ドラクエ2
□破壊神を倒した英雄達のその後
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※DQ2「英雄達のその後(アレン、コナン、セリア、マリア)」の後話になります。末裔32歳頃。
※キリ番100で書き始めたものですが、当初の予定と掛け離れたものとなった為こちらに置きました。スミマセンm(‐‐)m
●その後のそれから1
4年に一度行われる「ロト祭」は、各王家に生まれた子供達の、数少ない交流の場になっていた。
ラダトーム城の中庭を、所狭しと走り回る子供達を、各国の王夫妻は温かく見守っている。
「あなた」
妻にそっと腕を取られて、ローレシア王アレンは眉をひそめた。
「失礼だろう、マリア」
妻といえど、妹といえど、国王同士の会話に割って入るなど、あってはならないことだ。
「私は構わなくてよ。アレン?」
笑顔で言うムーンブルク女王セリアに、サマルトリアのコナン国王も頷く。
許しを得て、マリアは童女のような無垢な笑顔で、アレンとセリアの間に立った。
相変わらず穏やかな笑みを浮かべて従姉妹を迎えたセリアと妻とに素早く視線を走らせ、アレンは二人の表情を伺った。
内心の動揺を表に出すまいと、意思の力を総動員させて妻の手を取る。
アレンにとってマリアは正妻、セリアは恋人。
どちらも大切な女性であり、どちらをも傷つけている。
アレンに出来ることは、セリアとの関係をひた隠しにする以外になかった。
自分にだけ都合のいい、勝手な言い訳だということは、分かっていたけれど。
「それで、どうしたんだい?」
「ローラとエルウィン殿下ですわ」
にこにことマリアが告げた名に、アレンの心臓が大きく跳ねた。
「ご覧になって。お似合いだとお思いになりませんか?」
マリアの視線の先には、ローレシアの第一王女ローラとムーンブルク王太子エルウィン。一歳違いの二人が、仲良く遊んでいた。
咄嗟に言葉を返せないまま、アレンは妻の表情を探った。何か、含むものがあるのではないかと。
戦慄にも似た感覚が、背中をはい上がる。
「ちょっと気が早過ぎやしないか?」
なぁ? とコナンがアレンの肩を叩く。それでようやく、アレンはぎこちなく言葉を返すことが出来た。
「ローラはまだ2つだよ?」
「あら、早過ぎる事はないと思いますわ。ロト三国の絆を強める為にも、ローラとエルウィン様の婚姻は重要だと思います!」
強気に言い切るマリアに、アレン、コナン、セリアの三人は顔を見合わせた。
アレンにとって、ローラもエルウィンも、実子である。それを知っているのは、アレン自身を除けば、エルウィンを生んだセリアだけだ。
今は亡きセリアの夫エリオット伯も、名義だけの妻が宿した命が、自分の子胤でないことだけは知っていただろう。
「マリア」
困惑気味に微笑みながら、セリアは従姉妹に語りかけた。言葉を選びながら、慎重に。
「エリオット亡き後、あの子はムーンブルク、たった一人の世継ぎの王子。このような席で、まして私の独断で、伴侶は決めかねるわ」
かつて広大な領地を有したムーンブルクも、今ではムーンブルクとムーンペタ二都市を有するのみとなっている。
海洋都市ルプガナは名実ともに独立し、遠隔地テパの領有を主張するには、今のムーンブルクでは力が無さ過ぎた。
直轄地のムーンペタとて、その全てがセリアに忠実とは言い難い。
王太子の婚姻相手を選ぶのに、ロトの血筋にこだわっていられるような情勢にはない、というのが正直な話だ。
ムーンブルク王家唯一の生き残り、救国の英雄とはいえ、女のセリアには内外に敵も多い。
