ドラクエ1

□竜の勇者と呼ばれた男
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その先にある未来


…ねぇ


 優しく降り注ぐ日の光。

 心地よいそよかぜ。


…ねぇ


 人々の幸福そうな笑い声。

 世界は明るさに満ちていて、どこにも影など差していないように見える。
 あの日も、滅びに瀕しているのかと疑いたくなるほどに穏やかで、逆行の中でも人々は笑みをたたえて暮らしていた。
 なにも変わらない。
 世界は何一つ変わってなどいない。

 けれど―…




 アレフは旅立ちの準備をするからと、城の兵士やローラにしばしの暇を告げた。
 逃走を恐れたのか、ローラはアレフに着いて行くことを主張したが、父王陛下に最後の晩餐をお付き合い差し上げるべきと説得し、丁寧に帯同を断った。
 わたしにも別れを告げる家族がおります。そう言うアレフに、ローラはそれ以上食い下がることが出来ず、しぶしぶ引き下がらざるを得なかったこともある。
 代わりに、祝い金を持たせた近従と護衛の兵士を連れていくよう勧めて来た。正直断るのも面倒になり、同行を承諾したアレフだが、城を出てしばらくすると、早々に護衛という名の監視役にはお引取願うことにする。
 王家のただ一人の姫君であり、亡き王妃のただ一人の子供であるローラを妻に迎えて国本を去るということを、快く思っていない輩がいることは知っている。救国の英雄とし王の覚えもめでたい自分は、ただでさえ王宮の中にいる一部の人々には邪魔な存在なのだ。
 竜王亡き今、アレフを生かしておく意味は王宮にはないはずで、あわよくば始末してしまいたい存在だろう。
 それらを理解した上で、アレフは兵士を帰らせた。
 自分より弱い奴に守られるのはごめんだ。
 本当に襲われた時、逆に足枷をつけられるようなものだし、彼等が刺客でないとも言い切れない。
 幾多の魔物と戦い、竜王にさえひとりで立ち向かい凱旋した勇者に、一人のほうが戦いやすいと言われては、兵士たちも顔を見合わせ帰るしかなかった。

「姫にはうまくいっておく。もう戻ってくれ。折角の祭だろ」

 アレフはにこりと笑みを作って、兵士達にそれぞれ金貨を数枚握らせた。
 今のアレフにとっては端金だが、一般の兵士には大金だ。二、三日豪遊するには十分な軍資金になる。
 へらへらと笑い、なんども頭を下げて去っていく兵士達を手を降って見送り。彼等の姿がすっかり見えなくなったところでアレフは笑みを引っ込めた。ふっと素に戻った彼の表情は、見たものがそそくさと立ち去りたくなるほどに冷たいものだった。

 辺りを冷たく睥睨し、興味もないつまらないものを見たとばかりに踵を返す。
 アレフが真っすぐに向かったのは、あの宿屋だった。
 サマンサとの仲が深まるにつれ、家と呼ぶべきは養父の待つ屋敷ではなく、この宿屋になっていた。使わなくなった装備類や貯めた資金もすべてここに預けてある。サマンサがいなくなってからも、女将は変わらず、アレフをおかえりと迎えてくれた。
 ぎこちない笑みで応じるが、それ以上会話が続かない。
 女将にしても、複雑な思いだったろう。
 娘のように慈しんで来たサマンサの恋人アレフは、女将にとって息子のような存在だった。彼が英雄として凱旋した時は、我が事のように誇らしく思ったものだ。しかし彼がローラ姫を伴い国を出ていくと知ったときはひどくショックを受けた。娘への、国への裏切りと感じられた。しかし彼がこの国を去る気持ちもわかる。ここにいれば、アレフは一生サマンサの影に縛られる。サマンサを守れなかった自分を責め、神を、国を恨み続けるだろう。女将にしても、サマンサを死なせてしまった負い目がある。娘と、息子と、一度に失う辛さはあったが、アレフが新しい人生を歩む事を祝ってやりたい思いもまた在った。

「アレフ。いつ、発つんだい?」

 戸惑いながらもそう問うと、アレフは短く「明日」と答えた。

「そうかい…。元気でおやりよ。気が向いたら、訪ねておくれ。いつでも、待ってるからね」

 涙を堪えて微笑む女将の気持ちは素直に嬉しかった。息を吐くように小さく「はい」と頷きながらも、アレフはもう二度と、ここに戻ることはないだろうと胸中に呟く。
 一歩アレフガルトを出れば、二度と戻っては来れない。王よりも影響力を持ってしまった孤児などいてはならない。まして、王家の姫の想い人なら尚のこと。
 アレフ自身、戻るつもりもない。

