ドラクエ1

□竜の勇者と呼ばれた男
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4.竜の勇者〜アレフ〜

 死闘の果てに、竜王を倒した。
 ローラ姫救出の翌日、竜王を倒しに行くと言った物の、実際に竜王の島に渡れるようになるまでに更に数ヶ月を要した。
 ばつの悪さを抱えながら戻った俺を、サマンサが大笑いしつつ出迎えたのは言うまでもない。
 それから俺は、ローラ姫の協力を得て、ロトの紋章を手に入れた。
 ロトの慰霊碑に記された通り、雨雲と太陽を合わせて虹の橋をかけた時、ようやく自分が真実ロトの血を引くものだと実感したものだ。

 そして、地下の迷宮を潜り抜け、幾多の魔物を倒し、終に俺は竜王を倒したのだ。
 かつて魔王を刺し貫いたのであろう聖剣は、竜の王に深く突き刺さっている。
 引き抜くには骨が折れるし、第一竜王を倒した今、それが必要となることはないと思われて、剣は置いていく事にした。

「サマンサ…。帰るよ」

 死闘の果て、俺の体はぼろぼろだった。
 朦朧としながらリレミトを唱えたところで、一度意識が途切れている。
 瀕死の体を癒し、俺を生かしたのは、精霊ルビスの加護を受けた、ロトの鎧に込められた魔力。
 竜王の魔力から解き放たれた為か、竜王を倒した男に恐れをなしてか、道中ずたぼろの俺が魔物に襲われる事はなかった。
 「平和」が戻ったのだという実感が、体の中にじんわりと染み込んでいく。
 その平和を取り戻した自分に、誇らしさを感じる。

 この喜びを、分かち合いたい!

 君に、誉めてもらいたい。誇って欲しい。

 そして我が子に、このすばらしい世界を見せてやりたい!


 しかし、ラダトームで俺を出迎えたのは、物言わぬ墓標だった…。

「な、ん、で…」
「元気だったんだよ。ずっと、あんたを待ってた。それが…」

 エプロンで顔を覆い、女将が泣いている。
 がくりと膝をついた肩に、神父が触れた。

「…子供は…?」

 悲痛な表情。それだけで、答えは聞かなくてもわかってしまった。

「早産だったんだ。サマンサも、そのまま…すまない」

 助けてやれなかった、と。

「ひとりに…」

 ようやく搾り出した、かすれた声に、神父は女将の肩を支えるように去っていった。

 つ…と、指を伸ばす。
 粗末な墓標には、サマンサの名前が刻まれている。
 俺は短剣で、そこに文字を刻んだ。

 “サマンサ・コリドラス”

 妻に迎えるつもりだった。
 けれどそれももう遅い。
 身元もなく記憶もない彼女。いつもどこか遠慮がちで、なにかを恐れていたサマンサ。
 たった一言、どうして旅立つ前に伝えてやらなかったんだろう。
 きっと喜んだ。安心して、喜ぶ顔が、見れたはずだ。
 子供の名前も考えていなかった。
 性別も分からない、その子の為に、刻む名前がない。
 その事が、悔やまれた。

「ただいま」

 ほとんど声にならない声で、そう、呟いた。
 微笑んだ唇がわななき、涙が大地を濡らす。
 噛み破った唇の傷は、血を流す前から癒えて行く。

「…ぐ…ぅ…ぅっ」

 はにかんだ笑顔も、
 頬を膨らませて拗ねる姿も、
 瞼を閉じれば鮮明に思い出すことが出来る。
 明るい笑い声、
 時折見せる、
 寂しげな横顔。
 揺れる蜂蜜色の髪も、
 柔らかく、香る肌も、
 その感触まで、この手は覚えているのに。

 ただひとり愛した女は、もう、この世のどこにもいない。

「何のために! 俺は、何のために戦ってきたんだ!?」

 死ぬ思いで戦ってきた。
 それは世界のためなんかでは決してない。
 ただ一人、彼女のためだ。
 今、全てが、無駄になった。
 ここには、もういられない。
 サマンサのいないこの地に、留まる理由がない。


 竜王を倒したという報告の為に城を訪れた勇者を、人々は熱狂的に迎えた。
 人々の歓呼の中を、国王ラルス十六世の前に進みでる。

「おお! アレフよ! 全ては古い言い伝えのままであった!」

 最正装の重たいガウンを引きずって、感涙にむせぶ王に抱きしめられた。

「すなわちそなたこそは勇者ロトの血を引く者! そなたこそこの世界を治めるにふさわしいお方なのじゃ! わしに代わってこの国を治めてくれるな?」

 息子を出迎えるような抱擁の後、王の告げた言葉に、俺は静かに頭を振った。

「いいえ。私には恐れ多いことでございます」

 なにもかもが、もう、どうでもいい。

「謙遜を申すな。そなたより、精霊神ルビスに祝福されしこのアレフガルドを治めるにふさわしい者はおらぬ!」

 精霊神ルビスに祝福された…?

 込み上げて来た嘲笑を、俯く事で周囲の目から隠す。
 ルビスの加護を得ているという自分が、ルビスの作った国を救った。けれどルビスは、サマンサ一人助けてはくれなかったじゃないか。

 俺が守りたかったのは、そんな国じゃない。

「いいえ。私の治める国があるなら、それは私自身で探したいのです」

 ここにはもう、いたくないんだ。

 戸惑う王の二の句を待たず、踵を返しかけたところに、階段上から声が掛かった。

「待ってくださいませ!」

 振り返ると、蜂蜜色の巻き毛を揺らし、白いドレスの裾を翻して、ローラ姫が駆け寄ってくる。
 そして俺の腕を取って、ローラ姫は言った。

「そのあなたの旅に、ローラもお供しとうございます。このローラも連れて行ってくださいますわね?」

 有無を言わさぬ強い意思。
 傲慢で高慢で、自信に満ちた瞳。
 愛する女に似た面差しに、わずかに表情が動く。
 サマンサは、そんな瞳はしなかったけれど…

「姫…それは…」

 拒絶の意思を伝えようと口を開くが、ローラは尚も同じセリフを繰り返した。

「アレフ様、お慕い申しております。あなたの旅にローラも連れて行ってくださいますわね?」

 衆人監視の中、何度かこの問答が繰り返された。断れば不敬罪で投獄されるのだろうか? 暴れて、目茶苦茶にしつやってもいい。誰が俺に敵う? 俺が救った世界だ。俺が終わりにしてやる。
 群衆の中に、ちらりと養父の姿が見えた。宿谷の女将もいる。国王の後ろには、顔なじみの兵士も。煮えたぎっていた心がふいに冷える。
 しつこく食い下がるローラに、不安げに俺を見ていたサマンサの顔が重なり、深々と溜め息をついていた。

「好きにしてください」

 固唾を飲んで見守っていた大臣の合図でファンファーレが鳴り響く。
 はにかむローラの手をとって、他人事のように俺は熱狂する人々を見ていた。すべてが出来の悪い芝居のようだ。

 芝居はこう結ぶだろう。

 人々は歓声を上げて、旅立つ若き勇者と姫を見送った。
 アレフガルドを旅立った勇者は、その後船で東に向かい、新天地に王国を築いた。
 その王国は、最愛の人の名を冠して名付けられたと言う。




蛇足
 ローレシアがローラの名を冠するならば、サマルトリアはサマンサの名を冠しているというのはどうだ?
 という発想の元始まった妄想です。
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