ドラクエ2
□破壊神を倒した英雄達のその後
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●その後のそれから2
祭最後の夜。トーナメント優勝者は主催者であるラダトーム王に、ひとつだけ望むままの褒美を賜ることが出来る。
今年はアレンとコナンが辞退したので、3位のラダトーム騎士がその栄誉を賜った。
「武勇の誉れ高い、アレン王に、お手合わせを願いたい!」
20代半ばの若い騎士が、興奮気味に言った言葉に、広間中の視線が、仮の玉座に腰掛けるアレンに集まる。
「これ、無礼を申すな」
ラルス21世が窘めた。しかし言葉とは裏腹に、瞳は期待に輝いている。
「逃亡王」ラルス20世の甥、ラルス21世は勇者ロトの熱心な信者で、ハーゴン討伐に軍を率いた事もある。
ロト伝説発祥の地でありながら、ロトの血筋が絶えてしまったラダトームに、アレンの末子、ローラ姫を嫁に欲しいと熱心に使節を寄越していた。祭の間も、何かに付けてその話ばかりされて、正直アレンは辟易していた。
「わたしは構いませぬよ」
「さすがはアレン王じゃ!」
ラルスは手を叩いて喜んだ。早速日程を決め、準備するように指示を飛ばす。
「さて、ただ勝負するだけではおもしろくない。我が騎士が勝ったなら、我が息子ドランにローラ姫を戴きたい!」
きらりと光を放つラルスの目を、アレンは真っ向から睨み付けた。ラルスは一瞬怯んだが、両国の親睦を深めるためと理由を付けて、正式に申し込むと言い募る。
「娘を賭ける気は毛頭ない。そういうことなら…」
「受けて立たれよ、アレン王!」
ラルスを挟んで反対側から上がった声に、アレンは驚いて声の主を見た。デルコンダル王である。
「娘惜しさに勝負を避けるなど、英雄王の名に恥じましょうぞ! かわいい娘を守るのも父親の役目。なぁに、そなたが負けたら儂が代わりに勝負して差し上げる故!」
ガハハと豪快に笑う。
決闘好きのデルコンダル王が言いそうな事だと、アレンは小さく溜息をついた。
助けを求めるつもりでコナンを見ると、こちらも表面上はきまじめを装いながら、しかし目は面白がって笑っている。助け舟は期待できそうもない。
「昔日の勇姿、子供らに見せるよい機会ではないか。羨ましいほどだ、アレン王」
人の事だと思って…
これが自分の末娘なら、何を置いても断るだろうに。
アレンは隣で不安そうにしているマリアに大丈夫だと頷いて、諸王に了解した旨を伝えた。
「お前が負けたら、リアンナを嫁に寄越せと言って来た」
夜、アレンを尋ねて来たコナンは、大層不機嫌に言った。困惑顔のセリアも一緒だった。
それぞれデルコンダル王に、無理難題を押し付けられたらしい。
「相変わらず無茶を言う御仁だな」
月の紋章の時もそうだ。あの時はアレン一人、サーベルタイガーと戦ったのだ。
「笑い事じゃないぞ」
不機嫌さを隠しもせずに、コナンは手にしていた袋をアレンに押し付ける。
袋越しに伝わる金属の感触に、アレンは眉を寄せた。
「セリアには後妻に入れと言ってきたんだからな」
「なんだって!?」
袋の中身にも驚いたが、それ以上にコナンの言葉は衝撃的だった。
思わず落としてしまった袋から、青い輝きが漏れる。夜のしじまをガランガランと、ブルーメタルの悲鳴が響き渡った。
コナンがルーラし、セリアがアバカムして、それぞれの城に保管されていたロトの盾と鎧、兜を持ち出して来たという。
盗賊除けの魔力障壁も、コナンのトラマナを前にしては意味がない。宝物庫の番をしていた兵士はラリホーで眠らせたらしい。
一部始終を聞き終えて、アレンはこめかみを押さえた。
衛兵もよもや、自国や同盟国の王に宝物庫を荒らされるとは思わなかっただろう。今頃パニックになっているに違いない国元を思うと頭が痛い。
「勇者アレンここにあり! ってところを見せてやれ! ここらで奴らを黙らせておかないと付け上がるだけだ!」
「わざわざここまでしなくても、僕は負けやしないが…」
信用ないなぁと呟く。
「いいんだよ! 誰が世界を守ったのか、誰のお陰で今の自分達があるのか、思い知らせてやらないと駄目なんだって!」
「だからってやり過ぎだろう…」
「剣はこれを使え!」
ロトの剣はシドーと共に異界に消えた。代わりに差し出されたのは光の剣。名工ゼランの鍛えた魔剣。市場に出回っていたものを、大枚叩いてコナンが購入した際物だ。
「この完全武装で、ラダトームの騎士をたたきのめせって? 丸っきり弱い者虐めじゃないか」
勝ったところで逆に恥ずかしい。
「念のためだ! リアンナにもしものことがあったらどうしてくれる!」
「ないない。安心しろ。ただの人間に僕が負けると思うかい?」
アレンが浮かべた自虐的な冷たい笑みは、娘大事の一念で暴走していたコナンの頭を冷やすには十分だった。
翌日、子供達にせがまれて、試合の前にアレンはロトの装備に身を固めた。
「叔父さまステキ!」
という娘に嫉妬したコナンが、かつての魔法鎧に身を固めたというのは、仲間うちの秘密。
