ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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引き返せ

 引き返せ

  引き返せ


 壁に埋め込まれた顔の彫り物が空ろな口を開けて同じ言葉を繰り返す。
 反響する単調な繰り返し。
 言葉は魔力を帯びて、聞く者の心を捉え精神を蝕んだに違いない。一人でいたのなら、アレクシアもどうなっていたか知れない。

「あ〜、もう。うるさいな」

 アレクシアがぼやく間も、どこから沸いて出て来るのやら、マミー、アントベア、さ迷う鎧、ハンターフライにベビーサタン、キラーエイプ、地獄の鋏、殺人鬼、キャットフライ、マッドオックス、マージマタンゴ、魔女、鬼面導師となじみの魔物が襲ってくる。黒銀の体を光らせて、出てきてはさっさと逃げ出すメタルスライムにいたっては、何をしにくるのかわからない。まぁ、魔物の考えなど理解しようというのが間違っているのだろうが。
 一人なら、それなりに苦戦を強いられただろう探索行も二人ならば、さほどの苦ではなかった。相手が、レイモンドだったから、なのかも知れないと、ここにきてアレクシアは思い始めている。
 あまりに当たり前のことのように思えて、これまで考えてすらこなかったが、レイモンドと戦うのは楽だった。気持ちいいとすら感じられる。長年剣の稽古を共にしてきたセイとだって、ここまでの一体感は得られない。自分の思った通りの場所へレイモンドの鞭は飛んでいく。アレクシアがしゃがめば、今までアレクシアの頭があったところをレイモンドの鞭が走り、アレクシアが合図なしに振るった剣を避けて、それを陽動にレイモンドはダガーを振るった。
 まるで長年コンビを組んできた踊り手のように、ぴったりと息が合っている。
 相手がどう動くのか、知っているような気さえしてくる。
 否、知っているのだ。
 今だってこうして二人で並んで歩いていると、ひどく懐かしい気分になってくる。
 懐かしくて、嬉しくて、けれどえもいわれぬ寂寥感が胸を焦がす。

「引き返せ」
「黙れ!」

 がつんと、レイモンドが壁の顔を鞭の柄で殴りつけた。

「呼んだのはそっちだろうがよ!」
「え?」
「え…?」

 苛々と壁を殴りつけた姿勢のまま、吐き捨てたレイモンド自身も驚いて足を止める。自分の言った言葉が信じられない。

「は…。ちょ、っと…待ってくれよ」

 半笑いで髪の毛を掻き揚げる。
 あの声が、聞こえたような気がしたのだ。
 ただの夢だと笑い飛ばし、気に入らないと表面上は逆らってみても、その実気になって仕方がなかったあの声。

「確かに、聞こえたんだ…」

 呆然と呟いて、レイモンドはふらりと歩き出す。

「ちょ…っ」

 あわてて追いかけたアレクシアは、すぐに立ち尽くすレイモンドの背中に鼻をぶつけることになる。
 つぶれた鼻を押さえて、苦情を言おうと見上げたレイモンドの表情を見て、アレクシアは言葉を飲み込んだ。
 泣き出しそうな表情で、レイモンドが台座の上に置かれたものを見ている。レイモンドが見ているものを見て、アレクシアも胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
 台座には、鈍い輝きを放つ鎧が一式。青い宝玉をささげ持つように鎮座している。
 不思議な文様を描かれた金属鎧。その光沢は、鉄でもなく、まして青銅などではない。

「ガイア・・・」

 鎧に刻まれた文字を指でなぞる。それだけで、この鎧にまつわる逸話がアレクシアの脳裏に再生される。
 大地の神ガイアが、真の銀ミスリルを用いて作り上げた大地の鎧。最愛の息子、ロトに贈ったものだ。この鎧を身にまとい、人々を率いていた若者の隣に、自分はいた。そして、寄り添う自分に笑顔を向けたその若者の顔は―・・・

「ロト・・・?」

 その言葉を口にしたとたん、アレクシアの体を電流が走りぬけた。呆然と見上げた青年もまた、瞬きもせずにアレクシアを見詰めている。

「エルシア?」

 レイモンドの口をついて出た言葉は、いつだったか夢の中で彼自身が呟いた名前。その名を聞くや、アレクシアはふわりと優しく、けれど寂しそうに微笑んだ。
 どちらからともなく伸ばした手。触れ合った瞬間流れ込んでくるのは破壊のイメージ。夢で見るようになり、そしてそれが現実に体験した出来事なのだといつしか確信するようになったあの破壊のイメージ。
 苦痛に顔をゆがませながら、ゆっくりと二人は手を離した。

