ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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24−2

 海流に乗った船は、何をせずとも13日後にはランシールの港に着いた。
 港でエジンベアから運んで来た香木を売り払い、そこで得た金銭を元手に船をドックに入れる。ドックには、アレクシア達以外にも、冬の間ランシールに身を寄せることを決めた船乗り達の姿がちらほら見えた。

「年々人間が減らぁな」

 忙しく動き回る水夫達を尻目に、背の低い老人が独り言のように言った。
 自分に言われたものか判断がつきかねたが、アレクシアは老人を振り返る。
 日に焼け、シワに埋もれた老人の顔。延びた眉毛に隠れがちな鋭い目、職人堅気な頑固そうなその老人は、アリアハンの祖父を思い出させる。

「ありゃあ、おまえさんの船か?」
「はい」

 足の先から、頭の上まで、つらつらと不躾に見られても、不思議と不快には思わなかった。かわりに背筋がピンと延びるような緊張感を覚える。

「船乗りではなさそうだな」
「…はい」

 老人は、ふむと一人言ちると、アレクシアの顔をじっと見つめた。
 アレクシアの後ろでは異変に気づいた仲間たちが何事かと集まってきている。老人は、その仲間たちにも目をやった。

「アリアハン人だな」
「え? どうして…?」
「行ってない国はない」

 アレクシアの問いに答えているのかいないのかわからないことを言って一人笑う。それから老人は一人で納得したらしい。

「ああ、そうか。おまえさんがたがな」
「何のことです?」
「いやぁ、いい。俺ぁここの頭だ。船は任せておけ。悪いようにはせん。おまえさんがたは陸でやらなけりゃならんことがおありだろう」

 しっしと虫でも追い払うようなしぐさをした。かと思えば、立ち去ろうとしたアレクシアを何か思い出したかのように呼び止めた。正確には、ほとんど独り言に近かったのだが、律儀にアレクシアが反応したのだ。

「それよりお前さん、ポパカパマズの知り合いか?」
「ポカ…なんです?」

 アリアハンでは聞かない名前だ。首をかしげるアレクシアに、老人は「知らんならいい」と今度こそアレクシアに興味を失ったようだ。

 困惑顔で立ちすくむアレクシアに、マルロイが苦笑しながらメモを持ってきた。

「海の長老様でさぁ。今はここの管理をしているが、昔はあっしとご同業でね。お年なもんで、ここが、ね…」

 頭の横でくるくると無い人差し指を回す。

「聞こえとるぞ!」
「っと、いけねぇ」

 さすがのマルロイも頭の上がらない人物であるらしい。苦笑するアレクシアに、マルロイは持っていたメモを握らせた。

「宿です。あっしはここでこいつの面倒を見ますから、そこから動くときは連絡してください。もっとも、皆さんが泊まれるような宿はそこしかないでしょうが」
「どういうことだ?」

 もらったメモとマルロイを見比べて瞬きをするアレクシアに、マルロイとドックにいた船大工たちは一様に悪童のごときい声を立てた。

「行ってみりゃあ、わかりまさぁ」
「?」

 まったく勝手がつかめないまま、言われるままにアレクシアたち5人はランシールの中心街へと港を後にするのだった。



 言われたとおり、ランシールには旅人向けの宿屋は街に一軒きりしかなかった。酒場兼宿屋というのは何件もあったが、そのどれもが海の荒くれ男たちであふれており、女連れのアレクシアたちなどが、とても立ち入れるような場所ではなかったのだ。
 ランシールの気候は、アリアハンの初春程度に暖かい。この辺りの海流は常に暖かく、一年を通して穏やかなのだそうだ。それもすべて、火山と大地の神ガイアがこのランシールに居わすからなのだという。

「居る?」

 宿泊手続きを済ませ、宿屋の1階で朝食だか昼食だかわからないがとにかく卓を囲み始めた5人の話題は、ディクトール主導のもとランシールについての確認から始まった。

「そう。ランシールにガイア神の大神殿があることはもう話しただろう? なぜこんな島に主神の一柱(ひとり)であるガイアの神殿があると思う? ガイア神自身が、この島にいらっしゃるからだよ」

