ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
22ページ/30ページ

18.船出

 孫娘とその恋人を無事助けたお礼にと、黒胡椒は無料で分けてもらうことが出来た。
 あとでその値段を聞いて、リリアは腰をぬかさんばかりに驚き、全てをポルトガ王に渡してしまったことを悔しがったのだが、ともあれそのお陰で、ポルトガの新造船を譲り受けることが出来たのである。
 航海知識も技術もない4人は、一か月ほどポルトガで航海に必要な技術を学んだ。
 バハラタで出会った金髪の青年とは、黒胡椒を譲られた後に別れている。彼はダーマへ行くらしい。
 レイとの別れを、リリアだけが残念がった。
 別れた後も度々レイの事を口にしては、セイの眉間にシワを寄せている。
 船上でリリアは、輝く水面をみながら溜め息をついた。

「いい男だったなぁ。ね? アル」
「え? うーん?」

 同意を求められても困る。確かに助けられたが、得体の知れない男であることに変わりはない。やることなすこと気になって苛々するのである。アレクシアとしては、そんな人物と旅をしたいとは思わない。
 正直にそう話すと、リリアは目を見開いた。

「アル…。それって…」
「?」

 きょとりと瞬きを繰り返すアレクシアに、リリアは深々とため息をつく。
 どこまで鈍感なのだろう。今ここで、アレクシアにリリアが感じていることを告げても、恐らくアレクシアは認めないだろう。かえって反発を招き、芽吹きかけた芽を摘んでしまうかもしれない。同性の友人として、それだけは避けたい。ディクトールには悪いが、アレクシアをその気にさせるにはディクトールでは役者が足りないと思えた。
 頭痛を堪えるような仕種をするリリアに、アレクシアは首を傾げる。怪訝そうに声をかけようとしたアレクシアの耳に、二人を呼ぶ声が届いた。




「セイ? どうし…!?」

 船倉に駆け込んだアレクシアは、そこで言葉を失った。だから続く台詞は、階段途中にいるリリアが引き継いだ。

「レイ!? レイじゃない! どうしてあなたが?」

 目を丸くして尋ねるリリアに、金髪の青年はにこりと人懐っこい笑みを見せた。

「やぁ、また会ったね」
「『また会ったね』じゃねぇ」

 ぼそりと低く呟いたセイに、アレクシアは目で説明を求めた。頭痛でも堪えるような表情で、セイはひとつ盛大なため息をつく。

「取りあえず、上がらないか。ディが心配するだろうし」



 昼食の支度を始めたディクトールに頼まれて、船倉に水の樽を取りに来たのだと、セイは言った。

「そこで大きな鼠を見つけたってわけ」
「鼠は酷いな」

 金髪の鼠が、心外だと眉を寄せて苦笑する仕種がわざとらしくて胡散臭いと、リリアを除く全員が思った。

「密航の理由を聞こうか。ダーマに行くんじゃなかったのか?」
「はっ、どこの世界に自分の行き先を素直に教える冒険者がいるんだよ」

 ぐっと言葉に詰まるアレクシアに、みんなの視線が集中する。どこの誰とも知れない男に、素直に行き先を告げる冒険者は見たことがないが、勇者ならばここにいる。

「あんたら、アリアハンから来たんだってな?」
「あ? ああ」

 これは話していない。
 内心首を傾げていると、セイの批難の目を受けて、ぷいと横を向いたリリアと目が合った。
 小さく舌を出して謝る仕種をするリリアに、仕方ないなと苦笑を返しておく。アリアハンから魔王討伐の勇者が旅立った事は有名だし、少し耳聡い者なら、勇者一行の風体を知ってもいるだろう。アレクシア達の正体がばれたとしても、困ることではない。無論、大々的に触れてまわることでもないが。

「バハラタでは気付かなかったが、オルテガの息子が旅立った、って話。あれ、お前だろ」

 目の前のアレクシアを女だと分かっていて『息子』と言う青年に、一瞬苛立ちを感じたが、世に流れている噂は『息子』だし、なにより彼の浮かべている真面目な表情に、アレクシアは出かかっていた文句を引っ込めた。

