ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編2)
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27−3’
天井の低い狭い部屋には十分な明かりも差し込まない。夜中働いて日中寝ている連中には、そのほうが都合がよいのだろうが、魔道書を紐解くリリアには、少々都合が悪かった。
昼日中からランプを点けるわけにもいかず、ランシールについてまず最初に着手したのが熱量を最小限に抑えつつ、光量は極限にまで高めるというメラの改良だった。
攻撃呪文の天才と自負する自分がまさか、殺傷力を抑えたアレンジをする羽目になるとは思わなかったリリアである。
オレンジ色の光の下で細かな文字を追うのも疲れるものだ。うーん、と延びをしたリリアは、背後の気配にふと動きを止めた。
「リリア」
控え目にかけられた声に振り返ってみれば、そこには案の定アレクシアが立っていた。意外だったのは、彼女の気恥ずかしげな赤い顔だ。
(あらら、かわいらしいこと)
いつも凛々しい空気を纏っているアレクシアが、今日はそこらにいる普通の女の子に見える。
「なぁに?」
「邪魔じゃないかな?」
「大丈夫よ。どうしたの?」
戸口に立ったままのアレクシアに中に入るように手招き、椅子を勧めた。
怖ず怖ずと中に入りはしたものの、椅子には座らず、アレクシアはまだ何か言いあぐねいている様だ。
何か言いかけては口を閉じる。髪や手をいじる様子から、単に言うのが恥ずかしいという風に見受けられた。辛抱強く待っていると、アレクシアは意を決したようにしっかりとリリアを見て言った。
「買い物、付き合って!」
たっぷり10秒。リリアは瞬きもせずにいた。
あれだけ勿体振って、言うことはそれだけか、と。
「……いい、けど?」
拍子抜けもいいところだが、こくりと頷いたリリアに、アレクシアは「はぁぁ」と盛大に息を吐いた。
アレクシアの買い物は、女物の服を買うことだった。
ランシールに滞在してニ月余り、酒場の用心棒稼業も少ないながら俸給が出たところで、衣装を買い替える気になったらしい。
少し延びて、本人も見慣れたらしい髪と、今の服装とは確かに違和感がある。店主夫妻や常連客にも性別がばれ、それらしい格好をしろと世話好きの女房連中にもせっつかれていた。
「あ、これなんてかわいいんじゃない?」
と見せられてもいまいちよくわからない。
流行のファッションに縁が無いどころか、十数年女物の衣服に袖を通したことがないのだから。
「あんまり、ぴらぴらしたのはいやだよ? 恥ずかしいから」
リリアはノリノリで品定めをしているが、アレクシアは女物を売っている店内にいること自体が既に恥ずかしい。しきりに道の方を気にしながら、体を小さくしてリリアの背中についてまわるばかりだ。
「堂々としてなさい? 逆に目立つわよ。あ! これなんか似合いそう! ね、着てみよ!」
「えええ?」
「服は試着してみなきゃダメ! 丈とか、着てみないとわかんないでしょっ?」
怖いくらいに真剣な眼差しのリリアに迫られては、従うほかない。
渋れば、その場で着ているものをひんむかれかねないような気がして、アレクシアは突き付けられた衣装の一式を受け取った。
リリアに背中を押される恰好で、怖ず怖ずと店主に試着の許しを得る。アレクシアの風体に、店主は一瞬訝しげな表情をしたが、試着室の利用については了承した。
笑顔というのはある意味、仏頂面などより余程効果のある威圧方法だ。ああいう時のリリアには、およそかなう気がしない。
カーテンを引いた個室の中で、渡された衣装を試す返す見ていたアレクシアは、「まいったなぁ」と頭を掻いた。
「着れた?」
「ま、まだ!」
絶妙なタイミングでかかった声に、慌てて返事をする。
「他にも行く所あるんだから、早くね」
手早く着替えながら、首をかしげる。他に寄る所、というのが皆目見当がつかなかった。
「どう?」
「う〜ん」
リリアが選んだのは体にぴったりとしたタイツのようなズボンとシャツワンピース。腰をベルトで締めて、アレクシアの引き締まった流線美を強調する服装だ。
体の線が出るのが嫌だったアレクシアは、そのベルトを締めずに出てきたので、すかさずリリアにベルトを締めなおされた。
「よしっ。おじさーん、これ着ていくわ〜」
男だと思っていたアレクシアが丸っきりの女の姿で出てきたので、店主は目を白黒させた。あっけにとられているうちにリリアに値切られ「毎度あり〜」と手を振る始末だ。ちゃっかり自分のものまで購入している辺り、リリアもしっかりしている。
「次は下着ね」
「し、下着!?」
「そうよ。今までずっと晒しで抑えてたでしょ? 垂れるし形は崩れるし、体にも悪いしでいいことないわよ。ちゃんとしたの買お!」
さすがに下着屋に男装のまま入るのは抵抗があったので、先に女物の服を購入したらしい。
結局リリアの買い物は半日かかりになった。下着から一式、数枚の換えも含めて購入し、下宿先に戻った頃には、すっかり酒場の開く時間になっていた。
「遅いぞお前…ら?」
リリアに続いて、裏口から入ってきたアレクシアを見た店主は言葉を失った。
きれいな坊やだとは思っていたが、どうにもおかまを見ているような違和感があったのだ。違和感の正体がこれではっきりした。
「遅れてすみません。すぐしたくします」
「お、おう」
怒るのも忘れてぽかぁんと口をあけてアレクシアを見送る。他の連中も同じような反応を見せた。
セイだけは、アレクシアを見た瞬間腹を抱えて笑い出したので、リリアのシルバートレイ・アタック(角)を食らって沈黙した。
「やっぱ、変、かな」
「変じゃないわ。みんなアルがあんまりかわいいからびっくりしてるだけよ」
「か、かわっ…!?」
言われなれない言葉だ。アレクシアは耳まで真っ赤になってうつむいた。
その姿がまた、初々しい。
「アル、料理運ぶの手伝っとくれ」
「はぁい!」
アレクシアは、セイと違って、用心棒の傍ら給仕を手伝うこともある。厨房を取り仕切る女将に呼ばれて、アレクシアはカウンターに引っ込んだ。リリアも、うなっているセイに一瞥くれてアレクシアの後に続く。
「今日は混むわよ」
「何で?」
リリアの笑みに、アレクシアはなんとなく嫌な予感を覚えた。引きつるアレクシアに、料理を出す女将もにぃんまりと笑う。
「珍しいものが見れるからさ。ほら!」
「わぷ?」
フリルのついた白いエプロンをかぶせられた。ちなみにリリアとおそろいである。
そういえば、買い物道中、リリアが色んな人に話しかけていた。どうやら客寄せに使われたらしい。
ふりふりのエプロンをつまんで、げっそりと溜息。そこにすかさず、ぱしんと喝を入れられる。
「お客さんには笑顔でね!」
「は、はい」
今日ほど笑顔が怖いと思ったことはない、アレクシアだった。