ドラクエ1

□竜の勇者と呼ばれた男
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拍手おまけから引越
新しい朝


 戦場に、場違いな赤ん坊の泣き声が響く。
 設営地の真ん中に建てられた、しっかりとした小屋の前で、薪を囲んで車座になっていた男達は、その声にばっと立ち上がった。
 小屋の入り口に一番近い場所にいた黒髪の男に、皆の視線が集中する。
「産まれたか」
 溜め息とともに小さく吐き出したアレフは、白くなるほどに手を強く握っていた事に気付いて苦笑した。何度か握っては開いてを繰り返し、滞っていた血を巡らせる。
「おめでとうございます」
 ぽん、とアレフの肩を叩いたのは、戦士というよりは海賊といった方が良さそうな毛も髭もきれいに剃り上げた男で、実際つい数年前までは船乗りをしていた。
 他の男達も皆、アレフとローラとともにアレフガルドから旅をして来た船乗りである。
「行っておやりなさい」
 軽く背を押して笑う男に、他の男達も口々に賛同した。囃し立てる、と言い換えてもいい。
 中に入るのも照れ臭いが、このままにしているわけにもいかない。声に背を押されるように、アレフは小屋の戸を叩いた。
「あー…。入ってもいいか」
 答えの変わりに扉が開く。アレフの視線の遥か下に、まあるい顔に小さな目をした小太りの女が、びっしりと汗を浮かべた顔でにこにこと笑っている。
「まあ、よく頑張りなさったよ。外の悪い風が入るといけない。早く閉めた閉めた!」
 訛りのある早口で捲し立てられ、強引に部屋の中に連れ込まれる。部屋の中は蒸し暑く、血のついたシーツやらタライやらがまだそのままになっている。近くの村に住む産婆の小母さんは、アレフを中に入れるとすぐにそれらの片付けを始めたので、アレフは真っ正面に「それ」と対峙することになった。
「アレフさま」
 お産の邪魔にならないようにと纏めた髪のいく筋かが乱れて、汗ばんだ頬に貼り付いている。ほぼ半日に及んだ生みの苦しみに、ふっくらとしていた頬は幾らか痩せてしまったように見える。それでも、女性として最大の仕事を成し遂げた女の顔は、初めて抱いたときよりも何倍も美しく見えた。
「男子です」
 躊躇いながらも側に寄ったアレフに、ローラは誇らしげに言った。
「…ああ」
 寝そべるローラの胸の間に、これが同じ人間かと我が目を疑いたくなるような赤黒いしわくちゃのか弱そうな生き物がいる。これが半日前までローラの腹の中に居たのかと、なんとも不思議な気分だ。
「抱いてやって下さい」
「…ああ、いや…、うん…」
 なんとも歯切れが悪い。手を出して、引っ込めて。どう抱き上げればよいやら解らず、アレフは途方に暮れた。
 そして結局、産まれたばかりの息子を抱き上げるのは諦めた。戦士たる者、時には逃げることも必要だ。
「明日にする。よく休め」
 代わりにローラの髪に頬を寄せ、こめかみにキスをしていった。小屋を出ていく時、産婆が決して小さくない声で
「意気地がないねぇ」
 と言ったのを、アレフは聞こえない振りを決め込んだ。

 初めて懐妊を知らされた時、驚愕もしたが、それより嬉しさが勝った。
 愛する女と生まれてくる我が子の為になら、なんでも出来ると思った。世界さえ救えると。否、救わねばならぬと。
「若さ、だったのかもな」
 酒臭い息とともに吐き出した言葉を聞くものは誰もいない。
 今も若い。世間ではまだまだ、青二才の部類に入る。アレフはこの年、二十歳になったばかりだ。それでもあの頃よりは、3歳ほど年を取った。その3年で、アレフは精神的に随分老いたような気がしている。それだけの事が、あった。
 8か月前、人生で2回目の懐妊の知らせを受けた。驚愕と戸惑いしか感じなかった。なぜこの時期だ。何故今なのだと、怒りすら覚えた。
 けれど間近で、小さな命が育まれていくのを見るうちに、苛立ちはいとおしさに変わっていった。
 守らねばならない。今ならば、守ることができる。今度こそ、この手で。
 世界の命運と向かい合っていた頃、アレフにとって恋人と子供は日常ではなかった。アレフの日常は闘いで、子供は知らないうちに育っているものだった。だから気が楽でいられた。アレフはアレフの日常を精一杯生きていればよかったのだから。
 けれど今度は妻と子供はアレフの日常の中にある。守ることが出来ると言うことは、安心できる反面安心以上の不安をもたらした。だから手元に置いておきたくなかった。けれど見えなくなって、アレフの日常の外で、また失われるのはもっと怖い。
 早く無事で生まれてきてくれ。
 ローラの腹が見るからに大きくなってからは、そう願わない日はなかった。
 願いが叶って、二日目の朝。約束してしまったからにはと、アレフは小屋を訪れた。もともと自分の為の小屋なのだが、産屋として使うからと追い出されたのである。
「あなたに、よく似ています」
 と、ローラは言うが、アレフには正直よくわからない。
 柔らかな布にすっぽりとくるまれた赤子を抱いて、頼りない寝息を聞いていると泣きたいような切なさに襲われる。
 出会うことが叶わなかった、我が子の事が思い出されるからだ。
「………」
「アレフさま?」
 ローラが横たわるベットに腰を下ろして、片腕に赤子を、もう片方にローラを抱きしめる。
(あたたかい…)
 誰かの温もりを、またいとおしいと思える日が来るとは、思いもしなかった。
 だからこそもう、失えない。
「ローラ」
「嫌です」
「まだ何も言っていないだろ」
「仰らずとも、わかります」
 力なく苦笑するアレフに、ローラはきっぱりと首を振った。
「ここに居ります。ローラは何処にも参りません」
 ぎゅっとアレフを抱き締めて、ローラは頑なに拒む。こうなっては梃子でも動かないことを、アレフは経験で知っている。だからアレフはあの日と同じ台詞を口にした。
「好きにしろ」
 はい、と、嬉しそうにローラが頷く。
「アレフさま、お慕い申しております」
「ああ」
 返答なのか、嘆息なのか、アレフ自身もよくわからなかった。わかっているのは、腕の中の重みと温もりに、今の自分が安堵している事。
 取り敢えずはそれだけ。
 そして今はそれだけで、きっと、十分なのだろう。


20120901
書けそうにないと呟いて、書けないなりに書きたいと思った。
なんかダラダラ書いてるなぁ(--;)
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