「魔王を倒しにいくんだってな。マジか?」
「ああ」

 静かな即答に、青年はふっと息を吐く。満足したような、憐れむような表情だった。
 青年はそうか、と一人言ち、数瞬目を閉じてから居住まいを正した。

「改めて名乗る。俺はレイモンド・コリドラス。サマンオサのサイモンの子だ」

 青年の告白に、4人は息を飲んだ。
 サマンオサのサイモンといえば、アリアハンのオルテガに並ぶ程の勇者だ。10数年前、オルテガと共にバラモス討伐に向かうはずが、行方知れずになったと言われている。そのサイモンの息子が、父の遺志を継いで旅に出たという話は聞いたことがない。サイモンに子がいたという話すら初耳だ。

「信じられないか? 無理もないな。俺だったら信じない」
「自分で言うか」

 肩を竦めて嘲うレイモンドに、セイが思わずという風に突っ込んだ。

「だが、残念ながら本当なんだ。俺だって、あんたがオルテガの子だと信じたから話す」
「信じるよ」

 真摯な瞳に、アレクシアは頷く。彼女の瞳もまた、嘘偽りを言うものの目ではない。一点の曇りもなく、すべてを信じ見据えようかという瞳に、レイモンドは内心でため息をついた。何でも信用し、馬鹿正直に真正面から受け止めるであろう彼女を甘いと思う。と、同時に、そんな風に素直に生きて来た彼女を妬ましく思った。彼女がそうしていられるのは、彼女の周りにいるこの男達のおかげだろう。

(仲間、か…)

 誰も信用しない。誰とも交わらない。
 それが彼の処世術。
 斜に構え、物事の裏を常に考えて来た。
 そんな生き方が、彼に仲間というものを作らせなかったのもまた確かだか、誰かを信用できるような、生易しい世界には彼は生きてこなかった。

「アリアハンのオルテガ・ランネスの子、アレクシア。表向き男で通ってる」

 宜しく、と差し出された手を、レイモンドは握り返した。
 掌の中にあったのは、小さな女の手だった。



 レイモンドが語った事は、初めて聞くことばかりで、一同は驚きを隠せなかった。
 もともと、地理的に険しい山々に囲まれたサマンオサは封鎖的で、あまり知られていない。しかし実際に鎖国政策をとっているとは知らなかった。
 そして、勇者サイモンが、罪人として処刑されていたことも。
 だからレイモンドは、サイモンの子であることを隠して生きて来た。
 表舞台に上がらないよう、盗賊達の中で暮らし、裏側から世界の情勢を見て来たという。
 彼の話に矛盾はなく、これまでアレクシア達がサイモンやサイモンの息子について知らなかった事にも合点がいった。
 ひとつ違和感を感じた事と言えば、彼が正義感に燃えて旅に出たというくだりだ。
 アレクシアとて、正義の為に旅に出たのかと言われれば言葉を濁す。打倒魔王バラモスを掲げてはいても、魔王バラモスが如何なるものか、はっきりしない以上、曖昧な目的に向かって何となく旅をしているというのが正しいからだ。
 バハラタで数日行動を共にしただけだが、レイモンドという青年が、そんな曖昧なものの為に旅に出たとは俄かに信じられなかった。

「船をオリビアの岬へ向けてくれないか。オルテガの子なら、志は同じはずだ。頼む! 協力してくれ」

 下げられた頭を見ているアレクシアは暫く無言だった。リリアはすっかりレイモンドの話を信用して、同情している。セイは胡散臭そうにレイモンドを見たまま、むっつりと両腕を組んで黙りこんでいた。ディクトールはじっとアレクシアの言葉を待っている。

