ドラクエ1

□竜の勇者と呼ばれた男
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3.囚われの王女〜ローラ〜


 カトゥーサと名乗る魔物に攫われて、暗い地下に閉じ込められた。
 鍵の掛けられた扉。
 外にはドラゴン。
 女一人に大げさな事だ。
 日に二度、食事が運ばれてくる。
 その回数を数える事で、かろうじて日数を数える事が出来た。
 最初の日、仮面の魔物カトゥーサはローラを竜王の妻に迎えると言った。
 けれど、連れてこられたのは竜王の居城ではないようだった。
 これまでに見たのは、仮面の魔物と、ドラゴンと、世話をしにやってくる魔道士。
 竜王は、いない。

 ドラゴンを倒せる人間などいるわけがない。
 伝説の勇者様でも現れない限り、助け出される事はないだろう。
 このまま、この闇の中で飼い殺しにされるくらいなら、いっそ竜王の妻でも何でもなったほうがましだった。
 食事を運んで来る魔道士に尋ねた事がある。
 竜王様はいつ、わたくしを迎えてくれるのか、と。
 にたりと気味の悪い笑いを浮かべた魔道士の答えは、ローラを失望させた。

「竜王様はお前を妻になど望んではおられない。どうして高貴なるあのお方が、人間などを伴侶に迎えるものかよ」

 ならば何故、わたくしは連れ攫われなければならなかったのか。
 伝説の勇者をおびき寄せるため?
 竜王討伐の軍勢が、大挙して竜王城を攻めて来ぬ為の人質?

 答えも出ぬまま、陰鬱と考える日々。
 扉の外で人とドラゴンの争う物音がした。
 助けがきたのだと、喜んだのも束の間。
 人間のものと思しき断末魔を聞いた時、ローラは燭台で胸を突いた。

 気が付いた時、寝台に寝かされ、傷も手当てされていた。

 次は、手首を切った。
 深く切った。

 それでも意識を失っている間に、手当てが為されている。
 死ぬ事も出来ず、逃げ出す事も出来ず、ローラは考える事をやめた。

 ぐるぉぉぉぉぉーーーー

 それからどれほどの時が過ぎたのか、ある日、ローラは獣の咆哮を聞いた。
 ドラゴンと、誰かが戦っている。
 けれどその事実は、彼女の希望になりはしない。
 ドラゴンに勝てる人間がいるわけがない。
 伝説の勇者でも現れない限り。
 キィィ…

「ぁっ…」

 眩しい! これは…
 光…!?
 青白い光の中に、見慣れない戦士が立っていた。

「何者です?」

 ローラは誰何の声を上げた。自分でも、忘れかけていた自分の声だった。

「ローラ姫様でいらっしゃいますね? ラルス16世陛下の命により、御助けにあがりました。アレフ・コリドラスと申します」

 跪いた戦士の声は、随分若いようだった。

「では、あなたがあのドラゴンを?」

 倒したと言うの? あの化け物を?

「はい」

 まさか!

 震える足を引きずって、その戦士を押し退けるように扉に向かった。

「ああ…!」

 そこには、あのドラゴンが倒れていた。首には、一本の剣が深々と突き刺さり、もうぴくりとも動かない。

「まさか、ここから出られる日が来るなんて…!」
「姫様、失礼いたします」

 後ろから声を掛けられ、振り返ろうとした時、ふっと体が浮いた。
 抱き上げられたのだ。すぐ側に見た戦士の顔は、思いの外幼い。

 どきん

「あ…」

 久しく動いていなかったローラの心に、熱い血潮が注ぎ込まれる。
 自分が何を言おうとしたのか分からない。
 名も知らぬ戦士は、姫の言葉を待たず呪文を唱え、気が付いた時には、ローラは数ヶ月ぶりの太陽の下にいた。

「先ずは、マイラでご静養ください」
 という戦士の申し出は素直にありがたかった。
 戦士はアレフと名乗り、色々と心を砕いてくれた。
 村の人々にも随分と信頼されているらしいのが、彼らの対応から見て取れた。

