ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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27−3’−2

 馴れ合うつもりはなかったのだ。
 利用するつもりで近付いた。
 心にあったのは、ただ、別れ際に告げられた言葉だけ。

「生きなさい」

 それだけを胸に、ひとりで旅を続けて来た。

 馴れ合うつもりなど、なかったのだ……

(なんだ?)

 いつになく盛り上がりを見せている安酒場に、レイモンドは形のよい眉をわずかに寄せた。
 町や港の労働者がその日の疲れを癒しにくるその酒場は、余所者にはひどく冷たい。裏社会に長く居たレイモンドでさえ、ここの連中に怪しまれずに打ち解けるのには時間を要したに違いない。それをあの戦士は半日で成し遂げてしまったというのだから驚きだ。戦うだけが能の男だと思っていたが、案外商売をやらせてもうまい所まで行くのではないだろうか。
 扉を開ける前から、中が混雑しているのはわかった。別に申し合わせているわけでもないし、混んでいるなら無理に入る必要もない。適当な店で食事して、寝床を確保するだけだ。
 踵を返しかけたレイモンドの耳に、聞き慣れた単語が飛び込んで来た。

「あんたあのアルか? いやぁ、化けるもんだな。驚ぇた!」

 思わず足を止めて酒場を振り返る。聞き間違いでないのなら、その言葉が意味することを推測するのは難しくない。
 興味があった。あのアレクシアに歳相応の娘の衣装を着せたら、どれほど美しく変身するだろうかと。
 同時に、俄かに理解しがたい感情が鎌首を擡げて来る。何故だか、無性に腹立たしいのだ。おもしろくない。そう感じている自分もまた、不愉快だった。

「神官様と並ぶとまた、揃いの人形のようじゃねぇか。ありがたいねぇ」

 帰るつもりだったのだ。席が空いていない酒場に入る意味がないし、掴んだ情報の吟味等、いつでも出来るのだから。

 なのに

 ガランガランと耳障りな音を立てて扉が開く。仏頂面を下げて現れたレイモンドに、一瞬店内は静まり返った。
 まず目に入ったのは、女達に花嫁宜しく白い布を宛てがわれて困惑顔で立ち尽くすアレクシア。その横で、困惑しつつ満更でもないように照れ笑いを浮かべているディクトールの姿だ。

(ちっ)

 小さく舌打ちをしていた。不機嫌オーラを撒き散らすレイモンドから、まわりの客が半身離れていく。


 入口に現れた金髪の青年の姿を認めた時、アレクシアはほっとした表情を見せた。彼女のわずかな表情の変化に気付いたディクトールの笑みが、微かに歪む。

「レイ!」

 呼んだ後で、アレクシアは別の意味で困惑した。自分の恰好が、急に恥ずかしくなったのだ。女達に詫びて、布を返した。無意識にディクトールとの距離をあける。
 レイモンドはふん、と鼻を鳴らし、アレクシアの呼び掛けを無視した。人を掻き分け、不穏な雰囲気を察知していそいそと席を立った男の代わりに、空いたカウンターに腰を下ろす。背中に視線を感じていたが、無視を続けた。

 注文を取りに来た店主に無言で硬貨を放る。先に商品の値段だけ払うから、渡した額の酒が出て来る。レイモンドの前に注がれたのは、蒸溜酒を熟成させた琥珀色の酒だ。酔いは仕事に支障をきたすからと、いつもは飲まないアルコール度数の高い酒。
 甘いような苦いような、むっとするほどの香気がグラスから立ち上るそれを、レイモンドはぐいっと一息に煽った。まわりの客は、我先にと移動するか店を出ていく。店主はやれやれと溜息をついて、レイモンドの空になったグラスにニ杯目を注いだ。