「……」

 軽く会釈して、アレフは庭に面した奥部屋へ向かった。そこはサマンサの部屋だ。いつもとなにも変わらない。扉を開けた瞬間に漂う彼女の香にめまいがする。
 二人で寝るには狭いと文句を言いながら、くっつきあって眠った寝台。
 庭の花を一輪飾った小さな化粧机で、よく髪を抄いていた。
 最後に見た日の朝と、寸分違わぬ優しい部屋。
 なのにそこに、彼女が足りない。
 彼女がいない、ただそれだけで、あんなにも心満たし癒してくれた空間が、薄ら寒く、色褪せて感じられた。
 寝台に腰掛け、シーツの表面を指でなぞる。
 振り返れば、そこの化粧机で髪を抄く彼女が拗ねたような甘えた顔で自分を見ているのではないか。
 いましもその扉から元気な笑顔を覗かせるのではないか。

「…―ふ、くくく…ぅぅ…」

 膝に肘をついて両手で顔をおおう。
 食いしばった歯の隙間から鳴咽がもれた。

…ねぇ

 カーテンを揺らす風の中に、彼女の囁きが聞こえる。
 風は涙を流すアレフの頬に触れ、肩を抱いて吹き抜けていく。

…ねぇ。アレフ。

 名を呼ばれたような気がして、はっとアレフは顔を上げた。

「…姫…」

 部屋の入口に立っていたのはローラだった。簡素なワンピースに身を包み、所在なげに立ち尽くしている。
 涙を拭い、表情を整えて、アレフは寝台から立ち上がった。

「…あっ」

 ばんっと音を立てて壁に両手をつきローラの視界に立ち塞がる。戸惑うローラを見下ろす瞳はローラが見たこともない表情を浮かべていた。
 蝶よ花よと育てられた姫君が決して向けられる事はない剥き出しの感情。そのあまりの激しさに、ローラは動けなくなる。

「なにをしているんです」

 冷たく言い放つ。

「あ、あのっ、わたくし…」
「覗き見とはいいご趣味をお持ちですね。今日はお父上と過ごされるのではなかったのですか」

 言い淀むローラの頬がかっと羞恥に赤く歪む。そんなローラから興味なさそうに視線をそらし、アレフはローラの頭越しに廊下を見た。一人でやって来たのだろう。心配そうな女将が様子を伺っているだけで、兵士の一人もいる気配はない。

「明朝お迎えに上がります。どうぞお帰りを」

 そっけなく言い、顎で外を示す。尚も何か言い募ろうとするローラを、今度こそ容赦なく睨み付け、アレフはローラを押しやり扉を閉めた。
 背にローラが立ち去る気配を感じる。深い溜息とともに顔をおおい、ずるずるとしゃがみこんで頭を抱えた。
 目をつむれば蘇る愛しい娘の姿。
 あんな成りをすると、ローラはやはりサマンサに似ていた。
 面影を追い掛けているわけではない。サマンサの代わりなんてどこにもいない。
 それがわかっていて、どうして自分はローラを連れて行こうとしているのだろう。
 血筋正しいラダトームの第一王位継承者。ルビスが選んだ民の末裔。
 そのローラをアレフガルドから連れ出すことで、ルビスに、国に、復讐をしようとでもいうのか。
 顔を上げて開いた窓から外を見る。さんざめく光の中、平和を祝うように花が咲き乱れていた。
 サマンサとともに愛でた花達。けれども今のアレフには、その花々の色が解らない。世界はくすみ色褪せて見えた。
 彼女が消えた世界にも、変わらず日は昇り花は咲く。
 彼女を失っても、自分はこうして生きている。花はもう、思い出の中にあるきりだが、それでもこうして、生きている。そうしてそのうちに、思い出さえも色褪せて行くのだろうか。

 ――君がいたこの場所を、色褪せた思い出にするまえに、俺はここを出ていくよ。
 ――君は俺が君の後を追うことなんか望まない。神を憎んで生きることも望まない。

 神に加護を受けながら、神を厭う自分は、なんと呪われているのだろう。
 自嘲気味に唇を歪めて、のそりと尻を持ち上げる。
 もう一度部屋の中を見渡して、アレフはそっと目を伏せた。唇が小さく何事かを呟く。
 瞼を上げたとき、アレフはもう室内には目を向けなかった。未練を断ち切るように素早く扉を開け放つ。開いた事で勢いよく風がアレフの髪とマントを巻き上げた。

(!?)

 何か聞こえたような気がして振り返る。聞きたい声。でも、二度と聞けない声。
 何故だろう。風に揺れるカーテンに目が行った。他にも彼女を偲ばせるものはあるのに。
 カーテンを揺らす風が頬を撫でる。アレフは頬に触れ、少しだけ微笑んだ。泣きそうな程に優しい笑みで。

2010812
ローラ視点も書きたいな♪
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