ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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4.魔法の玉
 
「あの女捨ててきていいか?」

 相変わらずリリアは戦闘で悲鳴を上げているだけだ。
 大蟻食いとの戦闘で深手を負ったセイが半眼で呟くのを、アレクシアは軽くにらんだが、特に咎めはしなかった。

 リリアの説明によると、アリアハン島の東端に泉があり、そこにぽっかりと口をあけた洞窟の中に、旅の扉があるのだという。
 彼女の言うとおりやってはきたが、緑色のタイルが敷き詰められたそこには、いわくありげな像が並んでいるばかり。

「何もないぜ?」

 壁をべしべし叩きながら、セイは容赦なく不審そうにリリアを睨んだ。
 アレクシアとディクトールも、リリアに物言いたげな視線を向ける。
 三人の視線に気づいていないのか、気づいていて無視しているのか(恐らく後者だ)、リリアは鼻歌を歌いながら背嚢をまさぐっている。

「あ、あったあった♪ えー、っと…」

 リリアの様子を、後ろから覗き込んでいたアレクシアは信じられない光景を目の当たりにして眉をひそめた。
 つつつ、とセイの隣に移動してきて、耳を貸せとその肩を引く。

「説明書、読んでる」
「あ?」
「だから! 魔法の玉の説明書!」

 ひく、とセイの頬が引きつった。アレクシアも同じような顔をしている。

「よし、わかった。ちょっとみんな、下がっててね」

 魔法の玉を手に、腕まくりするリリアからアレクシアとセイは逃げるように反対側の壁に飛び退った。
 息の合った動きで、左右からディクトールを攫う。

「大丈夫かな?」
「てか、あれってどうやって使うわけ?」
「さぁ?」

 ひそひそと様子を伺っていると、用意できたらしいリリアが走ってきた。ぐいっとセイとアレクシアの間に割り込んで、しっかりとアレクシアの腕を左腕に抱え込むと、右腕を掲げる。

「メラ!」

 リリアの掌に生まれた火球が、先ほど書いた黒い魔法陣に向かう。
 あっと思う間もなく、閃光と爆音。
 次いで巻き上がる塵煙に呼吸さえままならない。

「うまくいったー」

 魔法を放った瞬間に、アレクシアの懐に飛び込んだリリアを除き、三人はもろに爆音と閃光に晒されて身動きもできない。
 視界は真っ白に焼け付き、耳はキーンと痛む。
鼻の中も口の中も塵を吸い込んでじゃりじゃりだ。
 暫くむせ返って涙を流していたが、ややあって立ち直ったセイがリリアを怒鳴りつけた。

「先に言えよ!!」
「だぁってこんなに凄いと思わなかったんだもの! 誰も怪我しなかったんだからいいじゃない」

 少しも悪びれた風もなく、リリアはぷっと頬を膨らませる。

「そぉいう問題じゃねぇだろ!」

 リリアはアレクシアより更に小さいので、セイとの身長差はそれこそ大人と子供ほどもある。
 はるか頭上から怒鳴りつけられて、リリアはふるっと気弱げに身を震わせた。握り拳を口元に当て、空いた手でアレクシアの胸にすがりつく。

「セイが怖い」
「おいこら」
「まぁまぁ」

 すがりつくリリアの髪を撫でながら、アレクシアはセイをなだめた。

「みんな無事だし、そもそもリリアが居なきゃ、どうにもならなかったんだし」
「それはそうだけどよ…」

 アレクシアが見ていないのをいいことに、リリアはイーと舌を出している。セイが殴ってやろうかと拳を固めたところに

「でも、今度からこういうのはナシだ」

 真摯な瞳に見つめられ、リリアはしょんぼりと肩を落とした。

「う、ごめんなさい。セイ、ディも、ごめんね?」

 上目遣いに謝られて、男どもはたじろいだ。かわいい女の子にこんな風に謝られて、許さない男なんて居ない。
 潤んだ赤い瞳から目を逸らし、鼻の頭を掻きながらセイは「ま、いいけどよ」と呟き、ディクトールは「次はちゃんと言ってね」と諦め半分微笑んだ。
 二人の許しを得たリリアは不安げにアレクシアを見上げた。リリアの視線に気付いてアレクシアがにこりと微笑むと、輝くような笑顔を見せて、子猫が甘えるように頬を胸に摺り寄せた。

(妹が居たら、こんな感じかなぁ)

 などと思いながら、細い背中を撫でてやる。と、リリアが奇妙な表情で体を離した。

「ちょっと?」
「ん?」

 いぶかしむアレクシアを無視して、上から下までしげしげとアレクシアを眺めていたリリアは、やおらアレクシアの胸にぺたりと両手をついた。

「ひぃあ!?」
「お、おい!?」

 奇妙な悲鳴を上げ、アレクシアは凍りつく。
 そんな彼女の胸の感触を、両手で確かめることしばし。油の切れた人形のように、リリアはセイを振り返った。

「お、ん、な、なの…?」

 ディクトールは難しい顔をして頷く。

「知って…?」

 セイは哀れなものを見るような半笑いで頷いた。

「そんなぁぁぁ」

 両手はそのままで、リリアはがくりとうなだれた。

「あ、あのっ」

 成す術もなく固まったままだったアレクシアが、ようやく引きつった声を出した。救いを求めるように幼馴染二人の間を視線がさまよう。

「あ、あの、リリア。そろそろ解放してやって?」

 おずおずと苦笑気味に言うディクトールに、セイがうんうんと頷く。

「そうだよ。オレだって触ったことないのに痛っ!」

 ばしっと重い音を立てて、セイの顔面にアレクシアのグローブが命中した。
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