ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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6.不夜城

 イシス領アッサラーム。
 今までアリアハンから出た事のなかった四人にとって、この街は衝撃的だった。
 街に着いたのは夕飯時だったのだが、道々の店は閉まるどころかどんどん増えてゆく。
 アッサラームは、これまでに立ち寄ったどんな街よりも活気に満ち満ちていた。

「あーら、素敵なお兄さん。あたしとぱふぱふしな〜い?」

 裏通り、というほどでもないのに、肌も露な女達がしなだれかかってくる。
 きつい粉白粉の香りに、アレクシアは顔をしかめた。
 リリアはただ目を丸くしているし、ディクトールは顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
 セイだけが、興味深げに女たちを観察し、楽しそうに相手をしていた。

「うーん、それもいいけど、もっといい事教えてほしいなぁ」
「うふふ、それはあなた次第だわぁ」

 女はセイの頬を指でなぞり、セイは女の腰を抱く。
 吐息も掛かりそうなほど近くで囁き合う二人に、他の三人は真っ赤になった。
 ぼそぼそと何事か喋っていたかと思うと、やおらセイはアレクシアを振り返った。

「んじゃ! そゆことで!」

 無邪気に笑って、ディクトールの手にメモを握りこませる。

「宿はそこに書いてあるところ紹介してもらったから。朝までに戻るんでよろしく。あ、っと、リリアを一人にするなよ!」

 ぽんとディクトールの肩を叩いて行き掛けたセイは、「あ、そうそう。忘れてた」と呟いて、ごそごそとアレクシアの背嚢をあさった。
 呆然と成すがままのアレクシアが我に返ったときは、セイは深紅の宝石を懐にしまっている。

「おい!?」

 ロマリア国内を旅していた時に手に入れた宝石だ。
 エルフの宝である「夢見るルビー」という宝石で、カンダタだのなんだのやっているうちに返しそびれて忘れていたのだった。
 どうするつもりだと言い掛けたアレクシアに、セイは片目を瞑って笑った。

「売りゃあしないよ。明日には返すって」

 言うなり背中で手を振って、女の腰を抱いたセイは路地に消えた。
 残された三人はしばし呆然としていたが、やがて言われた通りの宿に向かって歩き始めたのだった。


 渡されたメモは女の字で書かれていた。
 値段も設備も良心的で―――場所によっては野党紛いの宿屋もあるらしい―――安心して泊まる事ができそうだった。
 誘いの洞窟での一件以来、男女二人ずつに分かれて宿を取っている。
 リリアはとすんとベッドに腰を下ろすと、向かいのベッドで荷解きをしているアレクシアを眺めていた。

「…ねぇ、アレクはさ、何でそんなカッコしてるの?」

 ぽつんと吐き出された問いに、アレクシアは手を止めてきょとんとリリアを振り返った。
 しげしげと自分の服装を眺めて首を傾げる。
 普通の旅装束だと思うのだが、なにかおかしいだろうか。

「そ う じ ゃ な く て !」

 青銀髪の髪が水平になるほどの勢いで頭を振ったので、リリアは貧血を起こしそうになった。

「かわいいのに。髪も、伸ばせばいいのに。だから、何か理由があるのかな、って」

 ああ、と納得したアレクシアは、小さく苦笑した。

「旅に出ることはわかっていたからね。女の格好だといろいろ不便もあるから」
「…ふぅん」

 じっと赤い瞳がこちらを見つめている。
 言った言葉に嘘はないが、それだけが理由ではない。
 見透かされそうな気がして、どきりと胸が鳴った。

「女だからこそ、得することもいっぱいあるんだけどな」

 独り言じみた発言の真意は測りかねた。
 小首をかしげるアレクシアの両手を、リリアはいきなり掴む。彼女のこういった行動には未だ慣れない。

「な、なに?」

 ぐいっと引っ張られてアレクシアはたじろいだ。純粋な力比べなら負けるはずはないのに、こういうときのリリアには逆らい難い迫力がある。
 きらきらと双眸を輝かせて、リリアは言った。

