ドラクエ3

□お題SS
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08. ごめんね ありがと さようなら
(クリア後 ディクトール→アレクシア)


「ディ!」
 振り返らなくてもわかる。君の声。
「やぁ」
 僕はいつもどおり、上手に笑えただろうか。
「ディ…!」
 勢いよく振られて、旅の間に伸びた黒絹の髪が、くしゃくしゃに歪んだ泣き顔を隠す。
「聞いてないよ! どうしていつも、大事なことを一人で勝手に決めちゃうの?」
「それはアルだっておんなじだろ?」
 アリアハンを発つ日、君は僕を誘ってくれたかい?
 レイと結婚する事だって、君は一人で決めたはずだ。
「そっ…!」
 意地悪な言い方になったかな。ごめん。
 うつむいたアルの小さな頭をぽんぽんと撫でた。
「相談しなくてごめんね」
「…うん」
「セイに、よろしく言っておく」
「…うん」
「おばさんにも、おじいさんにも」
「…うん」
 子供のように、アルは魔法の法衣をぎゅっと掴んだまま離さない。その目からはパタパタと涙がこぼれて、地面に小さなシミを作った。
「リリア、きっと見つかるよ」
 ぴくりと細い肩が震えて、小さく嗚咽が漏れた。
「わ、たしが、悪いの」
「アルは悪くないよ」
 ふるふると頭が振られた。胸元を掴む手に、もう片方の手も加わる。
「ちゃんと、わかって、あげれなかったから…わたし、わたし…リリアを傷つけてたんだ! 知らない間に、みんなのことも傷付けてたのかもしれない! 勇者だなんていわれたって、友達一人救えなかった!!」
 本格的に泣き始めたアルを、僕は抱きしめた。
 こんな風に感情をぶつけてくるアルを見るのは初めてだった。もしかしたら、彼には見せていたのかもしれないと思うと胸に冷たい棘が刺さったような気持ちになる。
 でも、今は、君は僕の腕の中に居る。
「アルは悪くないよ」
 セイは、犠牲になったんじゃない。
 君の力になりたかったんだ。
「みんな、君に出会えて、よかった、って、思ってるさ」
 リリアは、君から逃げたんじゃない。
 君を貶められたくなかったんだ。 
「君が居たから、僕らは旅をしたんだ。君の力になれて、本当に嬉しいんだ」
 レイが君を選んだんじゃない。
 君がレイを選んだ。
 だから、僕は行くんだよ。
 君を困らせたくないから。
「泣かないで。みんな、君が大好きだから。僕らが行くのは、君から離れるんじゃないんだよ。アルに笑っていてほしいからなんだ」
 顔を上げた瞳は、まだ潤んでいたけれど、もう涙を流してはいない。
 ポケットから取り出したハンカチで、鼻をつまんだ。
「ほら、チンてして」
 素直に鼻をかむ姿は、子供のときと変わらない。こんなアルを見られるのは、きっと僕だけ。
 涙をぬぐった後、晴れやかに微笑む。
 きれいな笑顔。
「いつかきっと、また会えるさ」
「うん」
「元気でね」
「うん。ディも」
「レイモンドと仲良くするんだよ?」
「うぇえ?」
「ね?」
「う、うん…」
 真っ赤になって頷いた顔に浮かぶ、幸福そうな笑み。
 その笑みは、僕に向けられることはなかったけれど。
 ちくりと胸に刺す痛みを、覆い隠すように僕も笑った。
 君の幸せを、心から祈っているよ。
「アル…」
 友達としての抱擁なら、許されるだろうか。
 震える腕を僕が伸ばす前に、アルは僕の背を抱きしめた。
「ディ」
 どきりと一瞬高鳴った鼓動を、君はどう思っただろう。
「いままで、ありがとう。それから…ごめんね」
 単純な一言一言が、深く胸にささる。
 ああ、知ってたのか。
君の時間に僕が居た。僕の気持ちに気がついていてくれた。僕にはもうそれだけで十分だから。
 だから、泣かないで。
「さよなら」
「うん」
 頷いたきり泣きじゃくり始めたアルの白い頬を伝う涙の一粒に、そっと口付けた。
 別れを告げた僕は、笑えていただろうか?
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