ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
14ページ/39ページ

27−3’−3

 夜着に袖を通し、一日の終わりにその日の事を思い返す。
 よい事も、反省すべき事も、全てが明日の自分を成長させる糧となることをリリアは知っていた。
 それにしても、とリリアは今日一日の事を思い返して、込み上げてくる笑みを堪え切れずに吹き出した。
 念願だった、アレクシアを着飾る事もできたし、それによって多くの事が判明した。
 なんと実りの多い一日だったろう。
 丈の長い巻頭衣をすっぽりと被って、固い寝台にぽんと寝転がる。その間も、くふくふとひとり笑い続けた。
 リリアをこれほど満ち足りた気持ちにさせてくれたアレクシアは、今頃どうしているだろう。
 当初アレクシアを男だと思っていた店主はリリアにだけ個室を与えた。
 仲間内では論議をかわしたのだが、天井裏は狭く、リリアに宛がわれた使用人部屋はリリア一人が生活するので目一杯だった。部屋を交換しようにも、とてもセイが足を延ばして眠れるような広さではない。
 結局店主に割り当てられたまま、セイとアレクシアがさして広くもない一室に寝泊まりしている。
 気にしないのか? とリリアが聞いたところ、ふたりして同じ顔で「別に」と返答された。
 確かに、野宿では雑魚寝が当たり前だし、宿の広さによっては一室に4人詰め込まれた事もある。
 ここまで男装をしてきたアレクシアにしてみれば、セイやディクトールと寝起きを供にするなど当たり前の事なのだろう。
 セイにしてみても、アレクシアへの日頃の接し方を見る限り、アレクシアを女性と意識しているようには見えないから、全く気にならないというのも納得だ。
 これが、ディクトールならアレクシアと二人切りという状況に戸惑ったに違いない。だから彼は、教会へ住み込みの手伝いに行ったのかも知れない。

(レイなら、アルは真っ赤になったかしら…)

 二人がお互いを意識しているのは、端から見ていると丸解りなのだ。いっそほほえましいほどに初々しい。アレクシアはわからないでもないが、レイモンドが自身の気持ちに気付いていないのが、リリアにはどうにも納得できない。女の扱い方を見れば、彼がどんな生活をしていたかは想像に難くないというのに。

(何があったのかしら…)

 二人が消えた夜の事を、結局レイモンドは未だ誰にも話していなかった。
 アレクシアとレイモンドの二人だけを招き、ディクトールの来訪は拒んだガイアの神殿。アレクシアの口からも、全てが語られた訳ではない。
 そして、遺跡で手に入れたという青い宝玉。以前手に入れたものとよく似たそれが、他にもないとは言い切れない。考えねばならない事が、沢山あった。
 と、リリアの思考を遮るようにドアが叩かれた。コンコン、というよりはゴンゴンっに近いこの叩き方はセイだ。
 思考の渦から自らを引き戻し、寝台から起き上がったリリアはドアの鍵を外した。
 唐突に開いた扉に驚いたのは、尋ねて来たセイの方だ。

「不用心だな」
「あんただってわかってたからよ」

 天上に頭がつっかかっている。影になった額の下で、セイは嬉しいような困ったような顔をした。

「あのさ…」

 口を開いてから、リリアの格好に気付いたようだ。大きく開いた襟から覗く白い肌から目を逸らし、セイはぽりぽりと鼻をかく。

「出直そうか」
「何よ! まどろっこしいわね!」

 今更何を照れているのか。時間を考えれば寝間着に着替えているのくらい考えつきそうな物ではないか。船の中でだって寝間着のリリアがセイと遭遇することは、何度かあった事だ。
 相手に照れられると、こちらも調子が狂うではないか。
 ぐい、とセイの腕を掴んで引っ張る。丸太のような太い腕は、リリアでは両腕で抱えるのがやっとという有様だ。

「お、おい」

 困惑しつつも抗うことはせず、セイは薄暗い室内に足を踏み入れる。背後でドアがしまってしまうと、狭い室内での彼我の距離は非常に近く感じられた。実際、近いのだ。

「で、何よ?」

 一気に室内の温度が上昇したように思える。ぱたぱたと襟を扇ぎながらセイを見上げると、セイは額を覆って天井を仰いでいた。

「?」

 さも「困った奴だ」と言いたげに深々とため息をつかれたのが心外で、リリアは眉を寄せた。

「おまえさ」
「なによっ」

 挑戦的に言い返す。
 熱い。
 でかい図体をしたセイが入って来たせいだろう。狭い室内が余計に狭く感じられて、セイがとても近くに…

(え?)

