ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編1)
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2.旅の仲間
オルテガの息子、アレクシス・ランネスとして、アリアハン王の謁見を済ませ、旅立ちの許可を得た後、アレクシアは一番に、武器屋を訪れた。
祖父に話を聞いてから、このことばかりが気になって、王様の話もろくすっぽ覚えていない。
「おじさん! おはようございます!」
「おはよう、アレク。その様子だと、爺様に聞いたな?」
走ってきたために乱れた呼吸を整えながら、アレクシアはぶんと大きく頷いた。
アリアハン城下に一軒きりの武器屋は、アレクシアの家から通りを挟んで斜向かいにある。
その家の息子とは子供の頃からの友達で、店主とは親しい。
アレクシアの特殊な出事故に、数少ない親しい付き合いをしている人の一人だ。
にやりと笑った店主は、期待に顔を輝かせるアレクシアに、一振りの直刀を差し出した。
布に包まれた刀身は、青々とした鋼。
柄は両手でも片手でも持てるようになっており、大振りのナックルに守られている。
「で、これはおいちゃんから」
言いながら店主が差し出したのは、鞘と剣帯だった。
丈夫な皮製で、要所要所を鉄の鋲で補強してある。
驚いて、それらと店主の顔を交互に見ているアレクシアに、店主は片目をつぶって見せた。
「くれるって言うんだ。もらっとけよ」
不意に、声は後ろから降ってきた。振り返って目に入ったのは、厚い胸板。
「お、戻ったか。バカ息子」
「すぐ出かけるけどな」
頭上で交わされる会話に顔を上向けると、日焼けした少年が人懐っこい顔で笑った。
「セイ、どこかいくのか?」
「おう、どこかに行くぜ?」
にかっと白い歯を見せて笑う幼馴染の答えに、アレクシアは呆れ顔で笑った。
「どこに? 王様の命令で?」
「いや、城は辞めてきた」
気楽な答えに、ふぅんと聞き流しかけて、アレクシアは目を見開いた。
「辞めた!?」
武器屋の息子で幼馴染のセイは、「武器屋たるもの武器の扱いを知らねばならぬ」という信条の持ち主で、共に剣を習った仲だ。
アレクシアを女と知って尚――本当に幼い頃からの付き合いなので、二人の間に性別という概念が芽生えたのはここ数年の事なのだが――男同士の付き合いをしている。
元近衛騎士をしていたアレクシアの祖父の伝手で、成人するや城詰めの兵士になった。騎士階級でこそないが、王や貴族の覚えもよく、将来安泰だとおじさんが笑っていたのを覚えている。
「ああ。お前に着いて行く」
これまたさらりと告げられて、アレクシアはますます目を見開いた。
「な、なに、なん」
何を言っていいのか、ショックが大きすぎて言葉にならない。
あわあわと口を開いては意味のない言葉を口走るアレクシアを、セイは面白いものでも見るようにニヤニヤ笑って見ている。
「店先で、邪魔だ」
しっしと猫でも追い払うような仕草をされて、セイはひょいと肩をすくめた。
「へいへい。んじゃな、親父。ほい、アレク」
ひらひらと父親に手を振ると、アレクシアの肩に手を置いてぐいっと後ろから押す。
押されるまま、アレクシスはアリアハン唯一の酒場であり、ごろつきどもの集まる―――いわゆる「冒険者の店」だ―――ルイーダの酒場に連れてこられたのだった。
むっとする酒と煙草の匂いと、そこにたむろする男たちの体臭に、アレクシアは思わず顔をしかめた。
これまた顔なじみである店主のルイーダが笑顔で出迎えてくれる。
「ああ、今日だったんだね」
“オルテガの息子”が十六歳の誕生日に旅立つというのは、アリアハンでは周知の事実だ。
アレクシアの事を知らない人間も、”オルテガの息子”の事は知っている。
ルイーダの言葉に、酒場中の人間の目がアレクシア達に集まった。
値踏みするような不躾な視線に、アレクシアは居心地の悪さを覚えた。
(どっちだ?)
(でかい方は、兵士のセイだろ?)
(じゃあ、あのちっこいほうが?)
(大丈夫かね… あんなひょろひょろのが…)
(男? 女か?)
