ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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 翌日の仕込みの手伝いをしながら、女伊達らに用心棒などやっていて良いのか、という女将の心配――小言――に小一時間付き合い、腕には覚えがあるのだという話を信用させるために庭で剣舞をする羽目になり、ようやく開放されたのは、いつもなら寝床にもぐりこんでいるような時間で、アレクシアは心身ともに疲れ果てて部屋に戻った。
 ここまで疲れたのは、イシスの砂漠を旅していたとき以来ではなかろうか。

「う〜。疲れた。セイ聞いてよ」

 離れの物置を改良した室内に明かりはともっておらず、相棒はもう眠ってしまったのかと粗末な寝台をうかがう。

「セイ?」

 寝台と寝台の間を布で仕切っただけの相部屋にセイの姿は見当たらず、アレクシアは首をかしげた。
 このあたりで一番遅くまでやっているのはアレクシア達のいる店だ。酒場の火はもう落としてしまったし、セイの姿は見当たらなかった。
 最近はそうでもなかったのだが、大きな町に行けばふらっといなくなるセイのこと、またそのたぐいの店に行ったのだろうと、気にせず先に寝ることにした。
 まさか物置の窓から見える、母屋の天井裏にセイがいるとは思いもしないで。


 朝は、当然ながら酒場は開かない。昼をまわった頃から店内の掃除と料理の仕込みが始まり、セイは薪割などの力仕事、アレクシアは掃除、リリアは厨房の仕事を手伝うことになっている。
 前日が遅かったこともあり、アレクシアは珍しく寝坊をした。物置の窓を叩く音で目を覚ましたアレクシアは、寝ぼけた頭で窓にかかった布を上げた。

「レイ」

 寝乱れてぐしゃぐしゃになっているであろう髪を急いで撫で付ける。何度撫で付けても、ぴんとはねた寝癖は直らない。

「鎧戸くらい下ろしておけ」

 元が物置なので窓には碌な鍵もついていない。レイモンドでなくても忍び込もうと思えば簡単に入り込めるだろう。
 窓を上げて、レイモンドがひらりと中に入ってくる。

「セイは?」
「一緒じゃないの?」

 室内を見渡していたレイモンドは、アレクシアの問いに不機嫌そうに振り返った。

「いや」

 いないというのだから大方夜遊びにでも行ったのだろうが、なぜそれに自分も同行しているのかと思われているのかが不愉快だ。

「何か急用?」
「そういうわけじゃないんだが・・・」

 昨夜は結局何も話さずに酒場を後にしてしまったので、店が開く前に話しておこうと思ったのだ。

「店で待ってる」
「ああ。うん」

 出て行くレイモンドの背中が扉の向こうに消えてから、アレクシアはぼそりと

「帰りは扉から出て行くんだ…」

 どうでもいい感想を漏らしていた。



 アレクシアが店に出ると、レイモンドとセイが朝食をとっていた。
 おはようと声をかけると、セイは妙に疲れた様子で手を上げて応えた。

「おやおや、そろいもそろって遅いご起床だね」
「すみません。マダム」

 スープとパンを受け取って軽く頭を下げる。アレクシアが寝坊したのはこのご婦人のせいなのだが、そんなことは口が裂けてもいえない。
 セイの向かいに座り、早速食事に取り掛かる。

「アル、あとで中を手伝っとくれ。リリアは調子が悪いんだって言うんだよ」
「はーい」

 女将はいいながら意味ありげにセイをにらんだ。セイも苦笑いで女将に小さく頭を下げている。
 レイモンドはこのやり取りで状況を察したらしく、セイの肩に軽く拳を当てた。

「?」

 アレクシアはわけがわからず二人の男の様子を伺うのだが、「いいから早く食え」とセイに乗り出した頭を押し返された。
 セイは「疲れた」とは言っているが、基本その顔はにやけたままだ。本格的にわけがわからなくなってきた。取りあえず、黙ってスープをすする。

「女将さん、あとでいい。こいつら少し貸してくれないか」
「貸してほしかったら仕事を早く片付けちまうんだね!」
「わかった」

 厨房に声を返し、レイモンドはパンをかじる二人に悪びれもせずこういった。

「だそうだから、早く食えよ」
「手伝うとか言う発想はねぇのか」
「無い」



 宣言通り、レイモンドはアレクシアとセイの作業が終わるのを腕を組んで見ていた。
 レイモンド自身は自覚していないが、この時間にやってきたのには勿論わけがある。
 今の時間、ディクトールは診療所の手伝いで忙しく、酒場には現れない。それを知っていて、わざわざ昼間の時間を選んだのだ。
 結局、作業は昼近くまでかかり、ようやく起きて来たリリアを交えて四人は昼食を囲んだ。

