ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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17‐2

 どんなに足音を忍ばせても、身につけた金属鎧がガチャガチャと耳障りな音を立てるので、気配を殺そうとかいう配慮は初めからしていない。
 そもそも、この怯えた気配は…

「あ! あなたは!」

 廊下の突き当たりの鉄格子の中で、村人風の若者が叫んだ。バハラタで、アレクシアを突き飛ばしていった黒胡椒屋の使用人だった。

「僕です。グプタです! 助けに来てくれたんですね! タニタ、僕ら助かるんだよ!」
「壁のレバーを上げてください! そうすれば鉄格子が開きます。早く! 人掠い達が戻ってくる前に!」

 廊下を挟んだ左右から口々に喚かれて耳が痛い。言われるままに壁のレバーを持ち上げると、鉄格子が上がった。

「タニタ!」
「グプタ!」

 別れ別れに軟禁されていた恋人達は、格子が上がり切るのも待たずに牢屋を飛び出し抱きあう。
 人目を憚らず互いの無事を喜ぶ恋人達から、アレクシアは目を逸らした。なんとなく居心地が悪くて、彼等に背を向けると、リリアと目があった。
 リリアはにこりと微笑むと、アレクシアと入れ違いにやって来て、ラブシーンに興味津々見入っているセイの耳を引っ張った。

「長居は無用よ。とっとと出ましょ」
「イテ、痛ぇ。痛いですってばリリアさん」

 自分の肩までも届かないリリアに耳を引っ張られて、変な形に傾いているセイに、全員がほほえましいような憐れむような半笑いを浮かべた。
 誘拐された二人を無事助けた以上、リリアの言う通り長居は無用である。
 戻ろうと声を掛けようとして、アレクシアは咄嗟にディクトールを突き飛ばし、自身も反対側に飛んだ。
 それでも反射的に翳した鋼の刀身が、火花を散らして弾き飛ばされる。
 剣で受けなければ、恐らく額を割られていた。
 顔を上げて相手を見るより先に、体が動いていた。屈んだ姿勢のままでいては、次の攻撃に対処できない。不自然な体制のまま、床を蹴って距離をとる。一瞬前までアレクシアがいた床を、ガキンと巨大な斧が穿った。

「ほう?」

 感心したような呟きに、顔を上げる。そこで始めてアレクシアは、相手を見た。
 丸太のような太い腕、露出もあらわな、けれど筋肉で鎧われた体躯。顔こそ覆面で覆われていたが、見間違えるはずがない。

「あの時の勇者様じゃねぇか。生きてたのか」
「カンダタ」

 シャンパーニの塔で取り逃がした盗賊の名を、アレクシアは小さくつぶやいた。



 アレクシアがディクトールを突き飛ばしたのとほぼ同じに、セイもリリアを背後に押しやっていた。
 非難の視線を向けてくるリリアを見返る事なく言う。

「行け」
「だけどっ…!」
「二人を連れて出ろ」

 階段はカンダタ達によって塞がれている。歩いて出ていくのは不可能だ。非戦闘員であるグプタとタニタを庇いながら、狭い室内で戦うのは無理がある。今取れる最良の策は二人をリレミトの魔法で脱出させることだ。それが出来るのは、位置的にもリリアしかいない。
 尚も躊躇うリリアを、セイは一瞬だけ見た。
 揺れる瞳に力強く頷いてみせる。

「行け」
「…わかったわよ!」

 唇を噛みながら頷き、素早く踵を返す。口中で呪文を詠唱しながら、リリアは怯えて抱き合うグプタとタニタに駆け寄った。不安そうなタニタに微笑み、その肩に手を添える。

「光の王ミトラのもとへ誘え。リレミト!」

 術の発動と同時に、三人の姿は光に包まれて地上へと消えた。




「まだ勇者様ごっこを続けてるのかい? お人よしも大概にしな。怪我するだけじゃ済まないぜ」
「それはこちらの台詞だ。いい年して。いい加減真っ当な人生送らないと命の保証はできないぞ」

 肩を揺らしてカンダタが笑う。
 カンダタの動きを注意深く観察しながら、アレクシアは体制を整えた。
 突き飛ばされたディクトールも、鉄の槍片手に斜め後ろに移動してくる。
 視界の端に仲間達の動向を捕らえながら、注意深くカンダタ達を観察する。カンダタの他に鎧を付けた配下が4人。あの鎧を貫くのは骨が折れそうだ。カンダタは軽装だが、だからといって頭目が彼等より弱い筈がない。

「アレク」

 セイの発した低い声に、振り向かず応じる。
 リリアがグプタ達を連れて脱出してくれた。ならば後顧の憂いはない。

「いつまでも邪魔をされては適わんのさ。坊主」
「ああ。決着をつけようじゃないか」

 戦いのイニシアチブは、ディクトールがとった。

「深き眠りは神の祝福。ラリホー」

 カンダタの後にいた鎧の一つが、がしゃりと音を立てて崩れた。残りはよろけただけでこらえる。

「ち、やりやがったな!」

 罵声と共に振り下ろされた戦斧を、アレクシアは半歩横に動いてかわした。かわし様カンダタのがら空きの腹に向けて、剣を真横に振るう。
 ぐ、と、刃が肉に食い込む確かな手応え。しかし、動かない。

「な…!」

 カンダタの脇腹に食い込んだ鋼の刃は、筋肉にくわえ込まれてびくとも動かないのだ。それ以上押し込むことも、引き抜くことも出来ない。

「非力だな!」

 カンダタが嘲った。
 今度がら空きになったのはアレクシアの背中の方だ。鋼の鎧を着込んでいるとはいえ、その背中はカンダタの太い腕に比べてなんと細くか弱く見える事か。
 槍を構えて子分の一人と切り結んでいるディクトール自身も、同じく子分と交戦中のセイも、誰もアレクシアのフォローに回れそうにない。
 今敵に背を向ければ、アレクシアを助けに行く前に自分がやられる。

 焦躁が、ディクトールを襲った。
 回復役の自分は、決して倒れてはいけないのだ。目の前の敵を倒さなくてもいい。引き付けてさえおけば、セイかアレクシアが来てくれる。あくまで補佐に徹すること。それがディクトールに課せられた役目だ。
 わかっている。
 わかってはいるが、目の前でアレクシアの傷付く姿を見ていられる訳がない!