(どっちでもいいさ)
(まだガキじゃねぇか。かわいそうに)
ひそひそと囁かれる声に、アレクシアは思い切り顔をしかめた。
啖呵のひとつも切ってやろうと息を吸った瞬間を見計らったかのように、ルイーダが言った。
「アレク、二階へお行き」
ルイーダが顎をしゃくって店の奥を指す。
大人しく頷いて、階段を登り始めたアレクシアの背に、再びルイーダが声をかけた。
「教会のディクトールがきてるよ」
「えっ? うわっ」
「アブねっ! 急に止まるな!」
驚いて急に振り返ったので、すぐ後ろのセイに刎ねられそうになる。
セイはアレクシアの頭ひとつ分は大きいので、階段を一段昇って、調度目線が揃う。
よろけたアレクシアを支えたセイの手が、腰から尻に回るのをすかさず払い落として、ついでにセイの頭を横にどける。
「なんで?」
疑問を投げかけると、ルイーダは肩をすくめ、早く行けと手を振った。
目の前で、本当にまん前で、セイがにかっと笑ったので軽くにらみつけておく。
「はーやーくー」
「分かったから! 押すな!」
急かされるままに二階に上ると、ここにも食堂のような設備がある。ただ、こちらはよほどの古参か、訳ありの者にしか貸し出されない。
大きな樫のテーブルに、神官服に身を包んだ背の高い青年が、所在なげに背を丸めて座っていた。
「ディ?」
アレクシアが声をかけると、青年は弾かれたように立ち上がった。迷子の子供が母親を見つけた時のような顔で微笑む。
アリアハンの城近くに建つ大聖堂の管理をしている司祭の息子、ディクトール。彼もまた、アレクシアの幼友達であり、共に魔法を学んだ仲である。
身長だけはセイとそう変わらないディクトールだが、厚みでは彼の半分ほどしかない。虫も殺せぬ優しい男で、見た目通りに神経質だ。
気弱げに微笑む彼もまた、旅支度を整えているのを見て取って、アレクシアは大きく溜め息をついた。
「ディクトール。君まで…」
「え、うん。だって、アルだけじゃ心配だし…」
もじもじと神官服の裾を玩びながらディクトールは言う。目は手元を向いたままだ。
アレクシアはもう一度溜め息をついて、じろりとセイを見上げた。
「お前の差し金か?」
「差し金、って…。オレ悪者? そりゃ、誘ったのはオレだけどさ」
アレクシアのディクトールに向けられる言葉と、セイに向けられるものとでは口調も声色も明らかに違う。
両手を肩のあたりでひらひらさせるセイの胸倉を、アレクシアはぐいと引き寄せ無言でその目を見詰めた。
二歳年上のディクトールは気弱で、小さい頃は虐められっ子だった。対してセイはガキ大将。
彼らの力関係は、今でも変わっていない。
無言で、強い瞳に見詰められ、セイはぶるぶると首を振った。
「無理強いなんて、してないしてない」
「本当に?」
「ほんとだってー」
にこりと微笑むセイを疑わしげに睨む。大きな手が腰に回されるのを、見もしないで叩き落した。くるんと反転して、もう一人の幼馴染に向き直る。
「ディ、本当?」
「うん」
「うわ、オレ信用ねー」
いつも通りの二人のやり取りに、くすりと笑ってディクトールが頷く。
大げさな仕草で悲嘆に暮れるセイには一瞥もくれず、ディクトールの琥珀色の瞳を覗き込むように見詰めていたアレクシアは、やがて三度目の溜め息をついて首を振った。
「気持ちはありがたいけれど…」
「アルが強いのは知ってるよ。でも、一人でなんてやっぱり無茶だよ。君は女の子なんだし。一人では行かせない」
アレクシアの言葉をさえぎって、ディクトールは早口に言った。
表向き――アリアハン王でさえ知らない(王には性別等どちらでもいいのだろう)――アレクシアはオルテガの息子で通っている。それを女の子と大きな声で言い切ってしまったディクトールは、しまったと自分の口を押さえた。
しかしアレクシアはそのことよりも、気弱で大人しい性格のディクトールが、強い口調で言い切った事に驚いた。
「そうだぞ、アレクー」
後ろから肩に両手を添えてセイが頷いた。
一転して柳眉を逆立てたアレクシアが、踵を落とすが、一瞬早くセイはアレクシアから体を放してそれを避ける。
「いらん! お前は帰れ!」
半年程前から、やたらとセイはアレクシアに触れるようになった。理由は知らないが、腹立たしいのでその度にアレクシアはセイに鉄拳制裁を加えている。
アレクシアは気付いていないが、セイの行動の理由をディクトールはなんとなく理解していた。もの心着いてからアリアハンの中で男として生きて来たアレクシアに、女性としての危機感を持たせたいのだろう。
旅立てば、いくら共に行くつもりとはいえ、自分達の目の届かない場所で、彼女の身にこれまでになかった類の災厄が、降り懸からないとは言い切れない。
「オレは、王命も兼ねてるからね。勇者に同行せよ、って言われてるんだからな」
セイは、何が何でもお前に着いて行く、とアレクシアに指を突きつける。
「オレ等がお前に着いて行くのはオレ等の勝手。んで、着いて行くんだから一緒に行動した方が合理的。どうだ!」
冗談ぽく言いながらも、声に含まれる真摯な響きに、アレクシアはふ、と肩の力を抜く。
突きつけられた指を邪険に払いながらも、「わかった」と微かに笑った。