ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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27−3'−8

 日に日に、日差しは温かく、風は優しくなっていく。
 もともと島の周囲の海流は暖流で、穏やかな気候のランシールだが、確実に冬の気配は去りつつあった。

 アレクシアとセイは変わらず酒場の用心棒を続けながらも鍛練に費やす時間を増やすようになっていたし、他の面々もただ漫然と日を過ごしていたのではない。それぞれが、来るべき旅立ちの日にそなえ、それぞれの準備を進めていた。

 もちろん、若い彼等のこと、それだけに青春の貴重な時間を使っていたわけではないが―…

「別に今更どうこう言うつもりはないんだけどさ!」

 リリアの部屋の前、扉の外壁に背中を預け、腕を組んだ姿勢でアレクシアは呻いた。その顔は耳まで赤い。

「なら言わなきゃいーじゃん」

 唐突に開いた扉にバランスを崩し、脇に抱えていた本を落としかける。
 むっとして見上げた親友は、これまた輪をかけて不機嫌そうな顔でアレクシアを見下ろした。

「邪魔」
「んなっ!」

 狭い通路上の問題か、はたまた状況についてのコメントか。いずれにしろ不本意窮まりない言われようだ。
 突っ掛かっていこうとしたアレクシアは、ふとセイの着衣の乱れに気付いてしまい、その意味することに沸点を越えた。

「アレクのえっちー」
「なっ、ばっ、変な事言うな!」

 鼻で笑って、セイはアレクシアの耳元に囁く。いたたまれないとはこのことだ。指摘された通り、無粋な想像をしてしまった後ろめたさも手伝って、反論する声も小さい。
 逃げ場所を求めるように、アレクシアは半ば自棄で室内に向けて声を張り上げた。

「リリアっ!」
「今行く〜」

 リリアががさごそと動く音すらも、想像を助長するだけで始末が悪い。
 自分の前ではへらへらしているか戦っているだけの幼なじみが、いったいどんな顔でリリアに愛を囁くのかと思うと興味がある。全く想像がつかないのだ。そも、アレクシアがセイを異性としてみていないから、それも当然かもしれない。

「あんだよ」

 じっと見詰めていたらしく、不機嫌そうにセイが身じろぎした。

「別に」

 答ながらも、相変わらずアレクシアはセイの観察を続けた。
 そういえば意外とモテてたな。
 優しい…? かもしれない。顔は…。見慣れすぎて、今更容姿をどうこう言う気にもならない。第一基準がわからない。どういう男なら、いい男というのやら。

(まぁ、リリアがいいならいいんだけどさ)

 内心で一人納得する。うんうんと頷いていると、気味悪そうにセイがアレクシアを覗き込んできた。

「ほんと、おまえどうしたの?」
「なんでもないよ?」
「ないこたないだろ」
「じゃあ、バカ」
「はぁ?」

 唾がかかりそうな距離で眉を上げたセイを、今度はアレクシアが「邪魔」と横に退けた。

「喧嘩売ってんなら買うぞ?」
「何やってんの?」

 顔を引き攣らせてセイが笑ったとき、調度部屋からリリアが出て来た。こちらはさすがに、髪も衣服もきちんとしている。

「なんでも。行こ?」

 リリアが持っていた重たい魔道書をひょいと持ち、空いた手でリリアの手を取って歩き出す。

「下で女将さんがスコーン焼いてくれてる」
「わ♪ やったー!」

 まるでアレクシアの手柄の様に、リリアはアレクシアに抱き着いた。
 少女二人はじゃれ合いながら楽しそうに階段を降りていく。
 一人残されたセイは、詰まらなさそうに数歩前を行く幼なじみに声をかけた。

「アレクー、喧嘩売ってもいい?」
「やだ」
「だよね…」

 はぁー、と息を吐くと、セイはとぼとぼと二人の後に続いて階段を降りていった。



 食堂兼酒場にはスコーンの焼ける香ばしい香が漂い、カウンターからは女将が笑顔を覗かせる。この数ヶ月ですっかり女将を慕うようになった少女達は、ごく自然にお茶の準備を手伝った。
 セイはカウンターに頬杖を付いて、明るい笑い声を上げる少女達を見つめていた。

