◆ときめきトゥナイト

□ときめき お題外
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ひなまつり


 卓のうちで暮らすようになって半年。いろんなことがあったけど、一番の収穫は卓の事を知れたってことかしら。
 例えば、ハンバーグが好き。誕生日はバレンタインデーとかいう行事の日で、いつもより早く帰ってくる。わ、わたしの作ったケーキが好きだと言ってくれた。
 え、えーと…
 そう。行事。
 人間界のことにも随分くわしくなったわ。ハロウィン、クリスマス、お正月、豆まき、バレンタイン。それからテスト。人間界には毎月色々な催しがあって大変ね。飽きないけど。おじ様が人間界で暮らしているのもなんだか納得しちゃった。
 あと、そうそう。ひとりで買い物に行けるようになったの。お金の数え方も覚えたのよ。今では五百円玉でお釣りをもらうお金の払い方もマスターしたんだから。これで小銭だらけのお財布ともおさらばね。
 もちろん、家事も上達したのよ。
 もうすぐにでもお嫁に行けるくらい。…なぁんて、ね。

「?」

 そういえば、なにかしら。これ。
 人形…よね。
 わたしが知っているお人形とは随分違うわ。見たことない衣装を着ている。顔も不気味。セットで飾るもののようね。小物類の造りは見事だわ。

「触るなよ」

 卓!

 慌てて手を引っ込める。なによ。人形なんだから、抱いて愛でてやるものなんじゃないの?

 いつものようにソファに足を投げだし、片腕で頭を組んだ行儀の悪い格好でテレビを見ている卓。
 せめてこっちを向いて話したらどう?
 聞こえたのかしら…
 首を巡らし卓がわたしを見る。
 な、なによ。

「それはー、素手でさわっちゃいけないの。傷むから」
「おままごとしたら楽しそうなのに…」
「ぷっ、おまえでもそういう発想あるのな」
「なによ。悪い?」
「いや、かわいいんじゃね?」

 なんっ! なっ、何を言って…

 わたしの焦りなんか気にもとめないで、卓はリモコンをぴっぴこ連打した後で、気に入った番組がなかったのかテレビを消した。

「ひな人形、っていうんだ。愛良のだよ」
「愛良の? 卓のもあるの?」
「ぷっ、オレのはないよ。オレは男だもん」
「???」

 訳がわからないわ。

 ひとしきり笑った後で、卓は「あー」と小さく呻いた。わたしの隣に並んで、ひな人形を見る。

「人間界っつーか、日本ではひな祭りってのがあってさ、女の子の成長を毎年祝うお祭りなんだよ。こいつは女の子の身替わり人形とかで、女の子が生まれると買うの。なるみ姉ちゃんのひな人形なんて七段飾りだぜ? すげぇ豪華なの。今度見に行く?」
「別にいいわ」

 七段とか、よくわからない。

「これが、愛良」
「????」

 くすりと笑って卓が指差したのは最上段に座っている赤い服を着た人形。目が線みたいで気持ち悪いわ。愛良には似ても似つかない。

「んで、横のお内裏様がだんなさん」
「???」

 なに? 特に魔力も感じないけど、もしかしてこの人形は魔界人に変身でもするわけ?

「女の子が無事成長して、こんな立派な結婚式を挙げて、子孫繁栄・家内安全を祈願してるのが、ひな祭なんだとよ」
「ふぅん…」

 おまじない、みたいなものかしらね。
 おじ様は愛良がお嫁に行くことを望んでいないような気もするけど。

「人間て変なことするのね」
「うーん、今は形骸化した風習に過ぎないけど、昔の人にしたら切実だったんだと思うぜ。生まれた子供の半分が成人出来なかったような時代だしさ」

 ふぅん。

「今時、女の子なら誰でも持ってるんじゃないかな。もっとも、お袋は持ってなかったらしいけど。その分愛良にはちゃんとしたのを買いたかったんじゃないかな」

 親が子供のために用意した人形。親の愛の現れ、ってわけね。
 愛良。あんた、大事にされてるわよ。

「で、卓のはないわけ?」
「男は五月。端午の節句てやつがあるけど、今更だよな」
「いいんじゃない? いつまでも子供は子供よ」
「妙に達観してんのな」
「そうかしら?」

 じ、っと愛良のお雛様を見詰める。こうしていると、だんだんこの不気味な人形が愛おしく見えてくるから不思議ね。
 お父様に教えたら、喜ぶんじゃないかしら。わたしには、それこそ今更だけれど。あ、でも、身代わり人形ならメヴィウスあたりが作っていそうだわ。

「………」

 魔界では新しい命が誕生すること自体少ないから、こんな風習、定着はしないでしょうね。生まれた子供が成人しないなんてこともないでしょうし。

 ん?
 何やってるのかしら。

「卓?」

 散らかさないでよ。お掃除したばかりなんだから。
 どこから出したの? そんな色紙。

「宿題?」

 卓がもっと小さい頃、今みたいに色々な道具を出してなにか作っていたのを思い出す。ズコウの宿題なのだと、その時は言っていた。手伝おうとして、怒鳴られたっけ。

「ぶっ! 小学生じゃあるまいし、んなわけあるか」
「じゃあ、なによ」

 扇を逆さまにしたような筒が二つ。赤と紫の色紙で包まれている。赤い方には紫のペンで髪が書いてあって…
 え、と…
 もしかして、これって…?

「わ、たし、の…?」

 お雛様?

「おまえも、うちの家族だし」

 赤くなった頬を人差し指で掻く。知ってるわ。照れてる時の卓の癖。

「……」

 まだ糊の渇いていない紙人形を掌に乗せる。
 ふふ、似てない。

「ま、とりあえずそれで簡便な。来年はもちっとマシなやつ買ってやるから」
「いらない」
「え?」
「これがいい」
「え…」

 だって、卓が作ってくれた、世界にたったひとつのわたしだけのお雛様だもの。

「う、え、あ〜。あ、ほら、すぐ壊れると思うけど…」
「大切にするもの」

 ケースに入れておく。百均でケース買ってこなきゃ。

「あー…。……そうか?」
「うん」

 鼻の頭をぽりぽりと掻いて、卓はわたしの掌にもう一体の人形を乗せた。

「お内裏様」

 と言って乗せられたそれは、黄色い髪をしていて…

「これ、って…」

 熱くなる頬を自覚せずにはいられなかった。

「百均行くなら、消しゴム買ってきて!」

 照れ隠しだろう。リビングから逃げ出すように出ていった卓の顔は見えなかったけれど、多分わたし以上に真っ赤になっているに違いない。

「もう。ばか…」

 雛飾りは結婚式。
 お雛様が自分なら、お内裏様は旦那様。

「こんなに散らかして。ほんと、ばかなんだから」

 テーブルの上に散乱した色紙を片付けながら、口元に浮かぶ笑みを抑えることが出来なかった。




2010.3.3
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