 そう。近い。

 大きな手にすっぽりと顔を包まれてしまう。温かくて、安心できる匂いがする、セイの体。

「オレが男で、おまえが女だって知ってた?」

 アレクシアと同じ部屋で眠れる男が何を困惑しているのか。文句を言おうとした唇を塞がれた。一瞬何がどうなったのかわからなくて、目を見開いて一点を凝視していたら、唇を離したセイが鼻と鼻の距離でくすりと笑った。

「おまえって、頭いいわりに馬鹿」
「なっ? 何ですって!」

 聞き捨てならないと眉を逆立てるリリアの目の端にキスをする。そのまま、耳元に移動して囁いた。

「アレクとおまえは違うだろ」
「っ!」

 耳元にかかる吐息も、囁かれた内容も、リリアの体温を上げるのに充分だった。
 否応もなしに、三度唇が重なる。今度のキスはより深く、より熱く、リリアを翻弄する。

「参ったな。こんなことしにきたんじゃないんだが…」

 では何をしに来たのか。セイの独白に、頭の中で突っ込みを入れる余裕は、この時点ではまだあった。

「…嫌か?」

 リリアの背中で寝台の軋む音がした。薄暗い照明を背負い口説いてくる男の手が、顔の横に置かれている。嫌だと言えば、この腕はどくのだろうか。

「………」

 うん、とも、いや、とも言えずに、リリアはセイを見上げていた。いつもは飄々と正体を掴ませない瞳が、酷く切なげに、熱を持って、リリアを見詰めていた。限りなく優しい眼差しで。

「……いや」
「……わかった」

 ぎしり
 リリアを寝台に縫い止めていた腕が浮く。
 何がわかっているものか。
 精一杯強気な瞳で睨み上げ、リリアは去ろうとする腕を捕まえる。

「リリ…」
「ちゃんと、言ってくれなきゃ、いや」

 震えず、言えただろうか。最後まで、目を背けずに。

 ああ…

 漏れた嘆息は安堵か歓喜か。
 痛いほどに抱きしめられて、くらくらする。
 耳元で囁かれた愛の告白に、リリアは今度こそ頷いた。



 明日もわからぬ戦場に身を置いて、刹那の感情に一夜の恋を求めたこともある。
 けれども彼女とは、そんな簡単に関係をもちたくなかった。
 大きな、とてつもなく大きな目標に向かっている自分たちだから、
 目の前に立ちはだかる未来が濃い霧の向こうに見えないからこそ、大切に時間をかけて育みたい。
 この、腕の中の少女との、関係を、一夜限りの恋にしてしまいたくはないから。

「で、何を企んでるんだ?」

 緩くウェーブのかかった青銀の髪を指絡めて、その下に隠れた肌の感触ごとなでながら、セイはリリアに声をかけた。
 寝台は狭いから、リリアはほとんどセイの上に寝ているような状態だ。
 筋肉で鎧われた体は、あまりよい寝台とはいえない。
 居心地悪くもぞもぞと動くリリアに苦笑して、セイは体の位置をずらしてやった。ぴたりと、収まり易い位置を見付けて、リリアはようやく落ち着く。

「随分慣れてるみたいじゃない?」

 女を自分の体のどこに抱けばよいか、この筋肉達磨は熟知しているらしい。一連の出来事への仕返しも含めて、少し意地悪く言ってみるが、セイは悪びれるでもなく肩を竦めた。

「そりゃ、な。って痛て」

 余裕の態度が気に入らない。リリアは腹ばいになり、わざと肘をついて、セイの胸の上からセイを見下ろした。肘の固いところが胸に刺さっているのだから、普通なら飛び上がるほどに痛いと思うのだが、セイにはさして効果がないようだ。
 旅の途中で男達が出掛けていくのをリリアは知っていたし、その行為を咎めるつもりはない。ただなんとなく、おもしろくないだけだ。

「なに笑ってんのよっ」
「かわいいから」
「なっ」

 臆面もなく何を言い出すのか。言われたリリアが赤面する。
 そんなリリアにセイはくすりと笑って、首の力だけで頭を起こしてリリアにキスをした。どんな筋肉をしているのかと、リリアは呆れる。

「んで…」
「きゃっ?」

 リリアを胸の上に乗せたまま、セイはぐるりと体を反転させた。セイ自身の作った影に入った恋人を、にんまりと見下ろす。

「何だって?」

 人の悪い笑みに見下ろされて、リリアは危機感に身を竦めたが、どうやらこの厚い胸板は正直に白状するまでどいてくれそうにない。
 ――否、正直に話したところで、素直にどくかどうか…

「ちょ、ちょっと待っ」

 胸の谷間に触れる髭がちくちくとくすぐったい。
 泣き笑いの懇願は、果たして、聴き入られることはなかった…
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