ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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26.地球の臍

 ひとりで行く勇気があるか。
 そう問われて引き下がれるほど、青年は素直な性格はしていなかった。
 濃密な大地の気にあてられて、冷静な判断が出来なくなっていたということもあったのだろう。レイモンドは神官の挑発に、まんまと乗った。

「おまえが誠の勇者であるか否か、それはおまえ自信の目で見極めよ」

 自身の立てる足音だけが甲高い音を響かせる石廊下。カツンカツンと響くその音のなかで、神官の言葉をレイモンドは背中で聞いた。

(俺は、勇者なんかじゃねぇ)

 父サイモンのようにはならない。
 誰かの為に生きて、殺されるのはごめんだ。
 それ以上に、他人に侮られるのは我慢がならなかった。
 突然石廊下が途切れ、レイモンドの金髪を強風が乱す。雲が晴れ、蒼天に輝く月が世界を青々と暴き出す。周囲を岩山に囲まれた草原に、ぽつりとその洞窟は口を開けていた。
 そこが、神父の言っていたガイア神のおわす場所だろう。大地神の座所。世界の中心。地球の臍。あるいは、奈落への入口。
 そこから漂ってくるのは濃密な大地の精気。ガイアの神気。人間という矮小な器で堪えられる魔力の域を超えている。ただの人間であれば、気が狂うほどの力なのだ。

「………」

 無言で穴の底にたゆたう闇を見つめ、わずかに眉をしかめた後で、意を決したようにレイモンドは洞窟に足を踏み入れた。



 ふらりとあらわれた人影に、神官はおやと眉を持ち上げた。
 ここは大地神ガイアの神気に護られた場所。資格なきものの立ち入れる場所ではない。旅人がふらりと迷い込めるような所ではないのだ。
 ならば、と神官は表情を改める。
 今しがた、神官は大地神ガイアの力を持つ若者を試練の地へと送り出したばかりだ。本来ならば、唯一人で成し遂げねばならぬ試練。しかしそれは、一時に資格を持つものが複数現れなかっただけに過ぎない。
 ガイアに導かれ、資格持つものが現れた時、その者を試練の地へ誘うのが神官の務めだ。
 夢の糸に導かれているような少女の手を引き、神官はレイモンドを送り出した石廊下で決まり文句を口にする。

「ここは、地球の臍。ここから先の試練は汝ひとりで成さねばならぬ。おまえにひとりで行く勇気があるか」



 アレクシアは戸惑っていた。
 気が付けば、どことも知れぬ建物の中にいて、周囲には魔物の気配がひしめいている。

(どこだ、ここ…)

 壁に立て掛けられた松明は新しい。一本手に取って周囲を照らしてみる。石畳の回廊、意味ありげな石燈籠、真新しい魔物の死骸、焼け焦げた石壁。
 地下迷宮。それも他に誰かがいて、戦っている。

(みんなは?)

 とっさに浮かんだのは仲間達の事だ。自分がひとりでダンジョンに挑むことは考えづらい。ならば全員でダンジョンに挑み、何らかの妨害を受けて自分は一人になったのだと考えた方が自然だ。
 合流しなければ。
 自分の装備を確認する。腰をまさぐったアレクシアは怪訝そうに眉をひそめた。剣は腰に帯びているが、鎧も食料も、水さえも持っていない。
 背嚢の類は落としたのだとしても、鎧を落とすわけはない。着けずに来たのだろうか。それほど急を要する探索だったのか。
 さっぱりわけがわからない。記憶に靄が掛かっているようだ。魔物に妙な魔法でもかけられたのだろうか。
 頭を振って意識をはっきりさせようと試みる。なにかがおかしい。否、なにもかもが普通じゃない。

(…そうだ! ディクトール!)

