ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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27−3’−7

 翌朝、レイモンドを除いたアレクシア達4人は、ディクトールの案内でガイア神殿大聖堂を訪れた。
 街の中心にあるものと思われていた大聖堂は、街の外れ、森の中にひっそりと佇んでいた。
 ガイア信仰の中心であるはずだが、人の出入りは全くと言ってよいほどになく閑散としている。
 4人は互いに顔を見合わせ、意を決して大聖堂の門をくぐった。

「!?」

 いつか感じた不思議な感覚に襲われ、思わずよろめいたアレクシアの肩を、ディクトールが抱き止める。

「ディ…、わたし、いま…」
「大丈夫だよ」

 あの時は擦り抜け、この手の届かないところに行ってしまった少女を、今度こそ離すまいと、ディクトールはアレクシアの肩を抱いたまま歩みを進めた。
 大聖堂の中は、壁一面に色硝子やタイルで装飾を施されており、奇しくもディクトールが教会で見つけた古文書と同様の物語が描かれていた。
 圧倒されるほどのスケールで展開される神話、伝説。聖堂の真ん中に立ち、しばし4人は壁画に見入っていた。

 享楽と背徳の町、ソドム。
 滅びを予告する御使い。
 心正しき者達を光へ導く黒髪の若者。若者のそばには、予告の御使いの姿がある。
 輝く金色の髪、静かな海の如き翠碧の瞳。雷光を思うがままに操るその姿。
 凛々しき乙女の手には六色の宝玉。真白き巨鳥が甘えるように、少女の許に付き従う。

「エルシア…」
「え?」

 呆然と呟いたアレクシアの言葉に、三人はアレクシアを見た。驚いたことにアレクシアは、表情を変えぬまま、頬を涙で濡らしている。

「あ、アル?」

 ためらいがちにリリアに呼ばれてはじめて、アレクシアは自分の流す涙に気がついた。

「大丈夫?」
「うん。平気」
「どうしたのよ」
「ん」

 涙を拭ってリリアを見る。驚き半分、心配半分のリリアの顔。多分セイもディクトールも同じような顔をしているのに違いない。
 何を躊躇っていたのだろう。ここにいるのは、生まれてからこれまで、自分の秘密を守り、共に育って来た親友だ。明日さえ不確かな旅に同行すると言ってくれ、共に戦い生きて来た仲間だ。
 自分自身でさえ完全には信じ切れないこの記憶と感情だが、仲間に不安を与えるくらいなら話してしまったほうがいい。
 アレクシアは小さく微笑んで、リリアの腕に腕を回した。体格差からアレクシアにリリアが寄り掛かっているように見える。けれど精神的には、この時寄り掛かっていたのはアレクシアの方だった。

「わたし、この絵の人を知ってる」

 絵を見上げ、アレクシアは語り始めた。

「アッサラームではじめてこの人の夢を見たの。破壊の夢。この絵に描いてある通り…」

 不意にアレクシアはディクトールを見た。見られたディクトールはどきりと動きを止めてアレクシアを見つめる。否、見とれた。アレクシアが浮かべる女神の如き柔らかな笑みに。

「ごめん。ディの手を払ったのはミトラが怖かったから」

 ディクトールにはまだレイモンドから聞いた話をしていない。慌てたセイが二人の間に割って入ろうとしたが、それより早く、ディクトールは言葉を口にしていた。いつも穏やかな表情を浮かべている神官は、怖いくらい真面目な表情でアレクシアを見詰める。

「…ミトラが、世界を焼いたから」

 問い、というよりは確認。
 ディクトールの中ではひとつの仮説がより真実みを帯びて結実しようとしていた。

「きみは、その光景を知っているんだね?」

 セイとリリアが息を飲んで見守る中、アレクシアはゆっくりと頷いた。

「夢の中で、わたしはエルシアと呼ばれていた。ミトラが滅ぼそうとする世界から、人々を逃がそうとしていた」

 壁画は、白い巨鳥が背に人々をのせて空の彼方に飛び去っていくところで終わっている。アレクシアの、語るままに。

「これは偶然? わたしは何?」

 アレクシアの笑みが崩れた。両手で耳を塞ぎ、床を睨み付けた両目からははらはらと涙が零れた。

「最近変なの! おかしいの! 頭の中にもう一人、わたしじゃない誰かがいる!」
「アル…」

 抱きしめようと手を延ばし、ディクトールが一歩足を踏み出した、その時

「それこそが、汝が導かれし者である証。勇者よ、お待ちしておりました」

 全員がその声の主を振り返り身構えた。
 どこから現れたのか、祭壇の真ん前に、青と白を基調にした見慣れない神官服を着た男が立っていた。

「オレが気配に気付かなかっただと…?」

 唇を噛み、小さく呻いたセイに、男は微笑む。その表情は、稚児の遊戯を見る親のそれに近い。
 男は四人を見、おや? とわずかに眉を上げた。しかしそれも一瞬のことで、すぐにもとの穏やかな顔に戻る。

