ドラクエ1

□竜の勇者と呼ばれた男
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 夢うつつで居たのだろう。部屋の様子が変わった事に気付いた使者が包帯の隙間から呻き声を上げる。虚ろな目がベットの脇に立つ人影を捉えて、カッと見開かれた。

「どうした?」

 笑みを含んだ声でアレフが問う。暴れる使者に顔を近付け、残忍なまでに優しく笑う。

「俺の顔に見覚えがあるか。光栄だな。ラダトームの使者殿」

 ローラの異母兄ラダック、ラルス17世が使者に寄越した男にアレフは勿論覚えがある。包帯だらけで見る影もないが、ローラの婚約者だったあの伯爵だ。酷な人選をしたものだ。それとも、刺し違えてでもアレフを殺せとでも言われてきたのか。何れにしても、だ。

「ラダック王子はあんたを要らないと仰せだ」

 真実ではないが、間違いでもないだろう。航海には危険が付きまとうし、事実彼は今死にかけている。無事使者としての役割を果たしたとしても、持ってきた親書の内容に寄っては最初に斬られるのは使者だ。王の名代として、国の命運を担う大変重要で名誉な役ではあるが、これで死んでも構わないという人選をするのも事実だ。

「何をやったんだ? 王子はあんたに死ねとさ。惨めな人生だな? 悔しくはないか?」

 使者は狂気を宿した瞳を見開いてアレフを睨み付ける。包帯に涙が滲み、口の回りに血泡を噴き出した。何か言おうとしているのだろうが、気道は腫れてしまって息をするのさえ辛いはずだ。

「俺ならあんたを助けてやれる」

 伯爵の目付きが変わったのを、アレフは見逃さない。しめたと内心で手をうちながら、当然それは奥眉にも出さない。

「嘘じゃない。俺が誰か忘れたか?」

 試しにホイミを唱える。白い光が包帯の上から伯爵の胸に吸い込まれると、伯爵は急に楽になった呼吸に返って蒸せた。

「その気になれば、俺はラダトーム城に飛んでいって、王の寝首を掻く事だって出来るんだ。ラダック王がまだラルス17世でいること事態、俺の忠誠の証だと思わないか? 叛意があるなら、わざわざあんたを助けにこんなところまで来やしない」

 そうだろう? と同意を求めると、伯爵は半信半疑という様子ながらも頷いた。

「…姫は、ローラ様は息災か」

 途中咳き込んだ伯爵の口に水差しを含ませてやり、アレフはさも当然だと大きく頷いた。

「二人、王子を生んだと聞いた」
「耳聡いな。流石だ」
「下の王子をラダトームの王にしようというのではないのか」
「まさか!」

 アレフは大袈裟に驚いて見せた。

「あれは体が弱い。空気のよい湖の畔に館を与えるつもりだ。二十歳までもたんだろう」

 目頭を押さえる真似までしてみた。これは流石にあざとかったかと、自分で思わなくもない。

「とにかくこちらに叛意はないんだ。ローレシアの紋章を見せてやろう。ラダトームとは一切関係がない。ローラに王位継承権破棄の証文を書かせてもいい」

 ベットの脇に椅子を寄せて、アレフは深く椅子に腰掛けた。膝の上に肘をつき、組んだ指の上に顎をおいて、伯爵の顔をじっと見詰める。

「助けてくれないか」

 怪訝そうな伯爵に、尚も言葉を重ねる。

「あなたの力添えが必要だ。ラルス17世陛下にお口添え頂けまいか。ラダトームが欲しければ、竜王を倒したあの日、ラルス17世の王冠を戴いておりました。大恩ある陛下に弓引くなどあり得ない。何故、命賭けて守った故国を、ラルス王家を、このアレフが裏切れましょうか」
「………」
「もし、閣下がお味方下さるならば、命はお助けいたします。たちどころにその病、払って差し上げましょう。無論、帰路の安全も保証いたします」

 微妙に話題をすり替えながら、伯爵を視て、言霊を紡いでいく。
 魔法使いに「視」られ、「言葉」をかけられると言うことは、それだけで呪いを掛けられているのに等しい。
 勿論そんなことには気付かずに、伯爵はこくりと頷いた。

「陛下には、アレフ殿のお心、確かにお伝え申そう」
「ありがたい」
「それで、わたしを助けてくださるのだな?」

 ごほ、と血液混じりの痰を吐いて、伯爵は不安におののく眼差しをアレフに向ける。
 アレフは鷹揚に頷いて、重ねて力添えを約束させた。頷いた伯爵にベホイミを唱える。包帯の下には、真新しい綺麗な皮膚が再生しているはずだ。
 歓喜し興奮する伯爵を諭し、夜が明けたら改めてローレシア城を訪ねるように言い含めると、アレフは感謝の言葉を背に受け、部屋を出た。

 廊下では、領主の息子が待っている。
 アレフは領主の息子に、使者が持ち直した事、明日にはローレシア城に向けて発つので護衛をつけるようにと命じた。

「王は?」

 泊まって行くのかと、盃をあおる仕草をした領主の息子に、アレフは苦笑混じりに首を振った。

「流石に疲れた。それに、あまり放っておくと奥方が拗ねる」
「ごちそうさまです」

 呆れ顔の領主の息子に、アレフは否定も肯定もせずにただ声をたてて笑った。笑いの余韻を残したまま、片手を振って簡略の別れの挨拶を寄越すと、アレフはルーラを唱えた。
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