 はたと思い出す。
 ランシールにいて、夜の町をディクトールと歩いていた。それは確かだ。しかしそこから先の記憶がない。いくら考えてもわからなかった。

「ほんとうに、何がどうなってるんだか…」

 近くにディクトールはいないようだ。魔物を殺したのもディクトールではない。彼は石壁を焦がすような魔法は使わないし、急所を切り裂くような武器を使いもしなければ戦い方もしない。たんに出番がなかっただけかとも考えられるが、ディクトールもこのダンジョンにいるのなら、今アレクシアの近くにいるだろう。いない以上、彼はこのダンジョン内にはいないのだ。

(レイ?)

 残された戦いの後が金髪の青年を連想させる。
 彼の顔を思い出した時、アレクシアの心臓がとくんと跳ねた。まるでべつの意志でも持っているかのように。
 乱れた心音に顔をしかめて、ふたつ深呼吸して居住まいを正す。

「よしっ。とにかく動こう」

 誰が聞いているわけでもないのに声に出していた。ひとりでいることには慣れていない。ひとりでいることの不安に気付きたくなくて、わざとアレクシアはいつものように行動を口にした。
 とにかく、仲間達と合流すること。それが第一だった。


 魔物の一固体の強さはそこまで問題ではない。今のアレクシアなら普通に戦えば楽に制することができる程度だ。ただ、数が多かった。一対多数の戦闘に慣れていないというのがなにより厳しい。
 ここには、背中を守ってくれる友がいない。どれほど自分が仲間に頼って来たのか、今更ながらに痛感させられた。
 360度に気を配り、効率よく敵を退けるということが、これほど神経を擦り減らす大変なことだったとは。
 広けた場所では囲まれる。かといって遮蔽物の多い場所や狭い通路では、アレクシアが使う長剣の動きを妨げる。
 これまでアレクシアは、建物や洞窟等のスペースの限られた場所で戦うとき、仲間が動きやすい、互いにフォローしやすい場所を選んで来た。習慣と化していたその感覚が、今は仇となる。
 長剣を振り回すには適した広間にひとり、アレクシアは大蟻食いと蜂の魔物に囲まれていた。

(ち、ドジった)

 内心で舌打ちしたが後の祭りだ。退路を絶つように、魔物はアレクシアの背後へと回り込む。強いて言うなら、手薄なのは、前。
 左手に持った松明の火で、空中から飛来する蜂を牽制する。天井すれすれに飛びすさる蜂は追わずに、突っ込んで来た大蟻食いをステップを踏んでかわし、すれ違い様に鼻面を切り裂いた。
 そのままの勢いで魔物の脇を擦り抜ける。背後に羽音。振り返らず口中に組み上げていた呪文を解き放つ。

「ベギラマ」

 狙いは甘いが、そんなものは関係ない。放った瞬間アレクシアは前にダッシュをかけた。ベギラマの炎は通路いっぱいに拡がり魔物を飲み込み、さらに爆風でアレクシアの背を押す。熱風が髪をチラチリと焦がし、剥き出しの肌が焼ける。マントが捲くれ上がり、空気を孕んでアレクシアの体を翻弄した。
 体を丸めてごろごろと転がり、吹き飛ばされるダメージは最小限に抑えたものの、熱風と粉塵がおさまるまで、アレクシアはマントに包まったまま団子のようにそこにうずくまっていた。熱すぎる空気は吸い込むだけで死に至る。威力を極限に抑えたヒャドで、自分の周りの空気を冷やしてやる必要があった。

(割りに合わんな…)

 こんな戦い方をしていたのでは、いくら魔力があっても足りない。魔力が尽きた時のあのどうしようもない目眩と吐き気に襲われては、戦闘続行は不可能だ。魔力が尽きるということは、この状況では死を意味する。

(極力呪文は使わないで、どうにか切り抜けないと…)

 のそりと膝を上げたアレクシアの体から、ざらざらと砂礫が落ちる。動いた事で、一度は落ち着いた粉塵が舞い上がり、アレクシアは小さく咳き込んだ。
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