ドラクエ1

□竜の勇者と呼ばれた男
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1.ラダトームの女〜サマンサ


 半年前より以前の記憶が、私にはない。
 気が付いた時、私はここラダトームの宿屋に寝かされていて、看病してくれた宿屋の女将さんの話によれば、私は街の外で魔物に襲われていたところをアレフという若者に助けられたのだという。
 サマンサという名前以外、何も思い出すことの出来ない私にアレフは優しかった。
 いつしか私は街中でアレフの黒い髪を目で追うようになり、優しく微笑む蒼い瞳に惹かれていった。
 宿屋の下働きをしながら、空いた時間をアレフと過ごす。
 そんな生活が半年も続いた頃、アレフがお城の兵士に連れて行かれた。
 何が起きたのかわからず困惑する私に、アレフは、「大丈夫。すぐ戻るから」と優しく微笑んだ。



 日が落ちても戻らぬアレフに、ただ不安が募り、眠れぬ夜を明かした翌日、宿屋の裏手でぼんやりと洗濯物を抱えていた私は、蒼く染め抜かれた皮鎧に身を包み、緋色のマントを纏った兵士に声をかけられた。

「?」

 その若い兵士が誰なのか、最初はわからなかった。けれど、この優しい空色の瞳は…

「アレフ?」
「ただいま、サマンサ」

 軽く広げられた両腕に、私は洗濯物を放り出して飛び込んでいた。


 アレフはお城での話を私に聞かせてくれた。
 かつて魔王を倒した勇者ロトの末裔で、竜王を倒すと予言された勇者が、アレフだというのだ。
 勇者ロトの末裔として、半年前に攫われたローラ姫を救い出し、竜王を倒してくるように言われたのだという。

「じゃあ、アレフが…?」
「うん。どうもそうらしい」

 困ったようにアレフは笑った。

「何よ、それ!?」

 困り顔で微笑んでいるだけのアレフのかわりに、私は声を荒げていた。

「無茶苦茶だわ! アレフはお城の兵士でも、剣士でもない。ただの町の男の子じゃない!」
「でも、これ、もらっちゃったし」

 おどけた様子で財布を叩く。

「そんなの! ほうっておけばいいのよ! お城の人が勝手に押し付けたんでしょう? 竜王なんて倒せるわけがない! 今までみたいにここにいられないなら、出て行けばいいのよ。旅に出たと思わせといて。ね? アレフ、一緒に逃げよう」

 胸が、息が苦しい。目の前が暗くなっていく。

「サマンサ!」

 抱きしめられて、背中を優しく撫でられているうちに、喘ぐ呼吸が落ち着いていく。代わりに、涙が溢れた。

「う…っく…ぅぇぇ」

 私が泣き止むまで、アレフはずっとそうして抱きしめていてくれた。

「僕がやらなきゃいけないことなのだとしたら…」

 言いかけて首を振り、アレフはにこりと微笑んだ。

「やれるだけやってみる。大丈夫。死なないようにうまくやるから。それで、…サマンサのところに帰ってくるから。ね?」

 真っ赤になって俯くアレフに負けないくらい、私の頬だって赤くなっているに違いない。

「うん…。待ってる」

 こくりと頷くと、俯いたままのアレフの頬に、ぶつかりそうな勢いでキスをした。
 アレフが勢いよくこちらを振り向いた気配がしたけど、その時には、私はもうアレフの反対側を向いていたので、彼がどんな顔をしていたのかは知らない。

「でも、絶対、帰ってくるって約束してくれなきゃ、いや…!」
「うん。絶対」

 腕を引き寄せられて、力強い腕に抱かれる。
 その日、私達は初めて口付けを交わした。



「やだ、私ローラ姫じゃないわよ。でも、おにいさん格好良いから着いて行っちゃおうかなー」
「ばか?」

 いつものようにじゃれあって、腕を絡める。
 ふと見ると、真新しかった武具が使い古されて、傷だらけになっていた。
 その分だけアレフが危険な思いをしてきたんだと思うと辛い。
 けれど、彼はこうして帰ってきてくれる。
 日に焼けた顔から、真っ白な歯が覗き、逞しくなった腕が私を抱きしめる。
 恋人同士になって、しばらくたったある日、こんな話を聞いた。

「サマンサが倒れていた一ヶ月前に、ローラ姫が攫われたんだ。年恰好も似ていたから、君を姫じゃないかって言う人もいたんだよ」
「アレフもそう思った?」

 だから助けてくれたの?
 優しくしてくれたの?