(あれが、あいつの本当のカオなんだろうな…)

 いつも張り詰めた表情をしていた。声を作って、笑い方ひとつにしても、低く抑えるように。
 旅に出て、良かった。着いて来たことは間違いじゃなかった。
 少なくとも、あのままアリアハンにいたら、セイは一生アレクシアのこんな笑顔は見れなかっただろうし、アレクシアも、本来の自分の姿を取り戻すことは出来なかったはずだ。
 それから…―
 セイは家具の影に見え隠れする、ふわふわした銀髪を見つけ、目を細めた。

(ありがと、な)

 アレクシアが少女に戻れたのは、リリアがそばにいたからだろう。リリアを見ていたから、アレクシアは女の子というものを自覚できたのに違いない。
 セイにとっても、リリアという少女は掛け替えのない存在になった。一緒に旅を続けなければ、一人の女をこれほど想うこともなかったかもしれない。
 視線に気付いたのか、リリアがこちらを見た。にこりと笑って手を降ってやると、僅かに頬を赤らめる。きちんと気持ちを伝えてからは、こんな小さな、それでいて顕著な反応が、かわいらしくて仕方がない。

「ナニヨ」

 拗ねたような口調も、つれないそぶりも、すべてが照れ隠しだと知っている。

「別に? 腹減ったなー」

 内心では別の事を考えているなんて、口が裂けても言えない。例えば、「食べちゃいたいのは可愛いリリアだ」なんて、言ったら彼女はどんな顔をするのだろう。
 二人きりの時になら、試してみてもいいかもしれない。そう。今夜辺り。

「や〜らしい笑い方」
「そうか?」

 にやにや笑いを引っ込めて、紅茶を持ってきたリリアに、さも心外だと目を丸くしてみせた。眉をしかめたリリアに、さすがに芝居が過ぎたかと小さく舌を出す。

「そうかも」
「え?」

 カップを置いて去っていこうとする手を、セイはすかさず捕まえた。リリアが呆気にとられているうちに、その手を両手に包み込み、素早くキスをした。
 目を真ん丸くして驚くリリアに、セイはふっと優しく笑った。

「なんなんなん」

 言葉を覚えたばかりの赤ん坊の様に、口をぱくぱくさせるばかりのリリアが、ようやく理性と感情に折り合いを付けて、抗議の言葉を見つけた時、酒場の入口が、けたたましく開いた。

「セイはいるか!?」

 扉を開け放ち、大声で呼ばわったのは港で働く馴染みの客だ。男のただ事ではない様子に、セイとリリアは顔を見合わせた。

「どうした?」

 カウンターに座るセイに気がつくや、男はほっと安心した表情を見せたが、まだまだ顔色は蒼白に近い。カウンターの奥から、何事かとアレクシアやリリアばかりか店主夫婦までもが姿を見せた。

「とにかくみんな来てくれ! 大変なんだ!」

 事情説明を求めようにも、男を落ち着かせるだけ無駄な時間を食いそうだ。アレクシアとセイは頷きあって、男に案内を求めた。

「リリア、レイとディに知らせて」
「教会にはグランが行ってる!」

 同じく馴染み客の一人だ。ということは、港で怪我人でも出たということか。

「急ごう!」

 頷きあって店を出たアレクシアは、港のある南の空を見て凍り付いた。

 空が、燃えていた。
 あの日の記憶を呼び覚ます、赤く、まがまがしい大気の色。

「アレク!」

 鋭い叱責にはたと我に帰る。
 記憶を振り切るように、アレクシアは走り始めた。どれほど強く地面をけろうとも、体か前に進まない。なにか邪悪なものが、アレクシアの体に纏わり付いているような、そんな錯覚に捕われながら…
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