「セイ、どうしてるかしら?」
「さぁ?」

 間近に顔を覗き込まれて、アレクシアは頬を引き攣らせた。

「気にならない?」
「別に?」

 じーと見詰められて、つい目を逸らしてしまう。するとリリアは我が意を得たりとでも言うようににんまりと笑った。

「セイはアレクの事好きなんじゃない? アレクだって」
「はぁ?」

 いきなり何を言い出したのかと、目をしばたたかせる。それから勢いよく噴き出した。

「ないない。それは絶対にない!」

 笑いながら大きく頭を振って否定すると、訝しげに、不満げにリリアは口を尖らせた。

「どうしてよー?」
「えー? だって、そういうんじゃないんだって」

 本格的に笑い始めてしまったアレクシアの手を、リリアは面白くなさそうに開放した。
 ひとしきり笑った後で、アレクシアは涙をぬぐいながらリリアの隣に移動すると、悪戯っぽく笑って、リリアの顔を下から覗き込んだ。

「あいつはね、本当に好きになった子には触らないの。大事すぎて何もできないんだって。それで、いかにも守ってあげなきゃーって言う女の子が好きなの」

 意味ありげに瞳を覗き込まれて、今度はリリアが嫌な顔をした。

「よく知ってるのね」

 やり返したつもりが、全く効いていないらしい。

「幼馴染だからね」

 よく晴れた夜空色の瞳が、まっすぐにリリアを見詰めている。
 レーベで初めて出会ったとき、自分はこの瞳にやられたのだ。
 改めて、アレクシアを見る。
 強い意志を湛えた蒼い双眸は穢れを知らず、笑みを湛える口元は誠実な性格を思わせる。
 耳に掛かるかどうかで切りそろえられた黒絹の髪。思わず触れてみたくなる肌理(きめ)の細かい健康的な肌。ととのった眉。通った鼻筋。細いながらも鍛えられたしなやかな肢体。
 女だと言われれば納得なのだが、中世的な容姿からは怪しげな色香さえ感じる。
 どうしてこれが男ではなかったのかと、リリアは内心で嘆息した。

 リリアは、自分の容姿にも、魔道士としての才能にも自身があった。
 自分はアリアハンなどという片田舎で燻っているような女ではない。そう思っていた。
 村を、アリアハンを出なければいけないという思いが強かったのは、魔道士という職業を差し引いても、周囲から浮いた存在だったからかもしれない。
 リリアのような髪と目の色をした村人はどこにもいなかったし、リリアの歳で魔法を自在に操るような魔道士もいなかった。
 他の人間と違うという自覚は、自負であり、同時に恐怖でもあった。
 だから、アリアハンから出るというアレク達に、何が何でもついていこうと思ったのだ。
 自分ひとりで生きていくには外の世界が危険だということは理解していたし、王の許可なく「旅の扉」を使用すればそれだけで罪人だ。
 頼りになる、きちんとした人物の旅に同行する必要があった。
 魔道士とはいえリリアも年頃の女の子だ。自分を外の世界に連れ出してくれる相手にはそれなりの夢を見ていた。
 いわば白馬の王子様だ。
 アレクシアは、文句の付けようのない人物だった。
 結果として、アリアハンを出る事が出来たのだからよしとするべきなのだが、リリアの白馬の王子様は、実は女だったのである。
 容姿も性格も技量も、アレクシアを見た後では並の男では物足りない。
 リリアは深々と溜息をついた。

「どうしたの?」

 きょとんとこちらを覗き込んでくるそんな仕草は歳相応の少女に見える。
 いつもは凛々しい彼女が幼く、かわいく思える。

「ああ! もう!」

 リリアはがばりとアレクシアを抱きしめた。


 戸の前で、ディクトールはノックの形に拳を固めたまま逡巡していた。
 室内からは、はしゃぐ少女たちの声が聞こえる。
 この街では、夜の方が掘り出し物が手に入ると聞いていたので、二人を誘って買い物に行こうと思っていたのだが…

(楽しそう)

 なんだか誘いづらいな、と嘆息して、ディクトールは一人の部屋に戻った。

(セイ、どうしたかな…)

 男女のことに経験はないが、全くの無知というわけでもなかったので赤面して俯く。
 ベッドに顔から突っ伏して、雑念を追い払おうと、しばし暴れた。

(何だって僕が、こんな事気にしなきゃいけないんだ!)

 ディクトールが頭を抱えて悶々としている頃、セイは仲間の予想と全く異なる目に遭っているのだが…



 結局、翌日の昼ごろ戻ってきたセイが、死人よりも酷い顔色で寝込んでしまった為、出発はその翌日になった。



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補足
FC版のバグ技「アッサラームのぱふぱふ娘でL99」をセイでやりたかったのですが、訳わかりませんね…
バグ技の詳細を知りたい方は拍手ボタンからメッセージをください。
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