ドラクエ1
□竜の勇者と呼ばれた男
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英雄は王へ
玉座とは、重厚にして荘厳なものだと思っていた。
陣屋のようなただ広いだけの館の一室。申し訳程度に毛皮を敷いただけの椅子が、アレフの玉座。
一兵士として参内したラダトーム城の謁見の間にあった玉座とは、比べるべくもない貧相な玉座だ。
従える男たちの顔触れも、王宮の兵士というよりは街のあらくれどもや山賊もどきだ。
これが今の、己の王としての格だろうとアレフは思う。
ただ、妻だけは、世界中の王妃・妃と並べても遜色がない。
それはそうだ。
魔物の王すら虜にした美貌の姫。アレフガルドの花、ローラ姫。
容姿は神の気紛れだとしても、血筋はアレフガルド創世より続く名家ラルス一族の末裔なのだから。
王妃というものは、大抵王国では王の共同統治者であり、謁見の間に王と同等の玉座を並べている。しかしアレフは、ローラを隣には並べなかった。ローラはアレフの妻であり、子の母ではあるが、共同統治者ではない。アレフにとって王とは、軍の統帥権を有する絶対の権力者であり、軍の全権は王一人が掌握しなければならない。その王と同等の権利を持つような王妃はいてはならないのだ。だから玉座は、アレフ一人分あればよい。
大体、意味もなく自分の女を他の男に見せびらかすような真似を、アレフは好まなかった。
多少は頑丈に作ってあるようだが、それでもただの椅子に過ぎない玉座に深く座り、頬杖をついた行儀の悪い格好で、アレフはにこりともせずに部下の報告を受けている。部下といってもつい最近まではここら一帯を納めていた有力氏族の長だ。アレフの傘下に降ってからは、軍の一師団長を務めている。大柄な体を縮こまらせて、師団長は読み終えた書簡を畳んだ。
聞き終えたアレフがふぅっと長く息を吐く。
付き合い自体は長くはないが、玉座の主の機嫌がどちらを向いているのかくらいはわかる。師団長は喉の乾きを覚えて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「…で、長老たちの意見は」
決して大きくはない。声自体は穏やかですらある。にもかかわらず、長はびくりと肩を震わせた。戦場にいる時のように、ばくばくと心臓が胸を上下させる。
「ラダトームと今の段階で事を構えるのは得策ではないと」
掠れた声で答えた師団長に、アレフはくっと唇の方端だけで笑った。
「そうだろうな。俺も同意見だ」
今だろうが後だろうが、腐っても有史以来繁栄してきた大国ラダトームと戦うなんてことは避けられるに越したことはない。
「とはいえ、飲めない話だ」
そうだろう? とアレフは微笑む。何も知らない町娘なら頬を赤らめて勘違いをしそうな優しい笑みだが、師団長は寒気しか覚えない。
「ともあれ、ラダトームには今、海を越えて大軍を出すなんて国力はない。捨て置いて構わない。長老達には俺から話す」
玉座からすっくと立ち上がり、玉座の間を出ていくアレフの後を、数歩遅れて師団長も続く。
「使者は」
「薬師の話では明日が峠だと」
船を仕立て、わざわざ救国の英雄を罪人呼ばわりしにきた大国ラダトームの大使は、夏の海の苛酷な陽射しに射抜かれて、火膨れた憐れな姿でローレシア大陸西端の漁村に辿り着いた。瀕死の使者を動かすことが出来なかったため、ラダトームの船乗りが漁村の若者と一緒に領主の元へ走り、その領主からアレフのところまで書簡が届いた。書簡は最初の領主が改めた後再び蜜蝋で封をされたとはいえ、届くまでにローレシア大陸をほぼ真横に横断したわけで、内容はローレシア中の豪族の知るところとなった。為に書簡と一緒に各豪族の代表が集まり、長老会を開くという事態になったわけだ。
書簡は、ローラ姫誘拐の大罪人としてアレフの出頭、並びにローラ姫の返還を求めるものだった。
少し前のアレフなら、面倒を避けるためにローラを祖国へ還しただろう。しかし今は…。
目を細めて、この館の二階に居るローラと子の姿を思う。
使者を殺してしまおうか? 来なかったことにしてしまえば、取り敢えず面倒は先伸ばしに出来る。
「王?」
黙ったアレフを訝しく思ったのだろう。師団長が一歩間を詰めて声をかけてきた。
「ああ」
ひとつ首を振って、アレフは考えを改めた。
これだけ時間が過ぎて、もうどれだけの人間が使者と書簡の存在を知っているのかわからない。隠し通すのは不可能だ。となれば、生かして利用する方がいい。
「使者と会う」
「しかし…」
使者が居るのは西の岬の部族の領主の館だ。どんなに馬を飛ばしても二昼夜はかかる。その間に使者は死んでしまうだろう。
眉をひそめる師団長に、アレフはにっ、と自信家な笑みを見せた。それで師団長は、彼の王が何者であるかを思い出す。
「夜には戻る」
「長老会は明日の昼まで待たせます」
「頼む」
言うなりアレフの姿はかき消えて、師団長は誰も居ない空間に、最高の戦士に贈る敬礼を向けた。
20120820
続く!