「大丈夫?」

 顔色が悪いようには見えないが、体の一部を庇うように歩いているリリアに、アレクシアは心配そうに声をかけた。

「どこか怪我でもした?」
「えっ? ううん。大丈夫よ」

 慌てて否定する様子もなんだか変だ。

「そう?」
「うん」

 にこにこ。笑顔が追求しないでくれと告げていた。訝しみながらも、アレクシアは席に料理を運ぶ。昨夜女将に付き合いながらアレクシアが剥いたジャガ芋が食卓に並んだ。

「ディがまだだけど」
「いい。後で話しといてくれ」

 アレクシアの言葉を最後まで聞かず、レイモンドは話し始めた。
 その内容は、大体においてディクトールがひとりで調べたものと大筋は同じものだ。
 大地神ガイアがこの地に埋まっているわけ。ミトラが世界を滅ぼそうとした事。

「神様が?」
「ああ。ミトラはてめぇで作った世界に嫌気がさして、天変地異を一度に起こした。地震、噴火、津波。極め付けが自らが放った神の光だ。世界の中心にあったひとつの国家が消し飛んだ。穴の開いた世界が奈落に向かって落ちていくのを体を張って守ったのがガイアさ」

 まるで見て来たかのように詳細に、けれど感情の篭らぬ声で、レイモンドは淡々と話して聞かせた。

「そのガイアが支えになっているのがこの辺り」

 ぐるりと卓上に広げた地図に円を描く。
 ランシールを中心に、イシスの辺りまでが円の中に含まれていた。険しい山々に囲まれた、かつてのネクロゴンド王国も。

「バラモスの居城も?」
「ああ。ついでに言うと、ネクロゴンドの山頂に至るにはガイアの封印を解かなきゃいけない。その鍵となるのが、ガイアの剣だ」
「ガイアの剣?」
「て、いうか、待て。なんでガイアが封印?」
「そこまではわからん」
「なんだそりゃ。だいたい、信じられるのかよ」
「信じろよ」
「何を?」

 レイモンドは言葉を切った。たっぷり間を開けて、三人の目が自分に向くのを待つ。

「俺を」

 呆気に取られている三人が我を取り戻す前に、再びレイモンドは説明に戻った。

「で、思い出したんだが、ガイアの剣は親父が持ってたはずなんだ。家に無かった所を見ると、親父が持ち出したままなんだろう。と、言うわけで、次の行き先はここだ」

 トン、と人差し指を下ろしたのは地図の上真ん中あたり。オリビアの岬だ。
 船で直接ネクロゴンド半島に渡ろうとしていたセイも、これで文句は言えなくなっただろう。
 どうだ、とばかりにレイモンドは得意げに笑った。

「じゃあ、俺は帰る」
「どこへ?」

 地図を丸めて立ち上がったレイモンドにアレクシアが問う。もうじき酒場も開ける時間なのだし、ここにいればいいではないか。
 引き止めようと延ばした手は、乾いた音を立てて叩き落とされた。
 その時の、レイモンドの瞳に浮かんだ冷たい表情には、リリアでなくともアレクシアに同情しただろう。

 無言で椅子を引き立ち上がるレイモンドを、今度こそ誰も引き留めなかった。

「ああ、そうだ」

 思い出したように、戸口でレイモンドは振り返る。

「あの日の事。今話したからな」

 はっとアレクシアは顔を上げた。見詰める先で、レイモンドは秀麗な顔を皮肉気に歪めた。ふん、と鼻を鳴らし出ていってしまう。
 全てを話した訳ではない。レイモンドにしても、アレクシアにしても、断片的な記憶があるに過ぎないのだ。全て語れと言われても無理がある。
 セイは取りあえず納得したらしい。端から気にしていなかったのかもしれない。彼にしてみれば、一番重用なのは仲間の安否なのだから。
 リリアには聞きたいことがあっただろうが、それこそレイモンドが話したくない話しだ。はぐらかすに決まっている。

「まー、あれだ。ディに今の話しを説明してだな、もう少し調べてみるか」

 勿論、調べるのはディクトールとリリアだ。セイには、何を、調べればいいのかさえわかっていない。

「もうっ」

 呆れてセイを小突きながらも、結局はなるようにしかならないと、リリアも小さく諦めの息を吐いた。
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