ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
20ページ/39ページ

28.テドン

 ランシールの港に死体が流れ着いた。それもかなりの数が。
 それだけなら、そこまで大騒ぎすることではなかった。近郊で船が沈めば、船の残骸とともに死体が流れ着く、なんてことはままある事だからだ。
 問題だったのは、その死体が対岸にあるテドン自治領国の元首の衣装を着けていたことだった。
 テドンでなにがあったのか?
 テドンは、かつてネクロゴンド王国の物流を一手に担っていた海洋都市で、ネクロゴンド王国壊滅後は独立し、対バラモスで非常に高い警備体制を整えていた。金にものをいわせて傭兵を雇い、一都市としては考えられないほどの軍備を揃えていたはずだ。
 人間の軍が動いたなら噂くらいは届く。
 第一あんな島国、海洋国ならまだしも陸に活路を見出だした国がこの時期にわざわざリスクを犯して手に入れたいとも思わないだろう。
 ざわめくランシールの港が静まり返ったのは、テドンから広がる真っ赤な雲を認めたからだった。
 その時彼等は悟ったのだ。
 テドンの陥落と、それが何物によって成されたものかということを。

 ランシールは急遽議会を召集した。テドンに救援の手を差し延べるなら、一刻の猶予もない。しかしその救援を、必要とする者がいるのかどうか…
 魔物が巣くう海。本拠地であるネクロゴンド半島。
 危険を侵すよりは、まず自国の防衛に専念するべきではないのか?

 重たい空気が議場を流れた。防衛に専念するといっても、相手が魔物ではどれほどの効果があるものか…

「防衛をするにしても、相手の状況を知るのが第一でしょう」

 議場の空気を押し流すが如く、会場に現れた一団がいた。既に武装に身を固めた5人の若者だ。本来なら、議場へ武器の持ち込みは禁止されている。眉をひそめた議長に、黒髪の少年――否、少女が前に出て発言を求めた。

「非常時故、非礼をお許しください。わたくしは、アリアハンのアレクシア・ランネス。この冬の間港に船を…」
「知っておる」
「え…?」

 アレクシアの言葉を遮って、議会の檀上から響いた声に、一同は呆然とそちらを見た。
 檀上も檀上。議長席から立ち上がり、アレクシア達5人を見下ろすのは、ランシールに入港した冬の日、一行が船を預けたあの老人だった。マルロイは、彼を「海の長老様」と言っていた。

「あの爺…」
「ただの工夫じゃなかったのかよ」

 レイモンドとセイの呟きを耳聡く聞き付けたのか、ぎろりと老爺の目が光る。
 目を反らして口を閉ざした男達の代わりに、アレクシアは老人を見上げた。

「わたしたちの船はもう動かせますか」
「当たり前じゃ」

 ふん、と鼻を鳴らす老人に、アレクシアは満足そうに頷いた。

「テドンの調査にはわたしたちが向かいます。ご存知の通り、戦いも貴方方より慣れている。癒し手も揃っています。救助が必要ならランシールの名で行いましょう。報酬は船の修繕費用。悪い話ではないはずだ」

 に、と笑うアレクシアの後ろで、セイがぴゅうと口笛を鳴らした。
 この闖入者の提案に、議場に集まった男達はざわめき、副議長は馬鹿々々しいと吐き捨てた。しかし議長は、さも面白そうに大声を上げて笑い出したのだ。

「気に入った。さすがはアリアハンの勇者、オルテガの子だ」

 議場に、別のざわめきが生まれる。

「ルザミの海賊どもとエジンベアを同盟させたのもおまえの差し金だそうだな」
「はい」

 ざわめきは、さらに大きくなった。

「バラモスを倒すか」
「はい」

 ざわめきは、歓声に変わる。
 老人は満足そうに頷いた。書記官に何事か指示し、一通り目を通すと指輪で印を捺した。

「持っていけ。ランシールは勇者アレクシアに常に港を開く。水も食料も、存分に持って行くがいい」

 ほれ、と檀上から無造作に放られた書簡を、レイモンドがキャッチする。片目をつむって、レイモンドはそれを懐にしまった。

「それから、テドンに生き残りがいれば、保護する用意がある」

 生き残りが、いれば

 その可能性は、ほぼゼロに等しい。

 アレクシアは議場を見上げ、それから深々と頭を下げた。
 顔を上げたアレクシアは再度議場を見渡した。
 議場の男達は息を飲む。この数ヶ月、酒場での彼女しか知らない者が見たら、本当に同じ人物かと我が目を疑ったことだろう。
 顔を上げたアレクシアの表情はまさに戦士のそれ。たかだか16歳の小娘が見せられるものではない。

「では」

 仲間を率いて静かに議場を出ていく少女が見据えるもの。
 それは、覚悟だ。

 死を見つめ、乗り越えていく者の。





 ランシールに着いたときの何倍もの人員を裂いた出向準備は瞬く間に整い、昼をまわる前にアレクシア達5人は3ヶ月振りに海上の人となった。
 別れ際「しっかりおやりよ」と抱きしめてくれた女将や、10年来の友人のように親しく過ごした人々に手を振るアレクシア達4人を、レイモンドは少し離れた場所から冷めた目で見つめていた。