「アル!」

 敵の剣を押し戻しつつ上げた叫びは、悲鳴に近かった。



 ディクトールがラリホーを放った瞬間、セイは走った。
 本来ならば、カンダタの相手をするのは自分が相応しかったはずだ。
 相手の体躯を見る限り、アレクシアには荷が重いように見えた。しかしセイの思惑とは関係なく、戦闘は始まってしまった。
 ならば、一秒でも早く、自分はアレクシアのバックアップに回れるように、雑魚を片付けるだけだ。
 突進の勢いも利用して、渾身の一撃を雑魚に放つ。
 鎧の板金ごと、押し潰された肉塊が飛んだ。
 先ずはひとつ。
 次の敵を求めて視線を走らせれば、横合いから剣が突き出される。難無く斧の腹で受け、体勢を崩された二人目の背中に刃を叩き込む。
 残りは二人。
 血の滴る戦斧を哀れな犠牲者から引き抜いたとき、ディクトールの悲痛な叫びが耳に届いた。
 振り返れば、カンダタの斧に無防備な背中を晒すアレクシアの姿。
 自分の位置からでは間に合わない。
 咄嗟に手にした戦斧をカンダタ目掛けて投げ付けようと腕を振り上げた時、視界を、金色の光が掠めた。



 やられる。そう覚悟して衝撃に備えた瞬間に、ふわりと風が頬を掠めた。

「なにっ?」

 カンダタが驚愕の声を上げた隙に、アレクシアは前転してカンダタとの距離を取る。剣を引き抜くことはこの際諦めた。受け身の要領で、前転の勢いを利用し足をクロスしてカンダタに向いて立ち上がれば、レイがカンダタと切り結んでいた。
 漆黒のダガーが、カンダタの鼻先を掠める。
 たまらず足を止めたカンダタに、アサシンダガーの黒い刃が再び迫る。
 斧をふるって受けるには、そのダガーは小さすぎ、動きは早すぎた。
 体力に任せて、傷を受けることも構わず斧を振るってみても、アサシンダガーを操る若者にはかすりもしない。
 今の今まで、その存在を誰も気にも留めていなかった青年――レイモンドが、いまや盗賊たちの頭目カンダタを手玉にとっている。
 アサシンダガーの鋭利な切っ先は、確実にカンダタを捕らえている。その気になれば彼は、カンダタの懐にもぐりこみ、その喉笛を掻き切ることも出来るのだろう。そうしないのは、アレクシアたちへの遠慮なのか、カンダタを馬鹿にしているのか。
 おそらくは後者だ。
 カンダタがレイにかまけている間に、アレクシアの呪文は完成した。しかし、こうも二人が接近していてはレイをも巻き込んでしまう。といって、完成した呪文を、発動せずに保持させておくことも出来ない。
 術の発動先を探すアレクシアを、ちらりとレイが見た。
 言葉はない。
 あらかじめサインを決めていたわけでもない。
 それでも、アレクシアには青年の意図するところが理解できた。

「ベギラマ!」

 力ある言葉とともに解き放たれた紅蓮の炎が、レイの後ろからカンダタに迫る。
 まず間違いなくベギラマの炎はレイを巻き込む。というよりはレイに直撃するコースだ。
 炎の接近に引きつりつつ、瞬時に直撃はないと判断したカンダタの前で、いきなりレイは真横に飛んだ。

「なっ! ごふぅわぁ!!」

 ベギラマの直撃をうけたカンダタは、床を転げまわることで体の火を消す。
 そこへ追い討ちをかけるようにメラの小火球が飛ぶ。放ったのはレイだった。
 メラはカンダタの右手に命中した。命中した、というより、カンダタは右手でメラの火球を打ち落としたのだ。
 この間に残った手下達もセイとディクトールに倒されている。
 全身に酷い火傷を負い、部下のすべてを失ったカンダタは、武器を放ってその場に平伏した。

「参った! やっぱりあんたにゃかなわねえや……。頼む! これっきり心を入れ替えるから許してくれよ! な! な!」

 カンダタのあまりにも情けない身の振りように、アレクシアたちは二の句も告げない。

「子分どもの墓を守って生きていく。金輪際馬鹿な真似はしねぇ。だから、頼む!」

 床に額を擦り付けて、大の男が頼むのだ。
 情けなくて、相手にするのもばかばかしくなってきた。

「……わかった」
「アル!?」

 ディクトールは目を剥いた。アレクシアの言葉が信じられなかった。もしこの場にリリアがいたなら、決してこの選択を許さなかっただろう。

「本気か?」

 セイも眉根を寄せてアレクシアを見た。

「ああ。もういい。この火傷だ。盗賊家業を続けることも出来ないだろう。こんな男についていくやつらがいるとも思えないし」
「ありがてえ! じゃあんたも元気でな! あばよ!」

 いうなりカンダタは、背後の階段へ消えた。
 どこにそんな体力が残っていたのかと疑いたくなるほどの身軽さで、生き残った子分を左腕に抱えて逃げていく。

「甘いな」
「…なんとでも」

 落ちていた鋼の剣を鞘に納め、アレクシアは疲れた表情で嘲った。
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