ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編1)
7ページ/30ページ
5.盗賊
一向は旅の扉からロマリアに渡った。
魔法の玉を使った後、ひどく落胆した様子のリリアはそのままレーベに戻るだろうと、誰もが思ったのだが、彼女はそのまま行動を共にしている。
明らかにアレクシア目当てだったのだから、アレクシアが女だとわかった今、ついてくる理由もないだろうとのセイの問いにリリアは、
「尚更だわ。女の子一人、野郎どもの中に置いていけるもんですかっ!」
と、やけにアレクシアへの保護意欲満々に言い切った。
「それにねぇ! 魔物がうろちょろしてるって言うのに、か弱い美少女に一人で村まで帰れって言うの?」
じょおっだんじゃないわ! と吐き捨てる。
(いや〜、問題ないと思うけど)
アレクシアの性別を知ってからのリリアは、これまでの態度をがらりと改め、憂さ晴らしよろしく積極的に戦闘に参加した。
レーベの老魔道士が太鼓判を押したリリアの腕前は確かなもので、魔物に囲まれ窮地に陥った一行を、彼女の放った火線が救った。その魔法の威力のすさまじさを思うと、セイは未だに肝が冷える。
セイの内心の声を聞きつけたかのように、リリアはじろりとセイを睨み上げた。
セイは両手を頭の横に上げて、ぶんぶんと頭を振る。
「いや、リリアが居てくれて助かる。ほんと。ついてきてくれてほんとにありがと」
ふん、と鼻を鳴らして、リリアは肩をすくめた。
恐らく、見透かされている。
それでも、それ以上追求せずに開放してくれたあたり、照れているのかもしれない。そう思うと、一瞬のうちにバーベキューを作り上げた魔法使いも年相応のかわいい少女に見えてくる。
セイは口の端を吊り上げてにっと笑うと、華奢な少女の肩をぽんと叩いた。
「よろしくな」
ロマリア王への謁見は拍子抜けするほどあっさりと叶った。
しかしそれには相応の理由があったらしく、一向はカンダタという盗賊から「金の冠」を取り返すよう命を受ける。
恩を売るに越したことはないだろうと、王城を後にした一行は、今カンダタの居城であるシャンパーニの塔に向かっているのである。
「シャンパーニに居るってわかってるのに、どうして放っておくのかしら?」
憤慨しつつ、もっともな疑問をリリアが口にした。
彼女が自分自身に関することを除けば、かなりの正義感の持ち主だということを、今では仲間たちは皆理解している。
「王が無能だと困るのは民だわ」
リリアの恨めしげな呟きを聴いて、短い期間とはいえ王宮付の戦士をやっていたセイは、微妙な笑顔を浮かべた。
塔に入ると、明らかに人が生活している形跡があり、妨害という妨害にも遭わず、いくつか階を上がった所で野党と思しき男たちが酒を飲んでいるところに出くわした。
「何だお前らは?」
「お頭に知らせろ」
四人の姿を認めるや、見張りであろう二人の男は階段に消えた。
拍子抜けして後を追う。
階段の上には、筋肉隆々の大男と、配下らしき四人の男たちが待ち構えていた。
「カンダタか?」
「そうだ。なんだ、おまえら?」
鋼の剣を鞘走らせて問うアレクシアに、カンダタは面白くもなさそうに答えた。
「ロマリア王から奪った王冠、返してもらおう!」
「ああ、あれ、か」
顎をしゃくって部下に合図して、さほど大きくもない木箱を持ってこさせる。それを足元に置くと、カンダタは乱暴にアレクシアの方へ木箱を蹴って寄越した。
「そら、欲しけりゃ持って行けばいい」
アレクシアは訝しげに箱とカンダタを見やっていたが、やがてそろりと木箱に手を伸ばした。
屈んだ為無防備になったアレクシアを守るために、鉄の戦斧を構えたセイが前に出る。と、二人の足元の床が、抜けた。
「あっ!」
「うおっ!?」
二人はとっさに武器から手を離して衝撃に備える。アレクシアは背中から、セイは足から、一階層下の床に落ちた。