「…わかった」
「アレク!?」

 組んでいた腕を解いて、セイは信じられないと頭を振った。

「信じるのか! こいつの話を!?」
「信じる信じないはそっちの勝手だが、俺は嘘は言っていない。それに」

 にやりとレイモンドはセイを見た。

「リーダーはこいつだろう?」

 いつだかセイ自身が言った事だが、お前の事など眼中にないと言外に告げるレイモンドの言い様に、セイはがたりとテーブルに身を乗り出した。間に入ったアレクシアが止めなければ、一発くらい殴っていたかもしれない。

「協力はする」
「アレク!」
「物分かりのいいリーダーで助かる」
「ただし、あなたはまだ目的を明らかにしていない。それを聞かずに、無条件に協力は出来ないな」

 ひたりと見据えるアレクシアの青い瞳から目を反らすことが出来ず、レイモンドはどうしたものかと考えを巡らせた。
 この瞳を前にしては、どう言い繕ってみても無意味なような気がする。

「わたしは協力すると言ったんだよ。レイモンド。全て話してほしい」

 信用しろ、と。
 自分に自身が無ければ出ない言葉だ。
 愚かなのか、甘いのか。

 しばしアレクシアの瞳を見つめ、レイモンドは諦めたように嘆息した。

「…わかった。話す」

 彼が旅立たざるを得なくなった、直接の原因となった出来事を。
 まだ自分にも思い出すと胸が痛む感情があったのかと、人事のように感心しながら、レイモンドは長く深く息を吐いた。



 ポルトガから陸沿いに船を走らせ、一路オリビアの岬を目指す。途中痺れクラゲの大群に甲板を占拠されるなどのハプニングにも見舞われたが、船旅は概ね順調だった。
 ユオラシア大陸の東端に位置するポルトガから、目指す岬は対極の位置にあるが、川を遡ればそう時間のかかる旅にはならないと踏んでいた。
 出発前、灯台守に話を聞くまでは。
 ポルトガからロマリアを沿岸沿いに北上し、オリビアの岬を目指すには、ロマリアとアッサラームを繋ぐ海峡に架けられた橋が邪魔をして、それ以上船で北上を続けることが出来ない。一度船を降り、陸に船を引き上げて橋を乗り越えるという手段もないわけではなかったが、あまりに労力がかかりすぎる。たった5人のアレクシア達には到底出来ることではない。 他に利用できそうな川はないかと調べたが、アッサラームで手に入れた以上に詳細な地図は手に入らなかった。下手な支流に入れば、座礁するのがオチだ。
 とすると、ユオラシア大陸の西をひたすら北上し、ノアニール経由で東に向かうしかないのだが、バラモスの居城ネクロゴンドとは真逆の進路をとることになるわけで、これにはセイばかりかディクトールまでが難色を示した。
 レイモンドの事情を聞き出した上で、アレクシアが決めた事だ。はっきり反対こそしなかったが、レイモンドの態度もあいまって、パーティ内は一枚岩とは言えなくなっていた。
 自分の下した決断とはいえ、アレクシアにも自信がある訳ではなかった。ポルトガで、船と一緒に譲り受けた海図を便りに船を動かしている訳だが、操船に不慣れな以上、陸地が見えないような外洋に出る勇気はない。もし操船技術に優れた船乗りの一人でもいれば、大陸をぐるりと一周するなどという愚を犯さずに、違った航路も取れただろうが。

「日に焼けるよ?」

 ぼんやりと船縁に腕をもたれて物思いに更けていたアレクシアは、声の主を振り返って力無く笑った。

「ディ」
「隣いい?」
「どうぞ」

 今はセイが操舵、レイモンドが見張りの時間だった。
 魔法技術と化学技術の粋を集めたポルトガ自慢の新蔵小型帆船は、操舵室から帆の操作まで出来るという驚くべきハイテク帆船だった。風が無いときは櫂を出して漕がねばならないが、風さえ吹いていればさして人手を必要としない。手の空いているものは、思い思いに時間を過ごすことが出来た。

「ダーマへは、本当に行かなくてよかったの?」

 バハラタからダーマ大神殿へは徒歩で数日の距離だ。途中山を越えるといっても、旅慣れたアレクシア達ならばたいした苦労でもない。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