「勇者?」
「ええ。王様がロトの末裔をお探しだったのはご存知? あのアレフがね、そうなんですよ」

 湯屋の女将が、まるで我が子の事のように誇らしげにアレフの事をローラに教えてくれた。
 彼がロトの末裔。
 それならば、ドラゴンを倒したのも頷ける。
 日に焼けた精悍な顔。
 人の善い笑顔。紳士的な物腰。
 この数日で、アレフ様と言う人のひととなり人為が、分かったような気がする。

「おや、お嬢さん。お顔が赤いですよ。熱でもでたかね…」
「いいえっ。大丈夫です」

 アレフ様の事を思うと、胸が苦しい。
 もっとあの方と一緒にいたい。
 もっとあの方の事を知りたい。
 これが、いつか物語で見た、恋というものなのだろうか。


 十日ほどをマイラで過ごしたアレフは、ローラの体力の回復を待って、ラダトームへの帰還を決定した。

「ルーラと言う魔法を使えば城まで一瞬で戻る事が出来ます。俺はこの魔法を使えますから、明日、ラダトームへ向かいましょう」
「明日、ですか」

 城に戻れば、アレフとこうして親しく口を聞く事も出来なくなる。
 表情を曇らせたローラに、アレフは首を傾げた。

「アレフ様、叶いますならば、わたくしは自分の足で帰りとうございます。竜王の脅威に脅かされる民に、わたくしの無事な姿を見せ、せめてもの希望としたいのです」

 それらしい事を言ってみても、ローラの本心は違う。
 少しでもアレフと一緒に居たい。
 城に帰る日を遅くしたい。
 これに尽きる。
 アレフはしぶしぶ了解し、準備があるからとローラの前を辞した。

 ――翌日
 出立の準備をするローラは、これまで見た事もないような優しい笑顔で自分を見詰めるアレフに、胸を高鳴らせた。
 自分が想うように、アレフもまた自分を想ってくれているのではないかと、期待したのだ。
 けれどその期待は裏切られる。

「ラダトームの街に、姫に似た感じの娘がいるんです。姫を見ていたら、そいつのことを思い出して…」

 アレフには、ラダトームに大切な女がいるのだ。
 アレフにあんな顔をさせる女。
 その女が、自分に、似ている…?
 許せない…!

「ご無礼をいたしました!」

 勢いよくアレフに頭を下げられて、ローラははっと我に帰った。

「あ、あの。どうかお顔を上げてください。無礼など、何も…。…参りましょうか?」
「は? はい」

 表面上はにこやかに笑いながら、ローラの心には黒い嫉妬の炎が燃え盛っていた。


 ラダトームに戻ったローラは、その後ひたすらにアレフの為に尽くした。
 城の書庫にこもり、文献を読み漁り、アレフが求める「ロトの紋章」がどこにあるのか調べた。
 旅の助けになるからと、魔法の首飾りも持たせた。
 遠話の魔力を持つその首飾りのお陰で、ローラはアレフがアレフガルドのどこにいるのか知る事が出来、またその位置をアレフに伝える事が出来た。
 同時にローラはその首飾りを通じて、ラダトーム城下に住む女についても知ることができた。
 アレフがその女を愛しているのならば、と、諦めようと思ったこともある。
 しかし、城には、自分のところには、あれ以来顔も見せないアレフが、足繁くその女の元に通うのが次第に我慢できなくなっていき、対の首飾りを通してもれ聞こえる恋人たちの囁きを耳にする毎に、少女の恋慕は憎悪へと変わっていった。

 ――今度こそ竜王の島に渡るんだ。しばらく戻らないから、使わないものを置いて行ってもいいだろ?
 ――うわぁ、きれいな首飾りねぇ。いらないの?
 ――いらないけど、預かりもんだからやらないぞ

 いらない…

 後年「ローラの愛」と呼ばれる首飾りが、愛するアレフの手から他の女の手へと渡ったとき、ローラの中で何かがはじけた。

「殺しなさい」

 桜色の唇が、無表情につぶやいた言葉を、闇が聴いていた。
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