平和な時代を10年も過ごせば、人はその平和のありがたみを忘れてしまうものだ。
女王セリアの権威失墜を望む輩に、如何なる弱みも見せるわけにはいかない。独断も、先を見据えない発言も。
勢いを無くして悲しそうなマリアを、セリアはそっと抱きしめ、耳元に囁いた。
「個人的には素敵なお申し出だと思うわ。ごめんなさいね」
「いいえ。セリア姉様」
己が言葉の軽率さに気付いたのだろう。微かに頬を上気させて、マリアは頭を振った。
十日間開催されるロト祭の最後を飾る馬上試合(トーナメント)には、主立った騎士が参加する。国の名誉をかけた催しであるだけに、最高に盛り上がる催しだ。
「今年こそ、俺が勝たせてもらうからな」
「こればっかりは譲れないね」
重たい全身鎧に身を固め、フルフェイスの面頬だけ上げてにやりと笑い合う。ここ数年、決勝はアレンとコナンの一騎打ち、優勝はアレンと決まっていた。
決勝戦の前に行われる3位決定戦が、事実上の決勝戦のようなものだった。
特設会場からは、人々の熱気が伝わってくる。
「大人気なくむきにならないで頂戴。治す方の身にもなってほしいわ」
待合室には、アレンとコナンの他に、当然の様にセリアがいた。
飽きれ顔で窘めるセリアに、アレンはわずかに頭を下げた。
「お世話になります」
「俺は自前で」
ローレシアにも回復魔法を使う司祭はいるが、アレンとコナンの傷を治すのはセリアと、10年来誰も疑う事なく続いている。
かつての偉業を称えてか、三人にはとかくイレギュラーが多い。
単に、容赦ない攻防に、セリア以外の癒し手では技術が追い付かないだけだという事もあるのだが…
「マヌーサは無しだぞ」
「そのくらいのハンデは寄越せ」
「冗談じゃない。はたから見たら僕は馬鹿みたいじゃないか」
「ベギラマならいいのか?」
「殺す気かっ」
「メガンテ喰らったって生きてるよ。お前は」
軽口をたたき合う二人に、眉間を寄せてセリアは嘆息したが、どうしようもなく浮かぶ笑みを隠すことは出来なかった。
コロッセウムに入った二人の国王を、割れんばかりの歓声が迎えた。
歓声に片腕を上げて応え、アレンとコナンは対峙する。
ちらりと転じた視線の先に、心配そうに佇むセリアがいる。目が合うと、やんちゃな息子を見守るような表情で微笑んだ。心配はしているが、信頼もしている。そんな笑み。
それとは解らないくらいに頷きを返して、アレンは面頬を下げた。
尖端を潰した馬上槍を水平に構え、ぴたりと狙いを定める。
審判を務めるラダトームの老騎士が合図して、旗係が旗を翻す。
それを合図に、アレンとコナンは同時に動いた。馬に拍車をかけ、疾走する馬上で槍の穂先を相手の胸に合わせる。
どんっ
衝撃に息が詰まる。心臓が一つ跳ねて、目の前が真っ暗になった。次に気がついた時、アレンは背中に強い衝撃を受けて、再び喘ぐ。落馬したのだと理解するまでに数瞬、状況を理解するのに数秒、呼吸を整えて起き上がるには更に十数秒を要した。
四隅に控えていた自国の騎士が、互いの王を助け起こしにやってくる。
全身鎧を着た者が、落馬して自力で起きてくる事は普通無い。鎧の重さに潰されて、骨折するくらいならマシなほうだ。
両脇を抱えられて起き上がる。どうやらコナンも同じような状態だ。
「僕は負けたのか?」
呆然と呟く。自分が声に出して言っている事すら気付いていない。
「相打ちでした。陛下」
近衛騎士が囁き返して、ようやくアレンは我に返った。自分が支えられていることにもこの時気付く。
落馬までして、支えられてようやく立っているだなどと…!
