◆ときめきトゥナイト
□ときめき お題外
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ちいさなしあわせ
2人で暮らし始めたばかりのアパートに戻ると、ココはごそごそとなにやらやっていた。
気になって、こっそり近付いていってひょいと後ろから覗き込む。
「なにやってんだ?」
「きゃ!」
何もそんなに驚かなくてもいいじゃないか。
「もう! おどかさないでよ。はみだしちゃったじゃない!」
ぷんっと頬を膨らませるそんな仕草は、とても年上には見えない。
「だからなにやってたんだ、って」
ふと、鼻をつくニオイに眉をしかめる。
「プラモでもつくってんのか?」
「ぷらも? なにそれ」
プラモっつったらガンプラだよ。全部実家に置いてきたけど。ガキの頃はよく遊んだよなぁ。
こいつは知らないんだ。ま、仕方ない。
なんでもないと肩をすくめると、ココは訝しげに眉を寄せたが、すぐに機嫌を直して手元のものを見せてくれた。
「こーれ」
マニキュア、だな。
「どうしたんだ?」
化粧なんてそうそうしないし、こっちにきてからは料理をするから爪に何か塗るなんてしなかったのに。わざわざ買ってきたのだろうか? なんだってまた?
「薬屋さんでもらったの。福引の景品」
誇らしげにピンクの小瓶を見せて、ココは子供のようにはしゃいで笑っている。そんな彼女を見るのは、悪い気はしなかった。
「よかったな」
「ん。折角だからつけてみたのよ。どう?」
小さな桜色の爪に、控えめなパールピンクの光沢。魔界でもネイルアートとかあるのかな? 暇な奴らだから、結構まめにやりそうだよな。ココなんか王族だから、日常的にこういったお洒落をしていたに違いないんだ。それが今は炊事でかさかさの指をして、素の爪は短く切っている。なんだか、申し訳なさと憐れさと悔しさと、色々な感情がわいてきて悲しくなった。
「塗ってやる」
「え?」
「右手、塗りづらいだろ」
ためらっているココの手から小瓶を抜き取り、了承も得ずに手を取った。細い手の、細い指。形のいい小さな爪に、丁寧に色を乗せていく。
これが、案外楽しい。
ニオイも、懐かしいって言うか・・・
「ほら、左手も出しな。重ね塗りしてやる」
「え、でも・・・」
「いいんだ。折角だから。な?」
乾くまで、じっとしてろよ?
その爪、オレの作品だからな。
夕飯は、オレが作る。お前は、とにかくじっとしてたらいいんだ。
鼻歌を歌いながら、オレはココの手と足の爪全部に色を塗り終えた。
あーーー、満足だ。
「足なんて、見えないのに」
くすっとココが笑う。
「いいんだよ。裸足のときは見える」
「靴を履くわ」
「家に居るときは、裸足だろ」
オレだけが見えれば、いいの!
「靴下をはくかもしれなくてよ?」
「いいの!」
「冷えちゃうわ」
「オレがあっためてやるから」
「まぁ」
ココはくすくす笑って、オレもなんだかくすぐったくて笑った。
ココは指先を眺めて、つい、と上目遣いにオレを見た。悪戯っぽい視線に、背中がぞくりと震える。
「ねぇ、卓」
その手には、いつの間にかピンクの小瓶が握られている。
「卓のにも塗らせて?」
「え゛?」
「足の小指。一本だけ! ね?」
可愛くお願いされては、むげに断る事も出来ない。惚れた弱みってやつ?
「いやでも、だって、オレは男だし・・・」
「靴下をはいて、靴を履いたらわからないわよ」
「う〜〜〜」
「ね? お願い。 わたししか見ないわ。二人だけの秘密」
二人だけの、秘密。その言葉に子供のようにわくわくした。
結局、オレはそのお願いを拒む事が出来ず、自然に色が取れるまでの数日間、誰かにばれやしないかとひやひやしながらも、その色のついた爪を見る度に、ココを思ってちょっと幸せな気分になったのだった。