ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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「そういえばさ」

 昨日の馬鹿騒ぎが祟ったのか、その日の客足はまばらだった。
 暇そうにカウンターに肘をついていたリリアは、傍らであくびをしているセイに話しかけた。

「ん〜?」

 眠いのか、返事もどこかはっきりしない。

「あたしたちって、ここの大神殿とやらに用があったんじゃなかったの?」
「あ」

 船をドックに入れ、春になるのを待つ。それが一番の目的だったが、それだけならわざわざランシールまで来る必要はない。
 大地神ガイアの大神殿で、勇者を求めているという噂があると聞いたから、ここを冬の逗留場所に選んだのだ。
 到着早々の混乱ですっかり忘れていたのだが、ディクトールを除いて誰も教会や神殿の類には顔を出していない。

「そういやそうだな」

 顔を見合わせ、セイとリリアはうんうんと頷き合った。

「明日あたり行ってみようか」
「だな」

 場所もどこかよくわからないが、大神殿というのだから、有名な建物だろう。人に聞けばすぐにわかるはずだ。

「じゃ、アルにも言って…」

 話は終わったとばかりに離れようとしたリリアの手を、セイはとっさに捕まえた。自分でもそんな行動をとってしまったのが意外らしく、ばつ悪そうに視線をさまよわせる。ちら、と、周囲に人の目がないことを確認して、ぼそりとつぶやいた。

「…体、平気か?」

 顔を赤くしてそんなことを聞かれたリリアのほうはもっと慌てた。耳まで真っ赤になって。しどろもどろに答える。まだ、体の奥に鈍い痛みが残っているのだが、まさかそんなこと正直に話せるわけがない。

「う、うん。へいき…」
「そっか」

 ほっと息を吐く。互いに赤い顔を見合わせ、ぎこちなくほほ笑む。ここで何も言わなければ初々しい恋人同士の会話で済んだのだが、

「処女なんて久々だからどうし痛ぇ!」

 勿論最後まで言えるはずもなく、盆の形が変わるほどの勢いで、セイはリリアに殴られた。

「サイッテー」

 音に驚いてアレクシアは厨房から顔をのぞかせたが、いつものことかとそのまま奥に引っ込んだ。

(まったく…懲りないんだから…)

 大方セイが又余計なことを言ったのに違いない。仲がいいのは結構だが、こうもちょくちょくリリアを怒らせているところをみると、セイには妙な性癖でもあるのではないかと疑いたくなってくる。

「もう!」

 我関せずを決め込んで、鍋磨きをしていたアレクシアは、さも聞いてくれと言いたげに背後のスツールに腰をおろしたリリアにやれやれと息を吐いた。

「どしたー?」
「セイのやつ、デリカシーってもんがないのかしら!」
「まー、今日に始まったことではないかな」

 鍋の曇りが取れたことに満足そうに頷く。

「ねぇ、アル。セイって…」
「んー?」

 次は何を磨こうかと、厨房の中を見渡した。

「彼女とか、居たのかしら?」
「は?」

 手にした鍋を落としそうになった。慌ててリリアを見てみれば、何やら赤い顔に涙をにじませている。

「どどどどうしたの?」

 リリアの笑顔に迫られるのは苦手だが、泣かれるのはもっと苦手だ。
 おろおろとリリアの顔を覗き込むばかりで、どうしていいのか皆目見当もつかない。

「セイが何かしたの? あいつっ!」
「待って」
「え?」
「違うの。ちょっと悔しくなっただけ」
「…?」

 さっぱり、わからなかった。

「あ〜、らしくないわね」

 顔にかかる長い髪を後ろにかき揚げ、顔を上げたリリアは、もう泣いてはいなかった。

「…どうしたの?」

 神妙な顔つきで、アレクシアはリリアの前に膝をついた。いかにも女の子らしい細い手を、両手でそっと包み込む。
 リリアはちょっとだけ、困った顔をした。

「アルはさ、男の人を好きになったことある?」
「え、っと…」

 リリアの言っている「好き」の意味は、ここでは家族や友達に対するそれではないだろうことぐらい理解できた。はぐらかしていい状況ではないということも。
 困惑し、言葉につまるアレクシアに、リリアはくすりと笑った。

「ごめん。変なこと聞いて」
「…ううん」
「また今度、教えて?」
「…う、うん」

 リリアは汚れた天井を見上げた。

「あたしはさ」
「うん」
「最近ちょーっとセイが好きかなって。ばれてた?」
「うん」
「そうよね。で、昨日」

 そこでリリアは言葉を切って、恥ずかしげに周囲をうかがった後で、アレクシアの耳元に顔を寄せた。
 告げられた内容にアレクシアは瞬きを2回して、更にリリアが元の姿勢に戻ってから一拍置いてばばっと体を引いた。さすがに叫びはしなかったものの、自分の口を押さえている。他人事だが、顔は真っ赤だ。

