◆ときめきトゥナイト

□ときめき お題外
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■夢見る頃を過ぎても■


「うわ…懐かしい〜」

 かつて自分が使っていた部屋のクローゼットから出てきたストライプのワンピースに、蘭世は表情を輝かせた。
 悪戯心で、ちょっと鏡の前で合わせてみる。

「着れそうじゃない?」

 中学の頃から身長はそう変わっていない。体重だって…おそらくは許容範囲内だ。

(誰も居ないわよね)

 きょろきょろと周りを見回して、よし、と覚悟を決めた。



「…っと、たは〜。やっぱりちょっときついかぁ」

 二人の子供を生んで育てたとは思えないほどに、細い肢体を維持している蘭世だが、15歳の頃と今と体のつくりが同じというわけには行かない。
 スマートなラインのワンピースは、胸と腰のマチが今の蘭世には浅かった。
 膝下だったはずのスカート丈も、余分なふくらみのおかげで膝丈になっている。
 鏡に映った自分の姿に、蘭世は「たはは」と苦笑した。

「んっ。でもまだまだ捨てたモンじゃないわよ」

 くるんと回って鏡の前で笑顔を作る。

(ん? 鏡…)

 鈴世と遊んで叱られたあの鏡。そろそろ自分達もあれのお世話にならねばならないだろう。高校生の息子と中学生の娘がいるにしては、俊と蘭世の容姿は若すぎる。
 卓などは「若作りの母親は恥ずかしいんだよ」と悪態をつく始末だ。

(若作りなんか、してないもん)

 もとの服装に着替えながら、今朝方息子の言った台詞を思い出して、蘭世はだんだん腹が立ってきた。

(若作りって言うのはねぇ…)

 二階から一階へ、玄関ロビーを突っ切って地下へと駆け抜ける。
 まっすぐ向かったのは「鏡の間」。

(こういうことを言うのよ)

 朱緞子の掛かった鏡を覗いて、蘭世はに〜んまりと微笑んだ。



(この制服って確か、新しいデザインに変わったんだわ)

 下校中の現あけぼの中学の生徒となんどかすれ違って、蘭世は自分の格好が恥ずかしくなってきた。
 あまりに古いデザインのワンピースにヒール姿の少女は、道行く人の視線を集めてしまうのだ。

(愛良の服を借りて出直そうっと)

 自宅まで走れば10分と掛からない。これまた今の姿に似合わないブランド物のハンドバックを抱えて、蘭世は走った。

 息切らせて家にたどり着き、娘の洋服ダンスを物色する。

「あ、これも短い。も〜、愛良ったらなんで普通のスカート持ってないのよぅ」

 いまどきの中学生が着る服は、蘭世の美意識にはそぐわなかった。美意識というか、単に丈の短い服が恥ずかしいだけなのだが。

(愛良に短くないスカート買わなきゃ)

 結局服は断念して、スニーカーだけ借りる事にする。
 長い髪をなびかせて、目指すは星が丘学園高等部!

(ふふん♪ 卓びっくりするだろうな)

 娘のスニーカーに履き替えて、いざ出かけようと玄関のドアノブに手をかけようとした瞬間、ドアが、開いた。



「……」

「……」

 「ただいま」の「た」の形の口を開けたまま、理解しがたいものを見るような目で固まってしまった夫と、こちらも何も言えずにノブを掴もうとした形のままの妻。

(なんで!? なんで帰ってくるの!? そういえば早く戻るとか言ってたかも!? きゃーーーいやーーー恥ずかしーーーい!!!)

 頭に血が上って爆発寸前。全身じっとりと嫌な汗が出てくる。
 頭の中でばたばたと暴れる蘭世を他所に、パタンとドアが閉まり、鍵がかけられた。
 くるりと、俊が振り返る。その顔に表情はない。
 玄関に座っている少女を、しげしげと眺めていた俊は、何も言わずに靴を脱いで家に上がった。少女の脇を通りぬけ様頭上から声を降らす。

「それ、どうしたんだ?」
「じ、実家から…」
「ふぅん。お母さんは?」

 襟を緩めながらリビングに向かう俊を、蘭世は勢いよく振り返った。 

(嘘!? 気付いてないの!?)

 助かった、と思う反面、悲しい。
 娘と自分の区別がつかないなんて。
 面白半分でやった自分の行動が急に馬鹿げていたものに思えて、先ほどまでの高揚感は途端に色あせてしまった。
 胸がしゅんっと縮こまって、涙が出そう。
 玄関に座り込んだまま、俯いてしまった蘭世の後ろで、ぷっと吹き出すのが聞こえた。

「なんて、言うわけないだろ?」
(えええっ?)

 片眉をそびやかして困った顔で笑っている俊が、小さい子を抱き起こすように、蘭世の脇に手を入れて「よいしょ」と持ち上げる。

「いつまでそんなところに居るつもりだよ?」

 優しく苦笑する俊が嬉しくて、蘭世はぎゅっと俊の胸に抱きついた。
 俊は僅かに逡巡したが、一度力を込めて抱き返し、ぽんぽんとなだめるように蘭世の背中を叩いて離れるように合図する。
 厚い胸板と、暖かな体温を感じていたくて、不満の意思を込めて見上げる。何か言いたげな俊の唇に、そっと人差し指を触れる。大きな手がやんわりと蘭世の指を包み込み、黒い瞳が静かな熱を湛えて少女を見ていた。

「犯罪者の気分」

 まぶたを閉じて口付けを待っていた蘭世は、キスのかわりにもう一度抱きすくめられた。

「お前だってわかってるけど、なんかこう…」

 がしがしと前髪をかき回して、俊は蘭世を離した。

「やっぱ、お前達はそっくりだよ」

 それきり振り向かず、二階に上がっていく夫の背中を、蘭世は二呼吸分見送って、それから…

「ぱ〜ぱ♪ おんぶして♪」
「わ、ばか危ないだろ! って、だれがパパだ!」

 


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大遅刻の末、ありきたりなネタで、しかもよくわからんものを書いてしまった…
一発書きはやめよう。

らぶらぶ好きなくせにあまりらぶらぶを書いていないので、らぶらぶさせたかったんですけど、やっぱりらぶらぶしてませんねぇ…
(らぶらぶ煩いよ)



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2008年10月の制服祭:再録
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