「醜態を曝したな。よい」
王に下がるように言われて、騎士達はアレンの体をそっと離れる。王太子時代からの近衛騎士――現在は近衛騎士団長を務める――ウィリアムだけが、半歩の距離に残った。
無事を知らせる為に掲げた右腕に痛みが走る。背中も火が付いたように痛んだ。
折ったな…
コナンも一人で歩いて民衆に無事をアピールしている。
今年のトーナメント決勝は、引き分けの形で幕を閉じた。優勝旗は、3位の騎士に贈られた。
別々の出口から控室に戻ったため、アレンはコナンを見ていない。
鎧を脱がすのを手伝った近侍の話に因ると、大事ないらしい。安堵すると共に、自分が骨折しているのに、と悔しく思った。
「ムーンブルクのセリア陛下がお見えです」
「お通ししてくれ」
たった一人でやって来たセリアは、柔和な笑みを湛えていた。
「コナンは?」
「ご自分で治すそうよ。事前にスクルトをかけていた甲斐があった、って」
「なんだって?」
「毎回の事よ。知らないのはあなただけ」
それで自分より軽傷なのかと合点が行く。狡いのではないか、と思わないでもないが。
「さ、陛下。魔法に頼らぬ御身には回復が必要でしょう?」
セリアの言葉にローレシア騎士達がぎょっとする。
「陛下…」
ウィリアムの非難するような声に、アレンはばつが悪そうに笑った。
「大丈夫だ」
この点に関してだけは、この王の「大丈夫だ」程、信用の出来ないことはない。
「では、我らは治療の邪魔にならぬよう、控えております」
溜息を一つついて、ウィリアムが部下に合図する。
一礼するウィリアムの目が、非難と飽きれと心配の色を浮かべていた。
友人として、悪いことをしたと内心でアレンは頭を下げておく。
「女王陛下、お手数をおかけいたします」
「いいえ。ご苦労様です」
何か通ずる物があるのだろう。セリアとウィリアムは微かに笑みを交わして入れ代わりに部屋に入った。
室内には、アレンとセリアの二人だけが残される。
「どこを折ったの?」
「ハハ…、肋骨と腕、かな」
「笑い事ではないわ! 無茶はしないで、と言っているのに…」
否やを許さぬ勢いで、患部を診せるように言われる。朱黒く腫れ上がった背中に乗せられた掌から、癒しの力が注がれた。
骨折までたちどころに癒すベホマの使い手は、世界広しと言えど片手の指で足りるほどしかいないだろう。アレンの知る限りではセリア一人だ。
「ありがとう。世話をかけるね」
「どう致しまして! まったく、よく一人で歩いていたものね?」
言葉にやや刺があるものの、砕けたやり取りにお互い笑みが浮かんだ。
吐息がかかるほどに近く、お互いの瞳を見詰めあう。
「いつ、戻る…?」
知っているはずの日程を確かめる。そうしたところで、一緒にいられる時間が増えるわけでもないのに。
「3日」
「そうか」
アレンとて、その翌日にはアレフガルドを発つのだ。
「あっという間だ…」
胸に抱き寄せ、亜麻色の髪に頬を寄せる。
「魔物でも出ればいいのにな」
冗談ぽく落とされた不謹慎な呟きに、セリアは苦笑しながらアレンの腕を小突いた。とはいえ、そんなトラブルをちらりとも望まないのかといえば嘘になる。
平和を享受し、国を治めるようになって、十余年。死と隣り合わせの、けれど気ままな冒険に、セリアも未練がないわけではなかった。
なによりあの頃は、アレンの隣にいられたのだから。
今、アレンの隣にいるのは…
ちらりと掠めた従妹の顔に、胸が痛む。
「行きましょうか?」
それとなく口付けを避わし、体を離して微笑む。
「余り遅いと不審に思われるわ」
アレンの返事を待たず、セリアは部屋を出ていった。
取り残され、行き場を無くした腕で、アレンは情けなさそうに頭をかきまぜたのだった。