 青菜と魚介の油炒めを揚げた米に乗せたものを口へ運びながら、セイははんっと鼻で笑った。

「今のご時世、神様なんて…」
「居なければどうして僕らが魔法を使えるのさ?」

 ディクトールの魔法は、すべて神に祈ることで発動する。教会では神の御力により死人を蘇らせることもあるという。

「そりゃあ…」

 言葉に詰まるセイの横で、皮肉な笑みを浮かべたのはレイモンドだった。

「神が居るのなら、なぜ魔王なんてものをのさばらせておくんだ?」

 酒場の空気が変わった。そこに居る客のすべてが、レイモンドを見、彼の言葉の続きを待っている。この世界に住まう大抵の人間は、神を信じている。それは神官が振るう神の力の断片を見たことがあり、世話になっているからだ。

「俺は、神の御名を唱えずともホイミくらい発動できるぜ? アレク、お前だってそうだろ?」
「いや、わたしは…」

 急に振られて、アレクシアは鼻白む。ホイミは神殿で教わった。だから当然、呪文詠唱時には神の御名を唱える。それが当たり前だと思っていた。けれど・・・
 あの夢を見てからだ。使う機会が無かったということもあるが、癒しの力を行使していない。思い返してみれば意図的に避けてきた節がある。ミトラの名をつむぐこと、その名を称える事を、あれ以来、していない。そして、そうしなくても、術が発動することを、今では知っている。

(あれ?)

 違和感に気づく。食事の手を止めて、アレクシアがそのことを口にしようとしたとき、背後で、がたんと椅子の倒れる音がした。

「神様だって、ご事情があるんだろう?」
「そうだ! いったい何なんだあんた!」

 アレクシアの後ろで食事をしていたのだろう。怒りに体を震わせ、顔面蒼白な若者が数名。見たところこの街の人間、しかもひとりは神官のようだ。ガイア神のお膝元ともなれば、そこの住人が信心深くないわけが無い。
 やばいのではないか? アレクシアでなくともそう思う。春になるまでの数ヶ月、自分たちはこの宿に逗留する予定なのだ。到着早々問題を起こすわけには行かない。

「レイっ」

 アレクシアの制止は間に合わなかった。
 端正な顔に酷薄な笑みを浮かべて、レイモンドは言い放つ。

「ディクトール、あんたに喧嘩売ってるわけじゃあないんだぜ? ただ俺は神様ってやつが信用なら無いだけさ。そんな神様にただ祈ってれば救われると信じているおめでたい輩もね」
「きさま!」

 遅かった。テーブルに肘を突き、両手で頭を抱えたアレクシアの頭上を、若者が投げたらしき酒瓶が飛んでいく。
 当然レイモンドはそんなものには当たらない。ひょいとかわした先で、成り行きを見守っていた別の客に、その酒瓶は命中する。

「あああ…、困ります! お客さん!」

 うろたえる店主。後はお決まりのパターンだ。騒乱が騒乱を呼び、通りを歩いていたお祭り好きも加わって、酒場は大乱闘のひっちゃかめっちゃか。尻を触られたウェイトレスが客をトレイで殴り、どさくさ紛れに抱きつこうとしてきた酔っ払いをリリアが殴り飛ばす。
 頭を抱えているアレクシアの周りだけが、騒ぎに巻き込まれていなかった。見物を決め込んだセイが、無言の圧力をかけているおかげで。

「ディクトール!」
「はいっ」

 めったに聞かないアレクシアの鋭い声に、おろおろと騒ぎを見ていたディクトールは思わずしゃきんと背筋を伸ばした。
 抱えていた頭を起こして、アレクシアが仕方ないとばかりに立ち上がる。

「鎮圧するぞ」
「あ、そうだね。うん」
「オレも手伝う?」
「お前は怪我人増やすだけだろう。座ってろ」
「了解」

 手元にリリアを引き寄せて、セイは気楽に返事をする。その横で、アレクシアとディクトールはそれぞれに呪文を唱え始めた。

「深き眠りは神の祝福。ラリホー」
「汝の体は眠りを欲す。ラリホー」

 アレクシアの唱えた呪文に、ディクトールは目を見張る。思わず振り返って見たアレクシアはそれにさえ気づいていない様子で、眠りこけた客たちを前に深々とため息をついていた。
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