結局アレンは、愛用の鋼の剣一本携えてラダトーム騎士と一騎打ちを演じ、予想以上にあっさりと勝利を決めた。
面目丸潰れの騎士には悪いが、娘、姪やセリアまでも賭けの対象に持ち出してきたラダトーム、デルコンダル両王への戒めの為に本気で相手をさせてもらった。
一合も切り結ぶことなく、剣をへし折られ吹き飛ばされた騎士はすっかりのびている。
「さすがはアレン殿! 相変わらずお強いのぅ」
がははと笑うデルコンダル王の顔は、誰の目にも明らかに引きつっていた。
と、そこに慌しく伝令が書簡を携えてやってきた。受け取ったラルス21世は表情を険しくしたが、すぐに妙計を思いついたと満足げに笑った。
ラダトーム本島とリムルダールを結ぶ海底トンネルに魔物が出たという報告が入ったのである。
数々の災害に見舞われ、今ではアレフガルドで町と呼べる所は王都ラダトームだけとなっていたが、それでもアレフガルドのそこここに人の暮らす集落はある。かつてローラ姫が幽閉されていたという海峡トンネルがつかえなくなっては、そういった人々の行き来が途絶え、ラダトームの存亡にかかわる。
「報告によると魔物はドラゴンであるという。ロトの勇者がここアレフガルドに居て下されたことは幸いであった。アレン殿、コナン殿、セリア殿。高祖アレフが成し遂げた竜退治、末裔であるそなたらに頼みたい」
闘技場にいるアレンの許に二人が集まる。三人は顔を見合わせ、一様に頷いた。
再びロトの鎧に身を包んだアレンを、人々は歓呼で送りだした。
馬に乗り、悠々と出立していく英雄達の姿を、妻達はバルコニーからそれぞれの子の肩を抱き見送った。
「ご覧なさい。アレフ、ローラ。お父様の勇姿を」
「あなた達のお父様は、まことの勇者。あなた達にも勇者の血が流れているのですよ」
「エルウィン殿、あなたにも」
「はい。伯母上様」
青みを帯びた黒髪、聡明な青い瞳。4歳のムーンブルク王子に、マリアは長子アレフの幼い頃の姿を重ねていた。
一人の供も付けず、三人だけの行軍は、かつての気ままなな旅を思わせた。
「このあたりもかわらないよなぁ」
「十年やそこらで地形が変わっていたら大変だよ」
「何言ってるの二人とも。あの頃は船で来たから、この辺りは初めてよ?」
アレンはコナンと顔を見合わせ、ばつ悪そうに頭をかいた。
「う、あー、そうだ! いきなり洞窟でドラゴンと戦うのも不安だよな? なにか手頃な魔物出ないかな?」
「また、コナンは縁起でもない事を…」
「本当に出て来るからやめてちょうだい」
苦笑したセリアの言葉通り、地面からにょきりと手が生える。見覚えのあるそれに、セリアは無言で雷の杖を振るった。
閃光がマドハンドに向かう。
放っておくと無限に増えるのではないかというマドハンドは、地下に埋まった大魔神の手だとか、メドゥーサボールの亜種だとか言われているが、真相は定かではない。
とりあえず、数が多くなると面倒な事に変わりはないので、早めに倒すに限る。
「もうっ、コナンがあんなこと言うから!」
ぷぅ、と頬を膨らませて言うセリアの指差す先に、怪鳥ドラキーの群れが見えた。
「竜王城の方からか?」
「らしいな。どうする?」
「どうするも何も…」
アレンは苦笑する。どのみち行くつもりだったのだ。
「進行方向だしな」
「久し振りに会いに行くのも悪くないわね」
海底トンネルを抜け、リムルダールから海峡を渡れば竜王の居城は数日の距離だ。
一行は一度森に身を隠してドラキーの群れをやり過ごす。しかし森では森の魔物が現れ、襲い掛かって来た。動物が独自の進化を遂げて魔物と呼ばれるようになった類のものだが、本来人を襲うような生物ではない。
森の延焼を恐れて、コナンは魔法を使わない。セリアのバギも木々に阻まれて本来の威力を出せていない。自然戦闘は長引いた。
個々の能力ではアレン達の敵ではないが、数が多いのが問題だった。
「森を出るぞ! このままじゃじり貧だ!」
サーベルウルフの牙を剣で受け止め、強引にそのまま切り捨てる。大きく水平に剣を振り回して牽制を入れ、アレンは二人を見ずに言った。
「わかったわ」
「簡単に言ってくれるよ」
それぞれ承諾が返って来て、アレンの左を守っていたコナンが印を切る。それに合わせて、アレンも光の剣を振るった。
「「マヌーサ」」
3人の周囲に集まっていた魔物たちを紫がかった霧が包む。マヌーサの効果範囲からもれた魔物には、セリアのラリホーが飛んだ。
手前にいた魔物たちを無力化して、3人は示し合わせたように同じ方向に走り出した。
「…あ」
森を出るなり、鼻に皺を寄せてコナンがうめいた。
何事かと振り向く2人に、コナンは悲しげな顔をする。
「馬、置いてきちゃったな」
「あ」
「…かわいそうなことをしたわね」
走りぬけてきた森を振り返る。そういえば、荷物も馬の背にくくりつけたままだ。
「一度戻るか?」とコナン。
「あれだけ大袈裟に出てきて戻れないだろう…」
ため息混じりに苦笑して、アレンは先に進むことを決めた。問題の海峡トンネルは目と鼻の先だ。洞窟探索だけなら日が沈む前に終わるだろう。
太陽は、すでに中天に差し掛かろうとしていた。