。
アレンの英雄譚が増えることが、セリアには我が事のように誇らしい。
「英雄王アレンの伝説が、またひとつ増えたわね」
「え? なに?」
幼竜故に大人二人を乗せて高いところを早く飛ぶことはできない。それでも馬を失踪させているくらいの速度があった。加えて上空は風がものすごく、振り落とされまいとアレンはセリアの体をしっかりと抱えていた。
生真面目に自分を守ろうとしている男の顔を、セリアはじっと見つめた。
声は聞こえなくても視線には気付いたらしいアレンが不思議そうにセリアを見つめ返してくる。
こういったときの表情は変わらないな、とセリアは思った。
「なんだい?」
「コナン。あんなふうに言ったらかわいそうでしょう、って」
悪戯っぽく見上げると、アレンは拗ねたように視線を逸らした。
「ああでも言わなきゃ、帰りそうもないから…。後で謝っておくよ」
前半はぼそぼそと呟いたのだが、風にかき消されることなくセリアの耳に届いていた。一瞬目を見張って、それからセリアは嬉しそうに目を細め、その瞳に少し悲しそうな色を浮かべて、アレンの首にしがみついた。
「セ、セリア?」
「風が強いわね」
「あ、ああ。しっかりつかまってて」
紫色の空の上、二人はしばらくそうしていた。
竜王城の近くまで来たとき、不意にセリアを抱くアレンの腕に緊張が走った。何事かと顔を上げたセリアもまた、魔物の姿を認めて眉をしかめる。
「パピラス。それからホークマン」
翼持つものたちが、まっすぐにこちらに向かってきていた。
「一度降りよう。このままじゃ戦えない」
魔法を使うセリアはまだしも、剣での直接攻撃しか攻撃手段を持っていないアレンには、このままでは魔物への対抗手段がない。振り落とされないようにつかまっているのが精一杯だ。
「待って、なんだか様子が…」
魔物たちは一定の距離を置いてアレンたちを囲んだきり、攻撃してくる素振りも見せない。ホークマンの表情などは明らかに狼狽していた。
ただつかず離れず取り囲み、王の行進を守る従者のように飛んでいる。その中を、幼竜は悠々と飛んでいた。
竜王城の前で、幼竜はアレン達を下ろした。相変わらずセリアにだけは鼻をこすりつけて甘えてくるが、周囲の魔物にはお構いなしだ。そしてまるで我が家を歩くように堂々と前を歩いて行く。
アレンとセリアは顔を見合わせ首をかしげた。
魔物たちは相変わらず攻撃してくるでもなくついてくるし、幼竜もアレンとセリアがついてくるのを待っている。奇妙な行列だった。
幼竜はアレンが道すら覚えていない地下迷宮の中を淀みなく進んで行く。一度も道を間違えることなく、最下層の竜王の居室にたどり着いた。
「おお、ヴァーミリア!」
主神ミトラから、300年間この城に縛られ、その間は人間同様に老い死んで行く呪いを掛けられた竜王は、玉座を降りてその幼竜に駆け寄った。幼竜も、甘えた声で鳴いて竜王に鼻を摺り寄せている。
「なんじゃおぬしら、何故ここに居る?」
ひとしきり幼竜との再会を喜び合った後で、竜王は言った。本気でアレンたちに気付いていなかったようである。
「こっちが聞きたい。この竜はいったいなんだったんだ」
魔物たちの態度といい、この竜王の溺愛振りといい、答えは聞かなくても想像がついたが。
「む? 此のほうは余の妃じゃ。どうしたローレシアの?」
やはりかと長く溜息を吐いて、その場に頭を抱えてしゃがみこんでしまったアレンに代わり、セリアが事情を説明する。
傷ついた幼竜が海峡トンネルに身を隠していたこと、その討伐に自分たちが向かったこと。
「なんと! 危ういことであった。お転婆も大概にせねばならぬぞ。我が姫よ」
異形の両目を見開いて幼竜を叱った後、竜王は愛しげに幼竜を撫でてやる。
その姿に、アレンはまたしても長々と息を吐き出した。
「ムーンブルクの姫。感謝する。そなたらには世話になってばかりだのう。神として天界に返り咲いた暁には、アレン、セリア、そなたらの子孫に繁栄を約束しよう」
アレンとセリアの現状を、竜王は知らない。十年前の二人を知るから尚更、当然二人は結ばれたのだと思っているのだろう。竜王の世界には、政治なんてないだろうから。
アレンは視線を落として押し黙ったが、セリアは曖昧な表情で礼を言った。
竜王の幼い妃を送り届けた恩人を、一人の老魔道師がリレミトで地上まで送ってくれた。外はすっかり日も落ちて、満天の星空が拡がっている。
言葉を交わすでもなく、二人は並んで空を見上げた。いつかもこうして、二人で夜空を見上げていた事を思い出す。
「このまま、どこかに行ってしまおうか…?」