「おまえも、見ていたのか?」
「どうして?」

 あの場所に、自分がいた。お互いがあの場所にいたのだ。自分だけが見ていたと思っていた夢を他人が見ていて、その人物が隣にいる。これは偶然などでは片付かない。異様な作為を感じる。

「は、はは・・・」

 乾いた笑い。再び狂気がレイモンドの中で鎌首をもたげてくる。

 もうやめてくれ。たくさんだ。
 どんな性質の悪い冗談なのだろう。
 元英雄の罪人の子供だというだけで十分なのに、国王の秘密を知る組織の唯一の生き残りにされて国を追われた。その上自分にどんな運命を押し付けようというのか。
 それはアレクシアにも同じことが言えるだろう。
 勇者の子供として、性別すら偽って生きてきた。強要された旅立ち。世界を救えと、望みもしない責任を押し付けられ、人々の希望の星と祭り上げられてきた。
 それらのことが、すべて、この忌まわしい惨劇の記憶に結びついているのだとしたら?

「レイ」
「なんだよ」

 つかんだ腕は、邪険に振り払われた。

「大地の鎧はお前のものだ」
「はぁ!?」

 噛み付きそうな勢いでレイモンドが歯を剥くが、アレクシアは取り合わなかった。ただ淡々と、言葉を並べてゆく。

「ミスリルだ。役に立つ。これからも旅を続けるなら使うべきだ。わたしには着れない。おそらくセイにも。どうしても着たくないのなら売ればいい」

 なおも逡巡するレイモンドに、アレクシアは青い宝玉を懐にしまいながらにやりと笑い、芝居かかった表情で言った。

「盗賊が、お宝を置いていくのか?」
「っ!」

 挑発だと、わかっていたが、敢えてレイモンドはその挑発に乗った。荒々しい仕種で革のベストを脱ぎ、一度ばらした大地の鎧を装着していく。
 職業柄、金属の鎧など着けたことがない。せいぜいが、細い鎖を編みこんだ胴着の上から、膠で煮込んで硬くした革の鎧を着る程度だったのだ。
 だから、こんな勝手のわからないもの、着けようがないし、きっと重たくて動けなくなるに違いない。そう思っていたのに、レイモンドは迷いなく大地の鎧を装着した。驚くことに、その鎧は軽く、見た目ほどの重量を感じない。

「……」

 髪の色こそ違えど、かつてその鎧を身にまとっていたときの彼の姿が今のレイモンドに重なって見え、アレクシアは戸惑った。大地の鎧に身を包んだレイモンドの姿が懐かしく、嬉しいと感じていたからだ。そんな感想を抱いた自分が、自分ではないようで違和感を覚える。

「…帰ろう」

 疲れた声で、レイモンドが呟いた。
 話さなければならないことはあるはずなのに、もう何もかもが面倒だった。
 妙にしっくり馴染んでしまったこの鎧が、そして鎧を得て充足感を覚えてしまった心が、レイモンドを戸惑わせている。
 無言で頷きアレクシアはリレミトの詠唱を始めた。恐る恐る触れた手からは、もう破壊のイメージは流れ込んでこない。

 あれほどうるさく騒いでいた壁の彫り物も、レイモンドを駆り立てた夢の声も、いつの間にか止んでいた。



【作・注】
都合のいいようにダンジョンが改竄されてまーす。装備できるジョブも。
ま、いいじゃないか。

ロトは決まっていたのだけど、相方の名前が決まらなくて(どっちがロトなのかも悩んだんですが、性別変えちゃうとわけわからなくなるのでやめた)、どこぞの雷神さまが聖人になってその弟子の名前を女名前にしてみました。てか、ガイアってドラクエだと男神だけど、本当は女神ですよね。ガイアを女神にしてルビスとロトを取り合うってお話もありかもしんない〜
ロトは旧約聖書に出てきますし、ミトラも実際にいる神様なんですよね。じゃあ、ルビスは? いくら調べても出てこない。ルビスだけはDQ独自の存在なようです。
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