 覗きこむ蒼い瞳はどこまでも優しくて、触れ合う肌は暖かくて、幸せすぎて涙が出そうだった。
 なのにアレフは意地悪に笑う。

「ぜんぜん」
「それって、私に品がないってこと?」

 軽くにらむと、喉仏が震えた。

「俺にもないから、大丈夫」

 クックと笑う。
 僕から俺に変わった一人称。
 いつの間にか低くなった声。
 厚みを増した胸板。
 私の知らないところで、アレフは大人になっていくんだわ。
 その事が、少しだけ寂しい。


 何度目かの一緒の朝を迎えた頃、アレフの着込む鎧が重たそうな金属になっていた。
 腰に下げた剣も、盾も。
 それから、アレフは以前のように頻繁に帰っては来なくなった。
 勇者の噂は流れてきていたから、無事なのだということだけは分かっていた。
 それでも、一人で眠る夜は不安でたまらない。


 アレフと最後に会ってから三ヶ月近くたつ頃、私は自分の体の異変に気付く。

「サマンサ…、あんた…」

 急な吐き気に襲われた私を介抱してくれた女将さんが、言葉を無くした。
 私も、そこに続く言葉に思い至って愕然とする。

 あ…。でも、そうだとしたら…
 なんてすばらしい事だろう。

 微笑む私に、女将さんは困惑半分、嬉しさ半分という顔で、肩をすくめた。

「アレフの奴、帰ったらとっちめてやらないとねぇ。ああ、ここはいいよ。今が大切な時期だ。奥で野菜の皮をむいとくれ」

 それから半月ほどして、勇者がローラ姫と共にラダトーム城に凱旋した。
 私は群衆に紛れて、勇者と姫の姿を見に行った。
 白いドレスを着たお姫様は、なるほど、遠目には私に似ているような気がする。
 満更でもないものを感じつつ、と同時に不安になる。
 本物のお姫様に、アレフが惹かれないという保証はどこにもない。
 青々としたふしぎな光沢の全身鎧に身を包み、緋色のマントをなびかせた若者は、誰からの目にも立派な勇者様だ。
 もう、私の知っているアレフなんて人はいないのかもしれない。
 彼は、もう私達のところには帰ってこないかもしれない。
 そんな不安を知ってか、その夜、人目を忍んでアレフが私の元を訪れた。

「アレフ!」
「しっ」

 鎧とマントはどこへおいてきたのか、アレフはひらりと窓枠から室内に入ってきた。

「抜け出してきた」

 それからアレフはにこりと笑った。屈託のない、いつもの笑顔で。

「ただいま」
「おかえりなさい!」



 私の告白に、アレフはかなり驚いた様子だった。
 困る、と拒絶されるのではないかと不安に駆られる私には、アレフが瞬きをしている一瞬でさえ、酷く長い時間のように感じられた。

「サマンサ…」
「はい」

 顔を上げると、そこには穏やかながら決意に満ちたアレフの顔があった。
 いつもと違う表情に、私は怖くて逃げ出したくなる。

「ごめんなさい、迷惑よね? 困るわよね? いいの。あなたに迷惑はかけないようにするから。気にしないで…っ」

 アレフの答えを聞くのが怖くて、一気にまくし立てる。
 慌てたように、アレフが首を振った。

「違うんだ! 子供のことは…驚いたけど…。俺の方こそごめん。一人にさせて。そのことは、嬉しい」

 えっ?

「だけど、もう、帰ってこられないかもしれない」

 真摯な声。
 顔を上げようとしたけれど、抱きしめられて出来ない。
 アレフが今、どんな顔をしているのか分からない。

「明日、俺は竜王の島に渡る。だから…。下に金を預けてある。もし、俺が帰ってこなかったら、その金で子供を育てて欲しい」

 嬉しいのに、悲しい。涙が溢れて、アレフの服を濡らした。

「サマンサ、愛してる」


 翌朝早く、アレフは旅立っていった。
 以前と変わらぬ笑顔で。
 私も、いつもと同じように、行ってらっしゃいと送り出した。
 去っていく後ろ姿を、私は瞬きもせずに見送った。
 もう帰って来ないかもしれないと言った、男の背を。
 けれど私は、彼はまたここに帰ってくると信じている。

 その時まで、私はここでアレフを待ちつづける。
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