ドラクエ2
□破壊神を倒した英雄達のその後
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8.月の姫と太陽の姫
僕は今、サマルトリア城の中庭で、朝日を見上げている。
ローレシアの切り裂くような風とは違う、森を通り抜けてきた風が、柔らかく髪を撫でていった。
差し込む日差しも柔らかい。
今ごろ、この朝日を、セリアはあの尖塔から眺めているのだろうか。
十年前に言えなかった言葉を、セリアに伝えた。
離れていた日々の想いを。
――君をさらって行きたいと思っていたこと。
――国の為に心を殺した事。
――セリアの婚約を聞いて絶望した事。嫉妬に狂った日々。
――マリアと、アレフを、大切に思う気持ち…。
セリアはただ黙って聞いていて、最後に謝罪の言葉を口にしたきり黙り込んだ僕を、責めるでもなく頷いた。
「わたしだって、あの時国を選んだわ。二人の思いを押し通せるほど、わたしたち二人とも大人ではなかったのよ。仕方、なかったの…」
肌を重ね、愛を確認しあった幸福感。それと同時に湧き上がる罪悪感。
幸福感よりも罪悪感の方が大きい。
あの日、この手を放さなければ、僕は誰も傷つけずに居られたのだろうか。誰もが幸福で居られただろうか。
少なくとも妻を、太陽の姫を、こんな形で裏切る事だけはなかったはずだ。
セリアを想う気持ちは昔と変わらない。
彼女も同じ気持ちでいてくれた。セリアを抱いた男が、僕一人だという事実も。――これには、正直驚いた。そして素直に嬉しかったし、安堵した。
変わってしまったのは、二人を取り巻く環境だ。
特に、僕は。
僕の心には、今ではセリア以外の女(ひと)がいる。
「わたしはいいの。わたしは大丈夫。あなたへの思いが、わたしを支えてくれる。だから、アレン。どうかマリアを大切にして」
「…ごめん」
「嫌だ。あやまらないで。あなたを愛していられる事で、わたしは強くいられるのだから」
重ねて自分は大丈夫だと微笑み、セリアは僕に口付けた。
朝日が昇る前に、僕らは別れた。
回廊に伯爵の姿は見えず、鉢合わせせずに済んだ事には素直に安堵した。
ふと、日が翳った。
見上げると、冬の寒さから逃れるように、北の空から渡り鳥の群れが飛んでいく。
冬の間、サマルトリアの湖に見られる大型の渡り鳥だ。以前マリアが、好きだといっていた。
滞在期間を延ばして、見に行くのもいいかもしれない。アレフにもいい思い出になるだろう。
そんなことを思いながら、僕は飛び過ぎて行く渡り鳥の群れを見上げていた。
それから―――
公務で滞在先が重なるたび、僕らはひそかに逢瀬を重ねた。
ムーンブルクに世継ぎが誕生したその翌年、エリオット伯が視察先で魔物に襲われて他界した。
遺体は、全身に細かな裂傷を負っていたという。
了