「頼んでないぜ」
「おごってやる。だから何か食い物を注文しろ」

 レイモンドはふんと鼻を鳴らして、温野菜と焼肉を一皿注文した。カウンターに置かれた金貨をむんずと掴んで、店主は厨房に引っ込んでいく。
 背中に感じていた視線は、なくなっていた。かわりに、気に障っていた話し声もしなくなる。かわりに、ディクトールが話好きな娘連中に捕まって、説法を始めたらしく、酒場には不似合いな主神ミトラの教えが滔々と流れた。

(ち、教会でやりやがれ)

 レイモンド以外にも同じことを思った客がいたのだろう。数箇所から舌打ちが上がり、ディクトールは話の内容を巧みに神話から旅の話に変えてしまった。それでも話の主軸には自己啓発てきなニオイがあるあたり、旅をやめて教師か司祭にでもなりゃあいいんだとレイモンドは内心で毒づいた。

「久し振り」

 カウンターにいるのだから、わざわざ運んでこなくてよいのだが、ウェイトレスが皿を運んで来た。見なくてもわかる。リリアだ。

「何してたの?」

 応えずに皿をよこせと手を出すが、リリアは答えるまで皿を渡す気はないらしい。

「ねえ」
「調べ物だよっ」

 リリアの手から皿をふんだくる。熱いソースが指に着いて、レイモンドは眉をしかめた。
 リリアにはそれ以上取り合わず、指を嘗めて食事に取り掛かる。

「調べ物?」
「………」

 ガイア教のお膝元にいるのだ。奇妙な体験もしたことだし、春になるまで時間は有効に使うべきである。レイモンドはひとり、町の周辺を探索したり、噂を集めていた。
 今日はその報告に来たのだが…

「……はぁ」

 だんまりのレイモンドにリリアはこれみよがしな溜息をついた。溜息を吐きたいのはこちらのほうだとリリアを睨むが、お構いなしに隣に座られる。

「仕事はいいのかよ」
「暇だからいいのよ」

 店主を前にしてよくもそんなことが言えたものだが、確かに店内は混雑はしていたが注文の方は落ち着いていた。

「ね、アル。かわいいでしょ? あたしが見立てたのよ?」

 アレクシアを褒めてほしいのか、自分の手柄を誇りたいのか、たぶんその両方だろう。リリアは目をキラキラさせながらレイモンドの服の裾を引っ張った。
 食事の手を止めて、ちらりとリリアを見、それからアレクシアを伺う。
 アレクシアは客の一人に手を握られ、執拗な誘いを受けているようだ。

(そんなの殴っちまえばいいんだ)

 思わず浮かんだ考えに驚く。表情に出ていたのか、隣でリリアが悪戯っぽく笑っていた。
 不愉快を眉に滲ませて、皿の残りに目を戻すが、後ろが気になって仕方がない。リリアの手前、仲裁に入るわけにも行かず、また自分がアレクシアを気にしなければならない理由等ないはずだと、内心の焦りから目を背けた。
 リリアはレイモンドの服を握ったまま、アレクシアとレイモンドを交互に見ている。明らかに面白がっているのだ。レイモンドの反応を。

「アル困ってる。かわいそ〜」

(そう思うならおまえが助けにいけよ!)

「あっ、あんなにべたべたされて!」

(セイはなにやってんだ! 酔っ払いはおまえの担当だろうが!)

「きゃー! 腰を抱かれたわ!」

(くそっ!)

 ガタンっ

 レイモンドがカウンターを叩き立ち上がったのと、ディクトールが男の手を捻り上げたのと、どちらが早かったのだろう。
 レイモンドの位置からは、アレクシアには遠かった。ただそれだけのことなのだ。それだけのことなのに、この胸に広がる苦さはなんだ?
 笑顔の中に凄みを利かせた神官が、にこやかに諭す風を装って、調子に乗りすぎた男をアレクシアから引きはがしている。
 立ち上がったレイモンドが見たのは、ディクトールに肩を抱かれて、安堵の笑みを浮かべるアレクシアの姿だった。
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