「アレン?」
ひどく切なげに、悲しげに自分を見つめるアレンを、セリアもまた悲しい思いで見上げた。
しばらく見詰め合って、どちらからともなく体を寄せ合う。
「ごめんなさい…私、できないわ」
「うん。わかってる。ごめん」
血を吐くような囁き。
この決断を何故13年前に下せなかったのだろう。否、この決断を下すのに、それだけの歳月が必要だったのだろう。
あの頃の自分は、全てを捨てるのが怖かった。責任だなんだと理由をつけて、生まれた時から自分を取り巻いていたそれらを、いわば自分自身を、捨ててしまうのが怖かったのだ。
今はそんなものはどうでもいい。身分も、責任も、名声も、この愛のためにならば捨てられる。責め苦を負うこともできる。捨てられないのは肉親の情だ。互いに子を捨てて、ただわがままな愛に生きることは、もう出来ない。
湖上都市リムルダール。
かつての繁栄の陰は見えない。
旅人が来ることも稀なのだろう。夜中にたたき起こされた宿屋の主人には迷惑そうな顔をされた。
月明かりを照り返す湖畔の町での夜が、二人の最後の夜となった。
簡素な寝台に寄り添い、成就することのなかった愛を囁き交わす。
もう、会わないほうがいい。
口にはしなくても、伝わる想い。
互いの瞳の中に、同じ想いを見る。
それでも、今夜だけは。
ただ一つの愛を、互いの体に刻み付けた。
明けて翌日、昼近くになってやってきたコナンは、二人の顔を交互に眺めて、安堵したように小さく呟いた。
「居た…」
「当たり前だろ」
憮然と言い張ることも、笑い飛ばすことも出来ず、アレンもため息を吐くように微笑した。
「さ、帰ろう」
コナンとセリアの手を取って、アレンが言う。
これが、出会った時から変わらぬ自分達の形。
生涯変えることの出来なかった三角形。
「ローラとリアンナが心配だものね」
空いた手をコナンの手に添えて、悪戯っぽくセリアが言う。
父親二人は顔を見合わせ、次の瞬間コナンはルーラを唱えた。
ラダトーム城に着くなり妻と娘の名を叫びながら駆け出したコナンの背中を、アレンとセリアは肩を竦めて見送った。
「そうだ! おいコナン! 盾!」
「そんなもん後でいい!」
アレンがロトの盾を振りかざし叫んでも、コナンはちらりとも振り返らない。
家宝だという自覚がないらしい。
「そんなもん、て…」
呆れ顔のアレンの横で、セリアはくすくすと笑っている。
「セリア、兜は…」
「凱旋の後でいいわ」
皆まで聞かず澄まし顔でセリア。
「つまり僕にムーンブルクまで届けろ、と」
「まさか。英雄王アレンを使い走りになんかいたしませんわよ? ただ、わたしにロトの兜は重た過ぎるわ」
笑い続けるセリアに、アレンは情けなさそうに眉を下げ、両手をあげて降参の意を示した。
「お持ちしますよ。お姫様」
「お願いしますわ。アレン王」
そうこうしているうちに、コナンの起こした騒ぎで勇者達の帰還を察したのだろう。歓呼の声と共に城から迎えの人々が姿を見せる。
その中に、妻の姿を認めて、アレンは高く右手を挙げた。一際歓声が大きくなる。
「アレン様!」
駆け寄る妻と後をついてきた子供達とを一緒に抱きしめ、万感の想いを込めて一言を口にする。
「ただいま」
「父上、もう帰るのですか?」
未練がましそうなアレフの栗色の髪をくしゃりと撫でて
「ロトの兜をムーンブルクに、盾をサマルトリアに届けてから戻る。もう少し、遊べるぞ」
子供達に向けてニコリと笑ってやると、子供達から歓声が上がった。
「アレン様…」
「言ったろ。ただいま、って」
マリアはちらりとセリアを見、セリアは詫びるように瞳を伏せてマリアに頷く。
「もう、何処へもいかない」
低いけれど優しい声で、一言一言を誓うように口にする。マリアはああ、と嘆息し、両手で被った顔を伏せた。
「おかえり、なさいませ」
指の間から洩れた囁きに短く答え、アレンは妻の髪に口づけた。
ブルーメタルの輝きに包まれた英雄が、蜂蜜色の巻き毛を持つ姫君を腕に抱きラダトームに凱旋する姿は、人々に100年前の伝説を思わせた。
「ラダトーム万歳! ローレシア万歳!」
「ロトの勇者に栄光あれ!」
割れんばかりの歓声の中、アレンとマリアが寄り添い歩いていく。
その後ろを、前を行く二人によく似た幼児二人の手を引いてセリアも歩いていった。
これが、英雄王アレンとロトの末裔達、最後の英雄譚である。
この後、アレンが病没する63歳まで、さしたる混乱もなくアレフガルドに日は差し続けた。
それから後の事は―――また、別の物語で語られるべきものである。
了(2008.12.26加筆)