(ふんっ。くだらねぇ)

 家族ごっこはよそでやれ、と思う。母親の温もりが恋しければさっさとアリアハンに帰ればいいのだ。
 アレクシア達がいるのとは逆の船縁に立ち、水平線に立ち上る煙を睨み付ける。そこにテドンがある。テドンを滅ぼした魔物の一団も、まだいるかもしれない。
 またしてもオリビアの岬行きが先延ばしにされたことに、少なからず苛立ちを感じているレイモンドだ。それは、オリビアの岬に目的があるからではなく、自分の意見が退けられ続けているからだ。サイモンの遺志だの、バラモス討伐だのといったことは、初めから船に乗り込む口実でしかなかったのだから。

(そうさ。どうだっていい)

 自分に言い聞かせるように胸中に呟く。それでもレイモンドの瞳はテドンを壊滅させた魔物の本拠地があるであろうネクロゴンドの山頂を憎しみの炎を揺らし睨み付けていた。



 船は風を捕まえて快調に滑り出した。あっという間に見送りの人々が小さくなり、ランシールの港が遠ざかる。

「しかし驚いた」

 ランシールを見詰めるアレクシアにセイはにやりと笑って見せた。

「なにが」
「おまえも言うようになったと思ってさ。あそこで迷わず”はい”って言うとは思わなかった」

 ぐりぐりと、無骨な掌がアレクシアの頭を撫でる。

「意外と商売向いてんじゃねぇか?」

 商売にせよ、政治にせよ、まずは素面ではったりを利かせることから始まる。
 バラモス討伐を掲げて旅に出た割にアレクシアがそれを口にしないのは、彼女自身がバラモス討伐をお伽話のように感じているからだとセイは知っている。鎖国を続けていたアリアハンはもとより、これまで魔物の驚異らしい驚異に遇っていない。魔王が存在する兆候等、実際目にしたことがないのだ。
 だからセイはランシールの議場で「バラモスを討つのか」と問われたとき、アレクシアが何の躊躇もなく頷いたことに少なからず驚いていた。

「あそこでは、ああ言うほかないだろ」

 セイの手を退けて、アレクシアは拗ねたように口を尖らせた。
 潮風が髪を乱す。顔にかかる髪を払った姿勢で、アレクシアは「それに」と呟いた。視線の先には、レイモンドとテドン半島の島影。

「それに、今ならバラモスがなんなのかわかる気がするんだ」

 呟いたアレクシアの視線を追い、セイは目を細めた。
 今もなお、憎々しげにテドンの方向を見遣るあの男は、実際に「魔王」の驚異に触れてきたのだろう。彼の心中は想像するしかない。セイの故郷も家族も、今も変わらずアリアハンで生きているのだから。
 セイは黒く濁る空を見上げて、小さく「そうだな」と呟いた。



 海流に乗った帆船は、風にも恵まれ翌日にテドンのある半島に到着した。
 停泊させた船の中で朝を迎えた一行は、いくつもの支流から慎重に流れを選び、小船を漕いでテドン領に入る。
 アレクシア達はテドンの町に到着したのは空と海が赤と濃紺に染め分けられた頃だった。

「綺麗…」

 足を止め、思わず魅入るリリアの呟きに、アレクシアも足を止める。
 飲み込まれそうな空の色。
 海と空の境界が曖昧で、そのままどこか別の時限に溶けてしまいそうだ。
 綺麗は綺麗だが、綺麗過ぎて恐ろしい。身震いするかのように頭を振り、アレクシアはリリアの腕を取った。

「行こう」

 先頭を行くセイ達との間が随分開いてしまった。それにこのまま留まっていては、領域を拡げる濃紺の影に飲み込まれてしまいそうだ。
 残念そうな表情を見せるリリアを急かすように、手を繋いで歩き出す。踏み固められた足元は、町が近いことを告げていた。
 事実、それから大して歩かないうちに、一行はテドンの町にたどり着く。たどり着いたそこは、明々と松明が焚かれ、物々しい武装に身を固めた兵士が守る町だった。

「ここが、テドン…?」

 5人は我が目を疑った。ランシールで想像していたテドンとは随分状況が違う。夜衛の様子からして厳戒体制なのはわかる。けれど町の人々は、いつもと変わらぬ生活をしているように見えた。
 夜だというのに店は営業しているし、女子供年寄りに至るまで通りを闊歩している。

「どうなってんだ…」

 顔を撫で上げセイが唸る。襲撃があった。それは確かだ。でなければ、流れ着いた死体と空を埋めた煙の理由がつかない。

「思ったほど酷い襲撃じゃなかったんじゃない? だってほら、みんなあんなに明るく笑ってるじゃない」

 襲撃があったなら、少なくない人数の犠牲が出たはずだ。松明に照らされる町の建物はそこかしこが焼け焦げ、痛んでいる。建物には被害が出たが、人的被害は少なかったのだろうか?

「まぁ、ここでこうしていても仕方がない。話を聞くにしてもどこか入らないか」

 レイモンドが顎をしゃくった先に、賑わっている様子の酒場が見えた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