積み上げられたゴミの上だったため怪我はしていないが、背中から落ちたアレクシアなどはゴミまみれだ。
「くっそっ!」
「女の子がそんなこと言っちゃいけません!」
「うるさい!」
自身の迂闊さと姑息な盗賊たちとゴミまみれに、とにかく腹が立つ。
落とした武器を拾い上げ見上げると、天井からディクトールとリリアが心配そうに見下ろしていた。
「こっちは大丈夫だ! カンダタは!?」
「逃げたわ!」
ちっと舌打ちして駆け出したアレクシアの背に、セイの素っ頓狂な声が突き刺さる。
「アレク!」
「今度は何だ!」
わずらわしげに振り返ると、カンダタが蹴り寄越した箱の中身を見せられた。
「……本物、なのか?」
木箱の中には金色の冠が入っていたのだ。
冠は宝石で飾られ、ロマリア王家の獅子と炎の紋章が刻まれている。
「うーん」
呆気にとられているアレクシアの前で、セイは手にした王冠をしげしげと眺めた。
商人の家に生まれ、跡を継ぐべく修行にいそしんできた彼の目利きは確かだ。
「金、なのは確かだな。宝石も本物」
「なにしてるのよ?」
そこへ、なかなかやってこない二人に業を煮やしたリリアたちが降りてくる。
「ディ」
ほいっと気楽な口調で投げて寄越された王冠を、空中であわてて受け取ったディクトールは、手の中の物がなんなのかに気づいて一瞬身を強張らせたが、すぐに友人の意図を汲み取って紋章に見入る。
「ロマリア王家の紋章に間違いないよ」
頷きながら、紋章の説明を始めようとするディクトールを片手で制し――放っておくと長々と薀蓄を垂れるので――アレクシアは順に仲間の顔を見た。
「どうする?」
カンダタが何の目的でこれを盗み、そしてこうもあっさり手放したのかはわからない。
ただ、ロマリア王からの依頼は、王冠の奪還であって、カンダタの討伐ではないのだ。
「放置しておいたらまた被害が出るのは明らかだわ!」
リリアはあくまでカンダタを追いかけるべきだと主張した。魔道士の杖の柄を、ガツンと床に叩きつける。
「でも、ここに来るまでの村々で、カンダタの悪い噂は聞かなかったよ?」
リリアの勢いに脅えながら、ディクトールがささやかに反論する。
これをセイが言ったのなら、リリアは噛み付いただろうが、ディクトールだったので「それもそうね…」とリリアも勢いを弱めた。
「そう悪い人じゃないのかもしれないね」
噛み付かれなかったことにほっとして、ディクトールはアレクシアを見た。彼女の判断を待っている。
「悪い悪くないはこの際置いといて。どっちにしろ、もう追いつかないんじゃないか?」
両手で箱を横にどかすような仕草をしてセイが言う。
アレクシアたちが落とされてから、だいぶ時間がたってしまっている。
どこに逃げたともわからないカンダタを、土地勘のない自分たちが追いかけるのは意味のないことのように思えた。
「うん」
わずかに考え込んで、ふとアレクシアはみんなの視線が自分に集まっていることに気づいて苦笑した。
いつのまにか、自分がリーダーになっていることに今更ながらに気付いたからだ。
「アレク?」
訝しげに問いかけるリリアに、なんでもないと片手を振って、アレクシアはひとつ息をつく。
「ロマリアに、戻ろう」
王冠を取り戻した功績を認められた一行は、ロマリア国内での行動の自由を保障された。
さらにはアレクシアの希望通り、友好国イシスへの親書もしたためてもらう事ができた。
余談だが、アリアハンの勇者を高く評価したロマリア王は、王位を譲るとまで言い出した。当然ながら、これは丁重に断った。
冗談だろうと思っていたが、断った時の国王の残念そうな表情を思うと、あながち本心だったのではないかと思えてくる。
心づくしの晩餐に招かれ、旅の疲れを癒した一行は、翌日、砂漠の国イシスに向けて旅立ったのだった。