「勇者が現れたということは…」

 男は壁画の一点を見つめ、口の中で何事かを唱えた。おそらくは、彼が信じる神の名を。

「急がねばなりません。あなたがたは急ぎ残り4つのオーブを集め、不死鳥ラーミアを蘇らせるのです」
「ラーミア?」

 セイの疑問に、ディクトールが壁の鳥を指差した。

「精霊神ルビスの化身とも言われている。心正しき者のみ、その背中に乗せるらしい」
「異端の信徒にしては、よく知っている」

 男は薄く笑い、ディクトールの説明を引き継いだ。

「バラモスの居城には結界が張り巡らされ、いかな勇者といえど生身でこれを越えることは不可能。ラーミアの翼無くして、たどり着くことは叶いません」

 四人は顔を見合わせた。いきなり現れた男の言葉をほいほい信じるほど、素直には出来ていない。

「持ってるか?」
「ああ、ここに」

 肩掛け鞄に貴重品だけ入れて持ち運んでいる。アレクシアが取り出したのは赤と青の宝玉。

「僕が調べた古文書にも、オーブと鳥は出て来た」

 男の存在そっちのけで、四人は思案を巡らせる。
 夢と、絵。古文書の記載。それだけとっても、彼等は結局オーブの行方を追ったに違いない。バラモスに辿り着くために必要だというなら、いずれは至る道だ。

「レイはネクロゴンドに渡るためにオリビアの岬に行くって言ってなかった?」

 リリアの発言に、ディクトールは怪訝そうな顔を上げた。レイモンドの名を聞くと、ディクトールの表情がわずかに強張ることを、セイとリリアは気付いていた。

「レイが? いつ?」
「あー。うん、あのね」

 リリアの不用意な発言に、ディクトールの隣でセイは顔を覆った。

「昨日来たんだ。おまえが来る前に。神さんがどうのこうの言ってたんで、話づらくてな。ま、杞憂だったわけだが。すまん」

 謝られ、話は終わりとばかりに肩を叩かれては、それ以上食い下がることも出来ない。「そう」と納得した風に頷きはしたものの、自分がいない時間帯を狙ってやってきたのであろうレイモンドの深意を考えずにはいられなかった。

「オーブはおいおい探すにして、取り敢えず場所がわかってる岬に行ってみる、でいいんじゃないか? もともとそういう約束だったんだしさ」

 アレクシアの言葉に、三人はそれぞれ頷いた。
 赤と青。偶然手に入れたが、残り4つのオーブの行方は全く影すら掴めていないのだ。この世界のどこかにはあるのだろうとして、あまりに漠然としすぎている。

「なぁ! なにかヒントはないのか?」

 振り返ったセイは、大きく眼を見開いた。そこにいたはずの男は、現れた時と同様に気配も感じさせずに消えていたのだから。

「マジかよ…」

 アレクシア共々顔を見合わせる。気配がなかったのだから、幽霊や幻の類だったのかもしれない。ならばいきなり現れたり消えたりするのも道理だが、幻なら会話が成立していたのはおかしい。

「幽霊…」
「やめろ」

 両手を起立した犬の様に前に垂らし、おどろおどろしい表情を作って迫るセイの手を、アレクシアはぴしゃりと叩き落とした。イシスのピラミッドでもそうだったが、その類の話はあまり得意ではないのだ。わかっているから、セイもからかっているのだが。

「ったく…」

 にやにやしているセイを一睨みして、アレクシアは祭壇に近づいた。どこかに隠し扉があるとか、魔法の装置が隠されているかもしれないではないか。

「ん?」

 祭壇の上に、不思議な光沢を放つ横笛があった。

「山彦の笛…?」

 見慣れない文字で彫り込まれていた。手にとると、ひとつの旋律が頭に浮かぶ。吸い付けられるように唇を寄せると、自然に指が動いた。
 4つの音から成る簡単な旋律。
 唇を離しても、音は暫く鳴り響いた。山彦を返すように。
 音が見えるとしたら、笛から出た旋律はセイが持つオーブを震わせた後、無くした破片を求めるように四方に散って行った。行方を追うことが出来るなら、残りのオーブに辿り着けるのではないだろうか。

 祭壇の上と下で、仲間達はしばらく無言で見つめ合った。
 取り敢えず、オーブの行方を探すめどはついたらしい。

「で、他になんかあったか?」

 ぐるりと祭壇を調べて首を降る。そこではたと、アレクシアは気がついた。

「やっぱ幽霊…」
「わーーーーーー!」

 単語自体聞きたくない。にやにや笑うセイの声を自分の大声で掻き消して、祭壇から慌てて飛び降りた。

「だーれかさんの後ろにお化けがいる♪」

 いじめっ子かと呆れるリリアをよそに、嬉しそうに歌いながらセイは出口に向けて猛ダッシュをかけた。後ろを、それに勝る勢いでアレクシアが追い掛ける。

「セイ! 待て!」
「待たないよーだ♪」

 アレクシアの方が足が早いから、そう長い時間鬼ごっこは続かないだろう。
 街の中心に向けて走っていく二人を、残されたリリアとディクトールはやれやれと肩を竦めて見送った。
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