◆ときめきトゥナイト
□ときめきお題
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15. 見えない角度で手を握り締め
☆08と対になるお話です。有りがちなネタで恐縮です。〈(--)
高校生活最大のイベント、修学旅行。
修学旅行を機に一気にカップルが増えるのは、ここ聖ポーリア学園でも変わらない。
原則アルバイト禁止のお嬢様学校だ。出会いの場は自ずと限られてくる。他校に彼氏のいる生徒も勿論いるが、大半は校内の身近な男子生徒に恋をする。
特に今年は、ボクシングなどという一見野蛮なクラブを作ってしまった異色な男子がいるのだ。その男子が、長身・端正な容姿に加えて大人びた雰囲気――実際年上なのだから当然か――女子に媚びないクールさを装いながら、その実優しいときたら、恋しない女の子はいないだろう。
一学期を僅かに残すばかりとなった教室で、少女達はガイドブックそっちのけで、恋の話に花咲かせている。
「決めた!」
教室の一角で上がった声に、皆が一斉にそちらを振り向いた。
苺ポッキーをつまんでいた蘭世も、何事かと振り返る。
今年から同じクラスになった斎藤結衣が、こちらを見てニコと笑った。
条件反射で蘭世も微笑み返す。あまり話したことはないが、小柄で明るくて可愛い子だったと記憶している。
「びっくりしたなぁー」
「なによいきなり」
同じ班の少女達にせっつかれて、斎藤結衣はにこりと自信ありげに笑った。
「自由行動、男子と回りたくない? 折角だしさぁ」
「そりゃあ…ねえ」
少女達はお互いの顔を見合わせて曖昧に笑う。一度しかない高校時代。花咲かせぬまま終わりたくはない。
「だから、あたし、告白する! 無理でも自由行動一緒に行こうって頼んでくる!」
意気込む結衣に誰かが喝采の声を上げ、別の誰かは無責任に持ち上げる。
「マジで? え、あんたの好きなのって真壁君だっけ?」
一応はひそめられていたその声は、しっかり蘭世の耳に入った。
(え…?)
どきんと心臓が跳びはねた。思考は停止しても、耳はしっかり声を拾っている。
「やだやだ、みぃちゃん! 内緒だって言ったー」
「ごめーん。でも皆知ってんじゃん? てゆーか、マジだったの? まだ諦めてなかったんだ?」
「あんた意外にイチズだねぇ」
「なに意外って。失礼な」
「蘭世ちゃん…」
同じ班の梢が、気遣わしげに蘭世の肘を小突くまで、瞬きも忘れて固まっていた。
「あっごめん。なに?」
「ポッキー、溶けるよ?」
「うわ、やだっ」
にぎりしめていたらしいポッキーは掌にべったり張り付いていた。
「わたし、手、洗ってくるね」
えへへと笑って立ち上がった蘭世に、心配顔の梢も一緒に行くよと立ち上がる。そこへ、
「ねえ、江藤さん」
斎藤結衣だった。身長は蘭世よりずっと小さいのに、にこやかに微笑んでいるのに、逃げ出したいほどの威圧感を受けるのは何故だろう。
「な、なぁに?」
ハンカチを握る左手にじわりと汗をかいているのがわかる。
「江藤さんと真壁君は付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「え? う、うん」
「そう。よかった! ごめんね? へんなこと聞いて」
「う、ううん。気にしないで…」
あくまでにこやかに、明るく話しかけてくる結衣に、蘭世もぎこちないながら笑顔で返す。
「じや、わたし、お手洗いにいくから…」
逃げ出すように身を翻した蘭世には、少女達の笑い声が嘲笑のように聞こえた。
付き合ってる訳じゃないんだよね?
突き付けられたくない言葉。
そんなの自分が一番よく分かってる。
いつだって自分の一人相撲で、俊の気持ちを分かってる気で、理解しているつもりでいるだけ。
彼は誰のものでもなくて、誰かが彼に恋することを、とめる権利も、非難する資格も自分にはないのだ。
だって、自分も彼女達と少しも違わないのだから。
(付き合ってる訳じゃない…)
手の汚れがすっかり綺麗になっても、蘭世は暫く流れる水に手を晒していた。そうしていると、醜い心も清められていく気がした。
「節水!」
背後から急に声がして、きゅっと蛇口が捻られる。
「梢ちゃ…」
「もうっ、落ち込んでる!」
「ええ?」
そんなことないと言おうとして、ぐにゃりと視界が歪んだ。
ふ、と息を吐いて、梢は笑ったらしい。ポケットからハンカチを出して、蘭世の顔に押し付ける。
「ぶっ」
「いーい? あんなやつの言うこと、いちいち気にしないの! 堂々としてること!」
押し付けた時と同じに、強引にハンカチを奪い取られる。呆然としていると、今度は両手を掴まれた。
「真壁君の側にいるのは蘭世ちゃんだ、って誰でも知ってる。斎藤だって、だからあんなこと言っうんだから。自信持って、堂々としてればいいんだよ。ね?」
にかっと梢は歯を見せて笑った。
教室に戻った蘭世は、席に着く前に結衣の前に立った。ぴたりとお喋りを止めて蘭世を見上げる結衣に、蘭世は綺麗な笑顔を見せる。
「真壁君を誘うなら、5現の前がいいよ。お昼食べる前だと機嫌悪いから」
ともすれば、厭味っぽく聞こえそうなそれも、曇りのない笑顔で言われては、善意以外の何物にも聞こえない。実際蘭世の言葉は100%善意から出たものだ。
呆気に取られて礼を言う結衣に、蘭世は「じゃあ」と笑顔で返す。
自信を持って笑えたのは、後ろ手に繋いだ梢の手があったから。
振り返ったそこに、笑い合える友達がいる。
(真壁君は勿論大好きだし、大切だけど)
今しかない高校時代を、今は、大切にしたい。
「自由行動、どこに行こうか?」
ガイドブック片手に声を弾ませる蘭世に、梢と周囲の少女達は一瞬顔を見合わせて、それから花開くように笑った。
→続
【あとがき】
中学の友達はかえでちゃんだから、こっちは梢ちゃん、と安直に考えてみました(^-^;