ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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3.レーベ

 アリアハンは島国である。魔物が頻繁に船を襲うようになってからは、隣国ロマリアとを行き来する交易船も出なくなり、半鎖国状態となっている。
 旅の扉といわれる魔法装置が、ロマリア・アリアハン間を繋いでいるというが、何十年と使われていない。
 噂によると、魔物の流入を防ぐために、時の国王が魔道士に命じて封印させたのだという。
 その魔道士の子孫が、今もアリアハン北のレーベの村に住んでいるというので、アレクシア達はその魔道士を尋ねた。
 そして、封印を解く「魔法の玉」と呼ばれるものを譲り受けた。その担い手と共に。

「この子を、ですか?」

 一緒に連れて行けと紹介された少女を、アレクシアは驚いて見詰めた。
 年の頃は15、6。アレクシアと同じか、やや下だろうか。
 青みかかった銀の髪に赤い瞳という珍しい容姿をしていた。
 少女の年齢にも容姿にも軽く目を見張ったアレクシアだったが、魔術師というものはそんなものかもしれないと、強引に自分を納得させる。

「わしは旅の扉までご一緒するのはとても無理じゃ。さりとて、お前様方にこれの使い方は分かるまい」

 髭も髪も真っ白の老魔道士は、アレクシアが差し出したアリアハン王の出国許可証を念入りに調べた後、ふしぎな匂いのする玉を指して言った。

「なぁに、孫も魔術師。お役に立ちこそすれ、足手まといとなることはあるまい」

 かっかっか、と笑う老人の隣で、旅装束に身を包んだ少女が、にこりと微笑んでいた。

「あたし、リリア」

 よろしく、と少女はアレクシアの手を取った。

「ああ、うん。よろしく。僕はアレクシス。アレクでいい。でかいのがセイで、彼はディクトール」

 それぞれ簡単に挨拶すると、リリアは手を振って答えた。

「あ、よろしくー」

 セイとディクトールをろくすっぽ見もせずに、リリアの手はアレクシアの腕を捕まえたままだ。

「今日は泊まっていってね?」

 にこっと微笑んで、アレクシアの腕を両手で抱え込む。

「え? う、や、あ」

 強引に少女の家へ引っ張られていくアレクシアの背中を、取り残されたセイとディクトールはぽかんと見送った。

「…レズ?」
「気付いて、ないんだと思うよ…?」

 セイの独り言にディクトールが答えて、セイは楽しそうに手を打った。

「アレク、男前だから!」
「アルはかわいいと思うけど…」

 無意識に呟いたらしい幼馴染に、セイはグリンと首を巡らせる。
 自分の発言に気付いて赤くなる、ディクトールの背をぽんぽんと叩いて、セイは歯を見せて笑った。

「ディクトール君は素直だなぁ。セイさんはそんな君が大好きだ!」

 にかっと笑って抱き着き、ばしばしとディクトールの薄い背中を叩く。

「な、何言ってるんだよ。もう!」

 ますます頬を赤くして、ディクトールは手にした杖ごとごんっとセイを叩いて押し退けた。
 流石に痛そうに顔をしかめて体を離すセイにも気づかずに、ディクトールは赤くなった頬を押さえ、アレクシア達の後を追いかけ走っていった。
 そんなディクトールの背中を、セイは優しいまなざしで見送る。
 三人の間で、一番早くアレクシアが女だと気付いたのはディクトールで、頭のいいディクトールは彼なりの優しさでアレクシアを守って来た。体力一辺倒のセイとは違う立場で。
 ディクトールに遅れること数年、性別の違いに気付いたセイは、アレクシアを男として扱うことに決めた。十何年もそうしてきた関係を、急に変えられるほど器用ではなかったし、アレクシアがそれを望んでいることを知っていたから。
 セイが出した結論と、ディクトールが出した結論は違ったけれど、アレクシアを尊重し、大切にしたいという思いは変わらない。
 そしてセイは、アレクシア同様ディクトールの事も無二の友として大切に思っている。彼等の関係が今後どう変化していくにせよ、この気持ちだけは、いつまでも変わることはないだろう。

 見送る背中が大分小さくなってから、ようやくセイは、幼なじみの後をゆったりとした足取りで追い始めた。



 レーベより更に北の「誘いの洞窟」までは半日ほどの行程だった。
 その間、何度か巨大蛙や一角ウサギに襲われたが、「役に立つ」と太鼓判を押されたリリアはきゃーきゃーと悲鳴を上げて逃げ惑うばかりだった。
 自分のことは棚に上げて、若い娘に旅は無理だとアレクシアは再三リリアに帰宅を勧めたが、魔法の玉の使い方を盾に取られて強引に帰す事もできず、妥協案として自分から離れないようにと言い含めるに終わった。

(わたしが守ればいいんだから…)

 強引に自分を納得させようと試みてはみたものの、納得しきれない部分が無意識に溜息をつかせる。
 溜息をついたアレクシアからは見えないところで、リリアが舌を出したのをセイは見ていた。
 更にセイは、戦闘中にリリアがきちんと魔物の攻撃をいなしていることを知っていた。
 本当は戦えるのに、アレクシアに守ってもらいたくてああしているのだ。
 魔物が自分やアレクシアだけでも手に負える今はまだいい。
 だが、そのうちそんなこともしていられなくなるだろう。
 その時、リリアのせいでアレクシアの身が危険に晒されるような事があれば、セイはリリアを許しはしない。

「おい」

 昼休憩で、ディクトールとアレクシアがいない時を見計らって、セイはリリアに声をかけた。

「なぁに?」
「ぶりっこも大概にしろよ?」
「あーら、なんのこと?」

 艶やかに笑う瞳の奥に、女の強かさがかいま見えるようだ。

「なんのこと? じゃねぇ」

 剣呑ににらみつけるセイに、リリアは一歩も引かない。
 この時点で、やはり肝の据わった奴だと認識を新たにする。

「お前の趣味にとやかく言うつもりはねぇし、お前の魂胆なんか知ったことじゃないけどよ。お前のせいでアレクに何かあったら、ただじゃおかねぇからな」
「は? あんたこそ、そっちの趣味があるわけ?」

 リリアは鼻で笑う。
 セイは眉間に指を当てて大きく息を吐いた。
 数日寝起きを共にしてきたわけだが、彼女はまだ、アレクシアを男だと思い込んでいるらしい。
 教えてやるのはやぶさかではないが、恐らく信じないだろう。

(ま、いっか)

「忠告はしたからな」

 大げさに肩をすくめて、セイは昼食のための焚き火を起こし始めた。
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