「……え?」

 リリアも真っ赤になりながら、こほんと咳払いをして「そうなのよ」と頷く。

「や、別に後悔とかしてるんではないのよ? 昔のことだって、気にしたって始まらないもの。ただ、なんていうの? 単に悔しいなーと思って。向こうは余裕綽々なのに、こっちばっかり初めてでさ。セイのくせに」

 言わんとしていることは、なんとなくわかるような気がする。
 真っ赤になってそっぽを向くリリアを、アレクシアはかわいいと思った。

「おめでとう。よかったね」

 「えぇぇ」と顔をしかめたリリアだったが、アレクシアの笑顔を見て、照れくさそうに頬を緩めた。

「うん。ありがと」
「わたし、リリアの味方だからね」

 手と手を握り合って、幸福そうに少女たちはほほ笑む。

「アルのときも応援するからね!」
「え? えええ?」

 何を? と聞くほどには初心ではない。真っ向から否定することもできずに、アレクシアはただどぎまぎと、少し大人びてみえる魔術師の少女を見つめるだけだ。否定しなかっただけ、自分も大人になったような気がする。
 見つめ合い、どちらからともなく笑みがこぼれる。くすくすと額を寄せて笑い合った。

「なにを?」
「うわぁ!?」
「きゃあ!!」

 突然かかった声に、思わず抱き合って飛び上がる。声をかけた方も、まさかここまで驚かれるとは思わなかったので驚いている。

「デ、ディ!」
「脅かさないでよ!」
「ごめん。でもびっくりしたのはこっちだよ」

 いつからそこにいたのだろう。柔和な笑みを浮かべた神官が、カウンターから二人の様子をうかがっていた。

「ずいぶん楽しそうだね。何の話?」

 アレクシアとリリアは互いに顔を見合わせ、ふるると首を振った。

「なんでもないの。それよりちょうどよかったわ。話があったの。アルも聞いて。明日の朝、ガイア大聖堂に行かない? レイも一緒に―…」
「あいつを連れていく必要はない!」
「ディ…?」

 吐き捨てる、という表現が相応しいような言葉だった。アレクシアとリリアは訝しげにディクトールを見た。言ってしまった当のディクトールも、自分の言葉に驚いたように息を飲む。

「あ、いや、その…」

 意味のない言葉を並べて、言い訳を探す。

「どうせ、興味ないだろうし。どこにいるかわからないんじゃ、連絡の取り様もないだろ? だから…」
「そ、それもそうね」

 なんともばつの悪い雰囲気が、カウンターの間に流れる。

「店、混んで来たかしら? ディ、ゆっくりしていって。じゃ、後でね」

 リリアは、わざとらしく声を上げ、そそくさとその場を離れてしまう。立ち去り際、アレクシアも来いと目配せしたが、アレクシアは目を伏せてそれを断った。
 カウンターを挟んで、アレクシアとディクトールとの間に気まずい沈黙が流れる。
 沈黙を破ったのはアレクシアだった。

「ディ…」

 ゆっくりと歩み寄り、カウンターごしに幼なじみを見上げる。

「疲れてる?」

 診療所と教会での勤めの他に、色々調べ物を引き受けてくれている事は知っている。よく眠れていないのではないだろうか。よく見ると、今日も目の下にうっすらとクマが出来ていた。

「もし辛いなら、明日はわたしたちだけでも…」

 頬も、心なしかこけているような気がする。無意識に延ばした手が頬に触れる寸前で、ディクトールは身を引いた。

「大丈夫。行けるよ」

 作りものの笑顔。

「ディ…?」

 仮面で覆っていなければ、醜い本性があらわになってしまいそうだ。
 日に日に女の顔になっていくアレクシアに、これまで同様なんでもない顔で側にいるなんて出来そうもない。
 あの男の名前を聞くだけで、こんなにも胸が騒ぐのに。黒い嫉妬の炎が、ディクトールもアレクシアも、焼き尽くしてしまいそうだ。

「ごめん。お腹ぺこぺこなんだけど、なにかすぐ食べられるものない?」
「あ、うん。すぐ用意する」

 自分の気持ちに素直になれば、この先アレクシア達とは一緒にいられない。
 それだけは避けたい。

(このままじゃ、だめだ…)

 煩悩を捨て、人を悟りの境地に至らせるというダーマ神殿。
 清めの河ラーチャに身を浸し、霊峰ガナルで過ごすことで、人は悟りを得るという。
 なにをして、悟りというのかは解らない。少なくとも、ここでこのまま悶々としているよりはマシなはずだ。
 湯気を上げる料理を皿に盛りつけるアレクシアを見詰める。振り返る彼女に微笑み返して、ディクトールはこの冬の過ごし方に考えを巡らせていた。
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