ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
9ページ/30ページ

7.熱砂


 キィ、ン

「硬っ!」

 蟹の外骨格に鋼が甲高い音を立てて弾かれた。
 ハサミを持ち上げた蟹の攻撃範囲からアレクシアが飛び退り、入れ代わりにセイが振りかざした戦斧が蟹の脚を根本から斬り飛ばす。

「一本!」
「まだ7本残ってるわよ! ルカナン!」

 リリアの援護が飛ぶ。
 ハサミを盾で凌いでいたセイが、攻撃に転じようとした瞬間…

『スクルト』
「げっ」

 振り下ろした戦斧は呆気なく弾き返された。
 さらに砂の中からは、音に誘われたか別の蟹が這い出しては、次々スクルトを唱えている。

「勘弁してくれ」

 一番の打撃力を誇るセイの攻撃が効かないとあっては、物理的な攻撃は封じられたも同然だ。

「リリア!」

 視線を交わし、アレクシアとリリアは同時に呪文を唱える。
 二人の詠唱に気付いたセイが、呪文の完成に合わせて真横に飛んだ。

「ヒャダルコ!」
「ヒャド!」

 二人の生んだ雹雪は、蟹の魔物を包み込み切り刻む。
 白い嵐が収まった時、蟹達はあらかた動きを止めていた。
 僅かに生き残った物も、脆い間接部から脚がもげ、身動きもままならない。死を迎えるのも時間の問題だろう。

「ディ、大丈夫か?」
「いや、怪我したのは俺…」

 というセイの言葉は無視され、アレクシアは砂に尻餅をついている僧侶に手を差し延べた。
 一匹目の蟹が砂から現れた時、ディクトールは真っ先に襲われたのである。
 幸運にも、巨大なハサミの一撃は、砂に足を取られて転んだお陰で避けることが出来た。
 さしたる怪我もしなかったが、そのかわり戦闘に参加することもないまま、片が着いてしまったのだ。

「うん、なんともないよ。セイ、大丈夫?」

 役に立たなかった癖に、アレクシアの手を借りて立ち上がることがいたたまれなくて、ディクトールはアレクシアの目を見る事なく脇を擦り抜けた。
 何か言いたげな視線を背中に感じたけれど、気付かない振りでセイに近づく。ホイミを唱えようとしたところを、当のセイに止められた。

「あー、たいしたことない。それより、早く移動しようぜ。新手がくる」

 顎をしゃくって見せた先に、僅かな砂煙が見えた。



 旅立ちから半年余り。
 アレクシア達の技量は、実戦に実戦を重ね着実に上がっていた。
 チームワークのようなものも生まれ、相手がどう動くのかを考慮した、的確なアシストとアタッカーの関係が出来上がっていた。
 その輪から、回復と補助担当のディクトールは微妙に外れてしまっている。
 子供の頃からの関係がそうさせるのか、セイとアレクシアはディクトールを守るように布陣する。
 雛鳥を守る、親鳥のように。
 何度か、ディクトールは自分も前線で戦えると主張したが、その度にアレクシアは口調だけはやんわりと、しかしきっぱり断った。

(過保護な親と、親心の分からない子供ね)

 傍(はた)で見ているリリアには、どちらの気持ちも分かるようでわからない。
 ディクトールがセイより弱いのは言うまでもない。アレクシアにだって敵わないだろう。
 だから、彼を前線に立たせないアレクシアの戦術は間違ってはいないのだ。
 自分同様、ディクトールはマジックユーザーとして戦士の援護に回るべきである。ただ、彼には自分ほど分かりやすい、戦闘用の呪文がない。
 どちらかといえば、彼の魔法は戦闘後に発揮されるべきものだ。
 しかしそれも、アッサラーム以来やたらと調子のよいセイのお陰で使う機会が少ないのである。
 そんなディクトールが、自身に負い目を抱くのはよくわかるのだ。
 まして、アレクシアは気に止めてもいないだろうが、ディクトールは男なのである。
 その彼が、女のアレクシアに護られているだけ、というのは、心情的に納得できないものがあるだろう。
 肩を落として隣を歩くディクトールと、時折心配そうにこちらを振り返るアレクシアに、リリアはどうしたものかと溜息をつくのだった。



 夜。
 日が沈んでしまえば、熱を貯めておく物のない砂漠は息も凍りそうな寒さに変わる。
 砂漠に入って一日。
 星が出ている分日中より方角が分かるのではないかとの当初のもくろみはあっさり潰えた。

「うわー、星がたくさん見えるねぇ痛て」

 わざとらしいほどの仕草で天を仰ぐセイの後頭部を、アレクシアは伸び上がって叩いた。

「迷ったんだな?」

 全員の冷たい視線に、セイは顎に握りこぶしを当てて「えへ☆」と笑う。

「気持ち悪いわっ」

 解り切った突っ込みを入れてやるだけ、アレクシアは他の二人より優しい。
 よよよ、と泣きまねを始めたセイの手から、リリアは地図を引ったくった。
 懐からコンパスも取り出してみるが、リリアとて現在地は解らない。
 溜息をついて地図とコンパスをディクトールに押しやり、自身はアレクシアを見た。

「どうする? 今ならルーラで戻れるわよ?」

 砂漠に入ってから、やたら硬い魔物ばかりが出てくるので、リリアは常より魔法を使っている。
 慣れない砂漠を歩いている事もあって、かなり疲れていた。

「ああ、うん…」

 アレクシア自信も魔力は限界に近い。
 リリアが限界に近い事もわかっていた。それでも戻る決断を下しかねたのは今日一日の行動を無駄にしてしまう気がしたからだ。
 このままルーラでアッサラームに戻ったとして、明日も同じように引き返す事になるのなら、このまま無理をしてでも進むべきではないのか?
 しかし無理をして進んだ結果が、最悪の事態に至らないという保証もない。

(どうする…?)

「あ、の…」

 暫く逡巡した後に、ディクトールは小さく声をかけた。
 全員の視線が長身の僧侶に集まる。
 居心地悪そうに体を縮めて、ディクトールは西を指した。

「地面が湿っぽいんだ。この先にオアシスがある。イシスは近いよ」



 ディクトールの言う通り、一行は程なくオアシスにたどり着いた。
 予断だが、以後地図を見るのはセイではなくディクトールの担当になる。

 そこだけ別世界のように、青々とした木々に囲まれたオアシスは、月の光に青く輝いていた。
 オアシスの街イシスは、このオアシス沿いにある筈だ。

「オアシスにさえ着いてしまえば、すぐに見つかると思ったけど…」

広大なオアシス。
 視界を遮る木々。
 イシスの街影は、見えない。

 ここまで、魔よけの聖水のお陰で魔物に遭遇する事なくたどり着いたが、聖水の効果は長くは持たない。
 どうしたものかと考えを巡らせ、月を仰ぎ見るアレクシアの耳に、魔物の咆哮が響いた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