ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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 リリアが抱いた疑問と同じ疑問を、当然ながらディクトールも抱いていた。
 もしかしたら、否まず間違いなく、リリアよりもより深刻に、その疑問を受け止めている。

 まず、ガイア神殿に招かれたのが神官であるディクトールではなく、アレクシアとレイモンドであったということ。それが意味することはなんなのか。
 神殿では勇者を求めていたという。ならばやはり選ばれたアレクシアは勇者であったのだ。
 しかし、アレクシアはまだしも、何故レイモンドまで?
 遺跡から彼等が持ち帰った鎧と宝玉はなんなのか?
 神学を学び、神の教えに一生を捧げた身として、これは追究せずには居られない疑問だ。
 教会での奉仕と、診療所の手伝いの空き時間に、ディクトールは書斎に篭り、大地神ガイアについて調べた。教会にやってくる町の老人たちから、この地に伝わる伝承を聞くことも忘れなかった。
 そうして、いくつかわかってきた事がある。
 主神ミトラともども、世界創造に携わったといわれるガイア神は、決して一地方でだけ祭られるような小神ではない。にもかかわらず、世界的に見て信仰者が少ない神なのだ。アリアハンにも、これまで旅して来たどの町にもガイアを奉る神殿は見つからなかった。
 ディクトール自身、ガイアの名前は知っていても、その神各や教義を詳しく知っていた訳ではない。
 ここで調べ物をしていたからこそ、ディクトールは真実の近いところまで辿り着くことができたのである。
 神殿の奥深く、日頃人の立ち入らぬ古い礼拝堂の中で、その本を見つけた。
 大地神ガイアの紋章が描かれた古文書だ。文字は当然古代神聖文字で書かれており、ディクトールをもってしても読解には骨を折った。
 読み解くうちに、ディクトールはページを繰るのが恐ろしくなっていった。そこには、幼い頃より彼が信じ、己の柱としてきたことを覆すようなことが記されていたからだ。

 ガイアは大地の神というが、では何故その神がこのランシールに眠っているのか。
 ガイア自身が、この大地そのものだからだ。
 かつてミトラは、自ら作り上げた世界に退廃した人間の国家が出来上がったことを歎き怒り、その世界を滅ぼしてしまおうとした。
 それに反対したのがガイアだ。かの神は自らの肉体をなげうって、崩壊する世界を滅びから救った。
 その世界こそが――

「そんな…」

 俄かに信じがたい。
 それが真実だというならば、なぜ神(ミトラ)は、ディクトールの祈りに応えて力を授けるのか。
 思わず振り仰いだ祭壇には、ガイア神と、ガイアに寄り添うように立ち、腕に赤子を抱いた精霊神ルビスの像が慈愛に満ちた眼差しを投げ掛けてくる。
 ガイアとルビス。
 ガイア神の神殿には必ずルビスの像があった。
 ミトラの神殿にも、精霊達を従えた女神ルビスの姿を見ることが出来る。
 ルビスはミトラの従属神の一柱。ガイアのように反逆したという伝承はどこにも見当たらないのに、まるでガイアの伴侶のように、常にガイアの傍に描かれている。
 そして、ランシールの神殿に奉られたルビスの腕には、赤子の姿が。
 ディクトールの考察は間違っていないだろう。
 女神ルビスは、大地神ガイアの妻。  

「なんてことだ」

 ディクトールは頭を抱えた。これはダーマ大神殿に報告するべき発見だ。いやしかし、こんなことが世に知れ渡ればミトラ神信仰が根底から覆りかねない。
 頭を抱えたまま、傷んだ本のページを慎重にめくる。
 虫に食われたり、破けたりして読めないところの方が多いようなページだった。一度破けたのを無理矢理貼付けたらしく、次のページも傷めてしまっている。

「ああ…。本はもっと大切に扱わないと…」

 そこに書いてあることがどんなことであれ、貴重な知識が記録された、写し等ないだろう書物が、完全な形で保管されていないのが残念でならない。
 文字は殆ど読み取れなかったが、ページの殆どが絵だったのでなんとなく内容は解った。
 ルビスとその子供と、鳥。
 塗料が剥げかけていて、はっきりとは解らないが六色の宝玉をルビスが子供に与えている。
 次のページでは長じた子供が六色の宝玉を手に、白く輝く巨鳥を駆っている。
 鳥の名前はラーミア、その背に跨がる若者はロト。
 そして、その若者が身に纏う鎧は

「これ…?」

 ガイアの鎧。或は大地の鎧。
 その形には見覚えがあった。あの夜、レイモンドが遺跡から持ち帰ったあの鎧だ。

「はっ…、まさか」

 でも、あの宝玉は?

 アレクシアがルザミ海賊の女頭目カテリーナから贈られた赤い宝玉。そして、遺跡から持ち帰った青い宝玉。
 この絵に良く似たその宝玉と、鎧。ガイアゆかりの地から持ち帰られた品。そしてこの地にだけ伝わる、しかも人目につかぬような場所に厳重に保管されていた、この古書。
 一笑に付して済ますにはあまりに偶然が重なりすぎていた。

(では、やはりガイアがあの二人を呼んだのか?)

 レイモンドを前にして、少女のように戸惑うアレクシア。
 あの夜以来、どことなく雰囲気の変わった二人。
 事そこに考えが及ぶと、ディクトールの思考は冷静で客観的な思考を失ってしまう。神学者としてはあるまじきことだ。
 考えまいとしても、頭から離れない。
 レイモンドの姿を認めた途端に、自分のそばから離れていったアレクシアの困惑した表情。
 帆船の見張り台の上で、どんな経緯であろうとも抱き合っているようにしか見えなかったあの時の光景が!

「ああっ! くそぅ!」

 前髪を掻き毟る。どれほど頭を振っても、一度焼きついてしまった光景は離れていかない。
 最近では、さらに神職にあるまじき妄想を、夢に見るようになっていた。
 アッサラームで、女の膚を知ったせいかもしれない。

(最低だな)

 ため息をつきつつページをめくる。多分今日はもう読解の作業ははかどらない。それでも、何もしないでいるよりはマシなはずだ。

 この古文書の記載が真実であるならば、ガイアは主神ミトラに背き、この世界そのものになった。
 しかしここでひとつ、謎が生じる。
 反逆者の妻であるルビスを、なぜミトラはガイア同様排斥しなかったのか。
 ルビスはルビスで、夫が背いた相手になぜ従いつづけたのか、ということだ。
 ディクトールが知る限り、ミトラの聖典にもルビスは登場する。世界創造に携わった神の一柱として。
 上の空でディクトールがめくる古文書には、光の尾を引いて飛ぶラーミアの姿が描かれている。その背中にはガイアの鎧をまとった青年と、雷の矢を手にした乙女の姿。そしてラーミアは二人を乗せて天の頂を目指して飛んでいく。天の頂の更なる上の、光あふれる世界を目指して。
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