◆ときめきトゥナイト

□ときめき お題外
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ぼくの夏休み

 夏休みに入って、江藤は毎日の様にアパートにやってくる。
 おれがいようといまいと、関係なく。
 おれの夏といえば、トレーニングとバイトで予定はうまっていて、江藤とどこかに遊びに行くのはおろか、ゆっくり茶を飲む時間すらない。

 神谷とは、ジムで毎日バカやってんのにな…

 朝の自主トレを済ませ、シャワーを浴びて一眠りした頃、江藤がやってくる。
 江藤が持参した昼飯を食べている間に、江藤はテキパキと前日おれが散らかした室内を片付けていく。細い指が水仕事に荒れてしまうのが惜しくて、去年の冬に買ったなんとかいうモップが大活躍だ。

 ず…

 茶をすする音と、江藤の鼻歌。BGMは蝉の大合唱。
 基本的に不器用な彼女の手がこの時ばかりは流暢に動いて、洗濯物を畳んでいく。

 ……

 よく働くよなぁ。

 …ん
 なんでこっち見て…あ

 やばっ
 汗を拭う仕種とか、髪を耳にかける様子を食い入るように見ていたらしい。

「? どうかした?」
「べ、べつに」

 食後の食器をがちゃがちゃと片付け始めるが、あからさま過ぎだ。きっと多分見透かされてる。

 う…
 視線を感じる…

「…ねえ、真壁くん」

 いつの間にか鼻歌は止んでいて、物いいたげに江藤がおれを見てた。
 そんなときは、言いづらいお願いがあるときで、たいていは遠慮して言い出せない江藤の思考を読むことになってる。
 読むな読むなと言う癖に、こんな時ばかりはおれのこの能力に頼るよな。
 おれはおれで、おまえがおれに隠し事なんて顔に出るから無理だと思ってる。
 というか、そんなもん認めねぇ。
 親しき仲にもなんとやらだというのは分かるんだが、その、なんと言うか…、あいつの考えてることは、全部解っていたいんだ。全部、叶えてやりたい。
 それから、一番の本音は多分、おれの知らない江藤なんて、たんにおれが許せないだけなんだよな。
 嫉妬、というか、不安が、あるから…ああっ、やめやめ!
 とにかく今は、目の前のこいつ!

 少し意識を向けるだけで、聞き慣れた江藤の思考が流れ込んでくる。

(真壁くん、なんて言うかな。ホントは一緒に行きたい…。ううん! 忙しいもん。無理言っちゃダメよ! でもな…)

 頭の中の独り言は堂々巡り。
 だから結局何なんだ? というと、数日前、家で行われた鈴世とのやりとりが浮かんでくる。

(「お姉ちゃん、今度の日曜なるみちゃんたちと海に行くんだけど、ついてきてくれる大人がいないんだ。一緒に来てくれない?」)

 なるみちゃん以外にも連れはいるだろうが、鈴世の眼中にはないらしいこととか、姉貴は名目上だけの保護者で実は鈴世のほうがしっかりしてるとか、そういうことはこの際どうでもいい。

 海?
 日曜?

 もうすぐじゃねぇか!?

「おまえっ、そういうことはもっと早く言えよ!」

 面と向かって話す機会を作らなかったおれの事は棚上。
 つい声がでかくなって、江藤の細い肩がびくりとすくんだ。

「ごめんなさ…、え、でも、だってぇ」

 ああ、しまった。
 チクショウ。怯えさせてどうする。

 ジムは休んでも…、どやされるかも知れないが、どうにかなる。
 もともと日曜は土方ないし、日程はどうにかなる。

(真壁くん、困ってる。やっぱり、迷惑よね…)

 ちょっと待て!

 頭の中で予定を立てていたおれを、江藤は江藤らしく勘違いをしてる。眉間に皺寄せて黙り込んでたおれが悪いのか。
 どうせ口下手だよ、悪かったな!

「変な気の使い方するな! おまえの悪い癖だ」

 いいところでもあるけどな。
 おれには、そんな遠慮、しなくていいんだよ!
 優しくうまく伝えられればいいのに。
 出来るかよ! おれにそんな器用な真似!

 やっぱり声がでかくなってしまって、江藤はびくりと首をすくめる。おれはどうしていいのかわからなくて、いらいらと髪を掻き交ぜる。

「あー、いや、だからさ」

 どうしたら伝わる?
 どう言えばわかる?

「おれも行くから」

 おまえ一人、夏の海になんか行かせられるかっ

「え、でも…」

 ぱっと一瞬輝いて、すぐに心配そうに眉が寄った。

「おまえ一人でガキどもの引率なんて無理だろ。鈴世が大変だ」
「んなっ」

 わざとらしくふざけてみる。
 結局、本音は言えないまま。
 おれっててんでダメだな。

「バイトもないし。折角、夏休みだからな」
「いいの?」
「ああ」
「うれしい!」

 う、わっ
 反則だろ、その笑顔。

 抱きしめて押し倒したくなる衝動を必死に堪えながら、かわりにおれは江藤の頭を乱暴にわしわしと撫でてやった。



2009.8.12 UP
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